何でも屋
根の本部へ持ち帰られた報告書は、これまでのものとは明らかに性質が違っていた。
志村ダンゾウは、机上へ広げられた数枚の紙を黙って読んでいた。
うちはオビト。
五歳。
忍者学校を異例の早さで卒業し、火影直属の変則的な下忍として登録。
ここまでは、火影側も一族側も把握している。
問題は、その先だった。
印を結ばずに発動した風遁。
同じく無印で操られた水遁。
視認できない刃による切断。
周囲の水を複数の弾へ変え、軌道まで変化させる精密な操作。
そして、根の忍たちには何も見えない空間へ向けられた攻撃。
「不可視の標的か」
低い声が落ちる。
報告に立つ暗部は、片膝をついたまま頭を上げなかった。
「対象は、我々とは別の何かを認識していた可能性があります」
「感知術ではないと?」
「少なくとも、単なる索敵には見えませんでした。攻撃を避け、反撃し、標的が消えた後に別の対象へ意識を移しています」
「敵影は」
「確認できません」
幻術の可能性。
独自の感知術。
視覚に依存しない察知。
あるいは、根の側がまだ知らない何か。
結論を出すには材料が足りない。
ただ一つ、確かなことがある。
力ずくで連行できる相手ではない。
正面から囲めば、オビトは即座に状況を把握し、相手を殺さず無力化する。五歳という年齢を前提に組み立てた作戦は、すでに一度破綻した。
「回収方針を改める」
ダンゾウが告げた。
「再び力で押さえることは許さん」
暗部の面がわずかに上がる。
「では、接触は中止しますか」
「否」
杖の先が、床を一度打った。
「任務中を狙え」
「任務中に?」
「火影は、あれを固定班へ置かなかった。任務ごとに異なる班へ加えるという」
一つの班に属さない。
決まった指導役もいない。
周囲の忍は毎回変わり、互いの癖も能力も把握しきれない。
その形には、火影なりの教育上の意図があるのだろう。だが同時に、隙も生まれる。
「班から離れた時を見定めよ。戦闘、捜索、伝令。孤立する場面はいずれ来る」
「その場で勧誘を?」
「まずは見る」
ダンゾウは報告書へ目を落とした。
「何を優先し、誰を助け、何を切り捨てるか。あれの行動原理を掴め」
人を助ける。
その一点が本質ならば、利用できる。
困窮する者。
危険に晒された者。
救援を求める声。
それらを適切に配置すれば、オビトは自ら動く。
命令ではなく、本人の意思で。
「駒は、無理に握れば折れる」
ダンゾウの声は冷たかった。
「自ら盤上へ上がるよう仕向ければよい」
同じ頃。
オビトは火影塔の受付で、一枚の任務票を受け取っていた。
「本日の参加班はこちらです」
事務官が告げた。
任務票の上には、知らない名が三つ並んでいる。
中忍一人。
下忍二人。
そして、臨時参加として自分。
「全員、年上?」
「最年少でも十三です」
「だよな」
五歳と同年代の下忍など、そうそういない。
オビトは紙を折り、忍具入れへしまった。
集合場所は里の東門前。
任務内容は、里内から近郊にかけての雑務補助。戦時下で手の回らなくなった依頼をまとめて処理する形式らしい。
荷運び。
設備修繕。
迷子の家畜の捜索。
必要に応じて周辺警戒。
何でも屋だった。
介護ヘルパー戦隊から、正式に何でも屋へ昇格したらしい。
東門へ着くと、すでに三人が待っていた。
指揮官は三十代ほどの中忍。
日に焼けた顔で、背には短刀を負っている。
残る二人は十代の下忍だった。
一人は細身の少年。
もう一人は、肩までの髪を後ろで括った少女。
三人の視線が、一斉にオビトへ集まった。
そして、一度下へ落ちる。
小さい。
分かりやすくそう思った顔だった。
「うちはオビトです。本日、臨時参加します」
オビトが頭を下げる。
中忍は少し遅れて頷いた。
「班長の羽村トキオだ」
続いて二人が名乗る。
少年はシン。
少女はナツメ。
二人ともオビトを見ている。
特にシンは、隠す気もなく困惑していた。
「本当に下忍?」
「登録上は」
「五歳なんだろ」
「そうだけど」
「忍者学校は?」
「卒業した」
「早くない?」
「俺もそう思う」
返答に迷いがなさすぎて、逆にシンが黙った。
ナツメは少し慎重だった。
「火影様の特別授業で、組手をした子よね」
「噂になってる?」
「少し」
少しではない顔をしている。
トキオが咳払いをした。
「任務中は年齢に関係なく、指示に従ってもらう」
「分かりました」
「勝手な行動は避けろ」
「必要なら確認します」
「必要なら、ではない。基本は確認だ」
「はい」
オビトは素直に頷いた。
相手もこちらを測っている。
五歳。
うちは。
火影直属。
異例の卒業。
扱いにくい条件が並びすぎている。
一方、オビトも三人を見ていた。
トキオは慎重。
声を荒らげず、最初に指示系統を明確にする。
シンは感情が顔へ出やすい。
ナツメは周囲を見ながら言葉を選ぶ。
固定班ではない以上、毎回こうして相手を一から読む必要がある。
面倒ではある。
だが、その分だけ違う人間の動きを知れる。
火影の思惑どおりなのが腹立たしい。
最初の依頼は、倉庫から病院へ薬草を運ぶことだった。
大した任務ではない。
そう思ったのは、最初だけだった。
荷を積んだ台車は片側の車輪が軋み、坂道へ入ると妙に流れる。人手不足で整備が後回しになっていたらしい。
「押します」
オビトが後ろへ回る。
シンが振り返った。
「重いぞ」
「見れば分かる」
「いや、お前の体格じゃ」
言い終わる前に、オビトは台車へ手をかけた。
力任せには押さない。
車輪の向きと坂の傾斜を見て、片側へかかる荷重を逃がす。足裏へ薄くチャクラを流し、滑らないよう地面を捉える。
台車が安定した。
「そっち、右を少し上げて」
ナツメへ声をかける。
「え?」
「車輪が歪んでる。このままだと次の石で外れる」
トキオがすぐに確認した。
「シン、前を持て。ナツメは右側を支えろ」
「はい」
四人で位置を変える。
予想どおり、少し先の段差で車輪が大きく揺れた。
それでも荷は崩れなかった。
シンが横目でオビトを見る。
「よく分かったな」
「音が違ったから」
それだけ答えた。
次の依頼は、逃げた山羊の捜索。
里の外縁にある農家で、柵が壊れ、一頭が林へ逃げたらしい。
足跡はすぐに見つかった。
だが途中で途切れる。
シンが周囲を見回した。
「木に登ったわけじゃないよな」
「山羊だからな」
ナツメが呆れる。
オビトはしゃがみ、地面へ触れた。
湿った土。
削れた苔。
低い枝に引っかかった毛。
「左」
「分かるの?」
「この枝、折れ方が新しい。足跡は石の上に移ってる」
トキオが先に進み、確認する。
林の奥から、小さな鈴の音がした。
山羊は斜面の窪みに落ち、脚を挟まれていた。
「待て」
トキオが全員を止める。
地面が脆い。
近づけばさらに崩れる可能性がある。
「縄を使う。シン、固定できる木を探せ。ナツメは農家へ追加の道具を」
指示が飛ぶ。
オビトは窪みの位置と斜面を見た。
山羊が暴れるたび、土が少しずつ崩れている。
待てば脚を痛める。
だが、勝手に入れば班の動きを乱す。
「班長」
「何だ」
「俺なら、右側の岩を使って下りられます。上から縄をもらえれば、山羊を先に固定できる」
トキオが斜面を見る。
「崩れた場合は」
「岩の裏へ逃げます。駄目なら跳んで戻る」
「軽いから行ける、か」
「はい」
短い判断のあと、トキオが頷いた。
「許可する。無理だと思った時点で戻れ」
「了解」
オビトは低く身体を落とし、岩の突起を使って斜面へ下りた。
五歳の小さな身体が、ここでは有利だった。
足場へかかる重さが少ない。
狭い隙間も通れる。
山羊へ近づき、首へ手を添える。
「暴れんなって。今出すから」
声をかけると、山羊の動きが少し落ち着いた。
上から縄が下りる。
胴へ回し、挟まれた脚の位置を確認する。
骨折はなさそうだ。
「引いて!」
三人が縄を引く。
オビトは下から身体を支える。
山羊が窪みを抜け、斜面の上へ引き上げられた。
最後にオビト自身が地面を蹴り、岩を足場に上へ戻る。
着地したところで、シンがまじまじと見た。
「本当に五歳?」
「今日二回目だな、それ」
「いや、だって」
「年齢は変わらない」
ナツメが山羊の脚を見ながら、少し笑った。
「でも、助かったわ」
「山羊がな」
オビトが答えると、トキオの目がわずかに細くなった。
前へ出たが、命令を無視したわけではない。
状況を見て提案し、許可を取り、自分の体格を利点へ変えた。
報告にあったとおり、判断が早い。
一方で、自分ならできるという前提が強い。
そこは注意が必要だった。
昼過ぎ。
里へ戻る途中、今度は道端で荷車が横倒しになっていた。
商人らしい老人が一人で荷を戻そうとしている。
トキオは依頼外だと一度通り過ぎかけた。
オビトの足が止まる。
「班長」
「任務外だ」
「帰還時刻には間に合います」
「予定外の行動を増やせば、次も増える」
「五分です」
即答だった。
トキオは老人を見る。
荷の中身は陶器。
割れたものもある。
一人で起こせば、さらに壊す可能性が高い。
「三分だ」
「十分」
「増やすな」
結局、四人で手を貸した。
荷車を起こし、割れていない品を積み直し、壊れた車軸を応急処置する。
オビトは老人へ水を渡しながら、怪我がないか確認していた。
「手、見せて」
「これくらい平気じゃよ」
「平気な人は血ぃ出してない」
布を巻き、きつすぎないよう結ぶ。
その手際を、ナツメが隣で見ていた。
「慣れてるの?」
「祖母ちゃんと暮らしてるから、こういうのは割と」
答えは自然だった。
だが、傷の確認や布の巻き方は、家庭の手伝いだけで身につくものより明らかに手慣れている。
また一つ、説明のつかない部分が増えた。
依頼をすべて終え、火影塔へ戻った頃には夕方だった。
初任務としては、何事もなく終わった。
少なくとも、表面上は。
報告書を書く段階で、固定班ではない配属のやりにくさがはっきりした。
互いの得意分野を知らない。
合図も共有していない。
どこまで任せてよいか判断しづらい。
オビトが提案するたび、トキオは一度能力を測り直さなければならなかった。
反対に、利点もあった。
オビトは初対面の相手をよく見ていた。
指揮官が何を優先するか。
班員同士がどう役割を分けるか。
誰が慎重で、誰が前へ出やすいか。
一日の中で拾えるものは多い。
シンもナツメも、任務が終わる頃には最初ほどオビトを子ども扱いしていなかった。
ただし。
別れ際、シンは最後まで首を傾げていた。
「五歳なんだよな」
「三回目」
「分かってるけど、確認したくなる」
「そのうち慣れる」
「慣れるかなあ」
ナツメが笑った。
「次に同じ班へ入ることがあれば、その時は最初から戦力として見るわ」
「それは助かる」
オビトは短く答えた。
この距離感は悪くない。
固定班のような深い結びつきは、すぐにはできない。
だが、任務ごとに少しずつ繋がる。
そういう関係もある。
火影室へ届けられた最初の報告には、いくつもの所見が記された。
指示への理解は早い。
状況判断に優れる。
独断ではなく提案を挟む。
人命や依頼人の安全を優先する傾向が強い。
任務外の困窮者にも手を伸ばす。
ただし、自己判断で危険へ入る可能性があるため、指揮官側の明確な線引きが必要。
ヒルゼンは報告を読み、静かに頷いた。
一方。
フガクのもとにも、オビトが複数の班へ臨時参加しているという話は届いていた。
一族の子として、どこまで火影側へ任せるべきか。
任務の選定は適切か。
異なる班を渡り歩くことで、一族との距離が薄れないか。
上層部には懸念がある。
フガク自身も、何も考えていないわけではない。
だが、先日の組手で見た少年は、囲われて伸びる類いではなかった。
一族の力として縛れば、かえって離れる。
必要なのは監視ではなく、繋がりを切らさないことだ。
「報告だけは上げさせろ」
フガクは側近へ告げた。
「任務内容ではない。本人の状態を確認できればよい」
一族の子として守る。
だが、一族の都合で進路を奪わない。
その線を、フガクは崩さなかった。
ダンゾウは、別の角度から同じ少年を見ていた。
複数の班へ入り、様々な任務へ出る。
人助けへ動く性質。
指揮官の指示を尊重しながらも、必要なら提案する判断力。
使える。
ただし、命令だけで動く駒ではない。
自ら納得しなければ、決して深くは従わない。
ならば、納得する理由を用意すればよい。
根の監視は、表へ出ず続いた。
そしてミナトもまた、任務報告の中にオビトの名を見つけるたび、自然と目を留めるようになっていた。
一楽で会った少年。
演習場で、見えない相手と戦っていた子ども。
妙に落ち着き、人懐っこく、時折ひどく動揺する。
報告書に書かれた姿は、あの時受けた印象とよく似ていた。
助けられる相手を見つければ、放っておかない。
一人で片づけるのではなく、必要なら班へ提案する。
無謀ではない。
だが、危険へ入ることへの抵抗は薄い。
ミナトは報告書を閉じた。
一度、任務で直接見てみたい。
そう思う回数が、少しずつ増えていた。
何だかんだと、日常は過ぎていった。
オビトは固定されないまま、様々な班へ入った。
荷運び。
護衛。
捜索。
里内警戒。
修繕。
農作業。
伝令。
迷子探し。
任務先で困っている人間を見つければ手を貸し、指揮官から勝手に増やすなと注意される。
それでも帰還時刻は守る。
守れない時は先に伝える。
怪我をすれば祖母ちゃんへ報告が行くため、隠すことも難しくなった。
班ごとにやり方は違った。
命令を短く出す者。
理由まで説明する者。
部下へ任せる者。
何も任せない者。
仲間をよく見る者。
成果だけを見る者。
オビトはそのすべてを見た。
時に馴染み。
時に衝突し。
時に二度と入りたくない班へ放り込まれ。
また別の任務で同じ相手と組み、少しだけ互いを理解した。
里の一部では、いつしか妙な呼び名までついた。
何でも屋。
どの班にも入り。
どんな仕事にも顔を出し。
依頼外の面倒まで拾ってくる、小さな下忍。
本人は不本意だった。
だが、否定しきれない。
一年が過ぎた。
オビトは、六歳になった。
そして誕生日を迎えて間もないある日。
また火影室へ呼び出された。
嫌な予感は、もう慣れた。
慣れても当たる時は当たる。
「オビト」
執務机の向こうで、ヒルゼンが穏やかに笑っていた。
「中忍じゃ」
「待って、早い」
即答だった。
ヒルゼンは少しも動じない。
「そうかの」
「そうだろ。俺、下忍になって一年くらいですよね?」
「うむ」
「六歳ですよね?」
「うむ」
「その確認で、何でその顔できるんですか」
火影は平然としている。
机の上には、積み上げられた任務報告書があった。
どれも見覚えがある。
自分が参加した班から提出されたものだろう。
「でも――」
オビトは一度言葉を切った。
否定しきれない理由がある。
「俺、下忍なのに上忍扱いなんだよな。任務が」
最初こそ雑務中心だった。
だが、能力と判断が知られるにつれ、任される内容は変わった。
護衛対象の危険度は上がり。
捜索範囲は広がり。
班が崩れた時には、臨時で指揮を引き受けることもあった。
下忍として参加しているのに、実際には中忍や上忍相当の判断を求められる。
「では、上忍じゃな」
「軽い!」
あまりにも軽い。
世間話の流れで階級を上げるな。
ヒルゼンは楽しそうに笑ったが、その判断自体は軽くなかった。
数日前。
同じ火影室には、コハル、ホムラ、ダンゾウが集まっていた。
机上へ並べられたのは、オビトが一年で積み重ねた任務記録。
参加任務数。
達成率。
負傷者数。
依頼人への対応。
緊急時の判断。
班内での連携。
命令違反の有無。
独断行動の内容と結果。
どれも、年齢という数字を先に見れば信じがたいものだった。
「中忍昇格だと?」
ホムラが書類から顔を上げた。
「まだ六歳だ」
「年齢は承知しておる」
ヒルゼンが答える。
「ならば、なお早い」
コハルも険しい顔をしていた。
「実力だけで階級を上げれば、周囲も本人も持たないよ」
「実力だけではない」
ヒルゼンは一枚の報告書を取り上げた。
任務先で指揮官が負傷。
通信手段が断たれた状況で、オビトが班を分けず、全員を生還させた記録。
次の紙には、依頼人を助けるために命令から外れかけながら、班長へ代案を出し、任務全体を損なわず救助した経緯。
その次には、年上の忍同士が対立した際、双方の目的を整理し、撤退判断へ導いた所見。
「任務結果だけではない。判断力、行動力、視野。どれも下忍の域をとうに越えておる」
「精神面は」
ホムラが問う。
「強すぎる者ほど、折れ方が見えにくい」
ヒルゼンは黙って別の報告を差し出した。
失敗した任務。
救えなかった依頼人。
負傷した仲間。
それらのあとも、オビトは沈まずに済ませたわけではない。
悔やみ。
考え。
次の任務で修正した。
感情を捨てず、なお動く。
「不撓不屈、か」
ホムラが低く呟く。
折れないのではない。
折れても立つ。
その強さは、子どもの無知から来るものではなかった。
ダンゾウが口を開いた。
「ならば上忍へ上げればよい」
コハルが顔を向ける。
「何を言っている」
「任務内容はすでに上忍級だ。中忍へ留める理由はない」
「六歳の子どもだよ」
「階級は年齢ではなく能力で決めるべきだ」
理屈だけなら正しい。
だが、ダンゾウの言葉には別の意図があった。
上忍になれば、単独行動の裁量が増える。
重要任務へ出る機会も増す。
孤立させる状況も作りやすい。
ヒルゼンはそれを見抜いていた。
「上忍にはせぬ」
「なぜだ」
「年齢を考慮する」
ダンゾウの片目が細くなる。
「先ほど、年齢ではなく能力を見ると言ったのはお前ではなかったか」
「能力だけで階級を決めぬとも言った」
ヒルゼンは穏やかに返した。
「中忍ならば、一定の指揮権を持たせつつ、なお上の監督下へ置ける。今のオビトには、それが適切じゃ」
完全に守るための判断でもない。
完全に使うための判断でもない。
力を認め。
責任を与え。
それでも、まだ一人へしない。
最終的に、コハルとホムラは条件つきで同意した。
ダンゾウも表向きは反対しなかった。
そうして決まった昇格だった。
現在。
火影室で話を聞き終えたオビトは、机上の任務報告書を見た。
「上層部は納得してんの?」
「しておる」
「本当に?」
「年齢を考慮して中忍じゃよ」
オビトは数秒、黙った。
「年齢を考慮して?」
嫌なところに引っかかった。
「もう少し年齢が高けりゃ、上忍ってことですか……」
ヒルゼンは答えず、目元を緩める。
「ホッホッホッ!」
「ホッホッホッ!」
オビトも同じ調子で笑った。
次の瞬間、机へ手をつく。
「何だよ、その含み笑い!」
「さて、何のことかの」
「絶対そのつもりだっただろ!」
ヒルゼンは楽しそうに煙管へ手を伸ばした。
オビトは椅子へ座り直し、深く息を吐く。
六歳で中忍。
前々世の自分から考えれば、異常な早さだった。
だが。
ふと、別の話を思い出す。
「そういや、カカシも下忍になったらしいけど」
「うむ」
「何か、同じペースで進んでない?」
前々世では、カカシが先を走っていた。
今世では、自分が先に下忍になった。
だがカカシはすぐに追いついた。
そして今、自分は中忍へ上がる。
このままなら、またカカシが追ってくる。
順番は違う。
速度も違う。
それでも、妙に似た軌道へ戻ろうとしている気がした。
ヒルゼンは煙管を手にしたまま、少年を見た。
「追われるのは嫌か」
オビトは少し考えた。
火影戦のあと、カカシが言った言葉。
すぐ追いつく。
追いつくだけじゃない。超える。
あの目は、本気だった。
「いや」
オビトは口元を緩めた。
「悪くない」
先を走る者がいる。
追う者がいる。
競いながら、互いに進む。
前々世とは違う形で。
今度は、失わないように。
「では、中忍としての最初の任務を――」
「待って。今日から?」
「昇格とはそういうものじゃ」
「誕生日祝いの余韻くらいくれよ!」
「ホッホッホッ」
「また笑って誤魔化した!」
火影室に、六歳の中忍の抗議が響いた。
何でも屋の下忍だった少年は、その日から何でも屋の中忍になった。
変わったようで。
たぶん、やることはあまり変わらない。
困っている者を見つければ手を伸ばし。
任務なら最後までやり遂げ。
その合間に呪霊を祓い。
帰り道で老人に捕まり。
火影へ文句を言う。
ただ一つ違うのは。
これからは、自分だけでなく、誰かの命を預かる立場になるということだった。
志村ダンゾウは、机上へ広げられた数枚の紙を黙って読んでいた。
うちはオビト。
五歳。
忍者学校を異例の早さで卒業し、火影直属の変則的な下忍として登録。
ここまでは、火影側も一族側も把握している。
問題は、その先だった。
印を結ばずに発動した風遁。
同じく無印で操られた水遁。
視認できない刃による切断。
周囲の水を複数の弾へ変え、軌道まで変化させる精密な操作。
そして、根の忍たちには何も見えない空間へ向けられた攻撃。
「不可視の標的か」
低い声が落ちる。
報告に立つ暗部は、片膝をついたまま頭を上げなかった。
「対象は、我々とは別の何かを認識していた可能性があります」
「感知術ではないと?」
「少なくとも、単なる索敵には見えませんでした。攻撃を避け、反撃し、標的が消えた後に別の対象へ意識を移しています」
「敵影は」
「確認できません」
幻術の可能性。
独自の感知術。
視覚に依存しない察知。
あるいは、根の側がまだ知らない何か。
結論を出すには材料が足りない。
ただ一つ、確かなことがある。
力ずくで連行できる相手ではない。
正面から囲めば、オビトは即座に状況を把握し、相手を殺さず無力化する。五歳という年齢を前提に組み立てた作戦は、すでに一度破綻した。
「回収方針を改める」
ダンゾウが告げた。
「再び力で押さえることは許さん」
暗部の面がわずかに上がる。
「では、接触は中止しますか」
「否」
杖の先が、床を一度打った。
「任務中を狙え」
「任務中に?」
「火影は、あれを固定班へ置かなかった。任務ごとに異なる班へ加えるという」
一つの班に属さない。
決まった指導役もいない。
周囲の忍は毎回変わり、互いの癖も能力も把握しきれない。
その形には、火影なりの教育上の意図があるのだろう。だが同時に、隙も生まれる。
「班から離れた時を見定めよ。戦闘、捜索、伝令。孤立する場面はいずれ来る」
「その場で勧誘を?」
「まずは見る」
ダンゾウは報告書へ目を落とした。
「何を優先し、誰を助け、何を切り捨てるか。あれの行動原理を掴め」
人を助ける。
その一点が本質ならば、利用できる。
困窮する者。
危険に晒された者。
救援を求める声。
それらを適切に配置すれば、オビトは自ら動く。
命令ではなく、本人の意思で。
「駒は、無理に握れば折れる」
ダンゾウの声は冷たかった。
「自ら盤上へ上がるよう仕向ければよい」
同じ頃。
オビトは火影塔の受付で、一枚の任務票を受け取っていた。
「本日の参加班はこちらです」
事務官が告げた。
任務票の上には、知らない名が三つ並んでいる。
中忍一人。
下忍二人。
そして、臨時参加として自分。
「全員、年上?」
「最年少でも十三です」
「だよな」
五歳と同年代の下忍など、そうそういない。
オビトは紙を折り、忍具入れへしまった。
集合場所は里の東門前。
任務内容は、里内から近郊にかけての雑務補助。戦時下で手の回らなくなった依頼をまとめて処理する形式らしい。
荷運び。
設備修繕。
迷子の家畜の捜索。
必要に応じて周辺警戒。
何でも屋だった。
介護ヘルパー戦隊から、正式に何でも屋へ昇格したらしい。
東門へ着くと、すでに三人が待っていた。
指揮官は三十代ほどの中忍。
日に焼けた顔で、背には短刀を負っている。
残る二人は十代の下忍だった。
一人は細身の少年。
もう一人は、肩までの髪を後ろで括った少女。
三人の視線が、一斉にオビトへ集まった。
そして、一度下へ落ちる。
小さい。
分かりやすくそう思った顔だった。
「うちはオビトです。本日、臨時参加します」
オビトが頭を下げる。
中忍は少し遅れて頷いた。
「班長の羽村トキオだ」
続いて二人が名乗る。
少年はシン。
少女はナツメ。
二人ともオビトを見ている。
特にシンは、隠す気もなく困惑していた。
「本当に下忍?」
「登録上は」
「五歳なんだろ」
「そうだけど」
「忍者学校は?」
「卒業した」
「早くない?」
「俺もそう思う」
返答に迷いがなさすぎて、逆にシンが黙った。
ナツメは少し慎重だった。
「火影様の特別授業で、組手をした子よね」
「噂になってる?」
「少し」
少しではない顔をしている。
トキオが咳払いをした。
「任務中は年齢に関係なく、指示に従ってもらう」
「分かりました」
「勝手な行動は避けろ」
「必要なら確認します」
「必要なら、ではない。基本は確認だ」
「はい」
オビトは素直に頷いた。
相手もこちらを測っている。
五歳。
うちは。
火影直属。
異例の卒業。
扱いにくい条件が並びすぎている。
一方、オビトも三人を見ていた。
トキオは慎重。
声を荒らげず、最初に指示系統を明確にする。
シンは感情が顔へ出やすい。
ナツメは周囲を見ながら言葉を選ぶ。
固定班ではない以上、毎回こうして相手を一から読む必要がある。
面倒ではある。
だが、その分だけ違う人間の動きを知れる。
火影の思惑どおりなのが腹立たしい。
最初の依頼は、倉庫から病院へ薬草を運ぶことだった。
大した任務ではない。
そう思ったのは、最初だけだった。
荷を積んだ台車は片側の車輪が軋み、坂道へ入ると妙に流れる。人手不足で整備が後回しになっていたらしい。
「押します」
オビトが後ろへ回る。
シンが振り返った。
「重いぞ」
「見れば分かる」
「いや、お前の体格じゃ」
言い終わる前に、オビトは台車へ手をかけた。
力任せには押さない。
車輪の向きと坂の傾斜を見て、片側へかかる荷重を逃がす。足裏へ薄くチャクラを流し、滑らないよう地面を捉える。
台車が安定した。
「そっち、右を少し上げて」
ナツメへ声をかける。
「え?」
「車輪が歪んでる。このままだと次の石で外れる」
トキオがすぐに確認した。
「シン、前を持て。ナツメは右側を支えろ」
「はい」
四人で位置を変える。
予想どおり、少し先の段差で車輪が大きく揺れた。
それでも荷は崩れなかった。
シンが横目でオビトを見る。
「よく分かったな」
「音が違ったから」
それだけ答えた。
次の依頼は、逃げた山羊の捜索。
里の外縁にある農家で、柵が壊れ、一頭が林へ逃げたらしい。
足跡はすぐに見つかった。
だが途中で途切れる。
シンが周囲を見回した。
「木に登ったわけじゃないよな」
「山羊だからな」
ナツメが呆れる。
オビトはしゃがみ、地面へ触れた。
湿った土。
削れた苔。
低い枝に引っかかった毛。
「左」
「分かるの?」
「この枝、折れ方が新しい。足跡は石の上に移ってる」
トキオが先に進み、確認する。
林の奥から、小さな鈴の音がした。
山羊は斜面の窪みに落ち、脚を挟まれていた。
「待て」
トキオが全員を止める。
地面が脆い。
近づけばさらに崩れる可能性がある。
「縄を使う。シン、固定できる木を探せ。ナツメは農家へ追加の道具を」
指示が飛ぶ。
オビトは窪みの位置と斜面を見た。
山羊が暴れるたび、土が少しずつ崩れている。
待てば脚を痛める。
だが、勝手に入れば班の動きを乱す。
「班長」
「何だ」
「俺なら、右側の岩を使って下りられます。上から縄をもらえれば、山羊を先に固定できる」
トキオが斜面を見る。
「崩れた場合は」
「岩の裏へ逃げます。駄目なら跳んで戻る」
「軽いから行ける、か」
「はい」
短い判断のあと、トキオが頷いた。
「許可する。無理だと思った時点で戻れ」
「了解」
オビトは低く身体を落とし、岩の突起を使って斜面へ下りた。
五歳の小さな身体が、ここでは有利だった。
足場へかかる重さが少ない。
狭い隙間も通れる。
山羊へ近づき、首へ手を添える。
「暴れんなって。今出すから」
声をかけると、山羊の動きが少し落ち着いた。
上から縄が下りる。
胴へ回し、挟まれた脚の位置を確認する。
骨折はなさそうだ。
「引いて!」
三人が縄を引く。
オビトは下から身体を支える。
山羊が窪みを抜け、斜面の上へ引き上げられた。
最後にオビト自身が地面を蹴り、岩を足場に上へ戻る。
着地したところで、シンがまじまじと見た。
「本当に五歳?」
「今日二回目だな、それ」
「いや、だって」
「年齢は変わらない」
ナツメが山羊の脚を見ながら、少し笑った。
「でも、助かったわ」
「山羊がな」
オビトが答えると、トキオの目がわずかに細くなった。
前へ出たが、命令を無視したわけではない。
状況を見て提案し、許可を取り、自分の体格を利点へ変えた。
報告にあったとおり、判断が早い。
一方で、自分ならできるという前提が強い。
そこは注意が必要だった。
昼過ぎ。
里へ戻る途中、今度は道端で荷車が横倒しになっていた。
商人らしい老人が一人で荷を戻そうとしている。
トキオは依頼外だと一度通り過ぎかけた。
オビトの足が止まる。
「班長」
「任務外だ」
「帰還時刻には間に合います」
「予定外の行動を増やせば、次も増える」
「五分です」
即答だった。
トキオは老人を見る。
荷の中身は陶器。
割れたものもある。
一人で起こせば、さらに壊す可能性が高い。
「三分だ」
「十分」
「増やすな」
結局、四人で手を貸した。
荷車を起こし、割れていない品を積み直し、壊れた車軸を応急処置する。
オビトは老人へ水を渡しながら、怪我がないか確認していた。
「手、見せて」
「これくらい平気じゃよ」
「平気な人は血ぃ出してない」
布を巻き、きつすぎないよう結ぶ。
その手際を、ナツメが隣で見ていた。
「慣れてるの?」
「祖母ちゃんと暮らしてるから、こういうのは割と」
答えは自然だった。
だが、傷の確認や布の巻き方は、家庭の手伝いだけで身につくものより明らかに手慣れている。
また一つ、説明のつかない部分が増えた。
依頼をすべて終え、火影塔へ戻った頃には夕方だった。
初任務としては、何事もなく終わった。
少なくとも、表面上は。
報告書を書く段階で、固定班ではない配属のやりにくさがはっきりした。
互いの得意分野を知らない。
合図も共有していない。
どこまで任せてよいか判断しづらい。
オビトが提案するたび、トキオは一度能力を測り直さなければならなかった。
反対に、利点もあった。
オビトは初対面の相手をよく見ていた。
指揮官が何を優先するか。
班員同士がどう役割を分けるか。
誰が慎重で、誰が前へ出やすいか。
一日の中で拾えるものは多い。
シンもナツメも、任務が終わる頃には最初ほどオビトを子ども扱いしていなかった。
ただし。
別れ際、シンは最後まで首を傾げていた。
「五歳なんだよな」
「三回目」
「分かってるけど、確認したくなる」
「そのうち慣れる」
「慣れるかなあ」
ナツメが笑った。
「次に同じ班へ入ることがあれば、その時は最初から戦力として見るわ」
「それは助かる」
オビトは短く答えた。
この距離感は悪くない。
固定班のような深い結びつきは、すぐにはできない。
だが、任務ごとに少しずつ繋がる。
そういう関係もある。
火影室へ届けられた最初の報告には、いくつもの所見が記された。
指示への理解は早い。
状況判断に優れる。
独断ではなく提案を挟む。
人命や依頼人の安全を優先する傾向が強い。
任務外の困窮者にも手を伸ばす。
ただし、自己判断で危険へ入る可能性があるため、指揮官側の明確な線引きが必要。
ヒルゼンは報告を読み、静かに頷いた。
一方。
フガクのもとにも、オビトが複数の班へ臨時参加しているという話は届いていた。
一族の子として、どこまで火影側へ任せるべきか。
任務の選定は適切か。
異なる班を渡り歩くことで、一族との距離が薄れないか。
上層部には懸念がある。
フガク自身も、何も考えていないわけではない。
だが、先日の組手で見た少年は、囲われて伸びる類いではなかった。
一族の力として縛れば、かえって離れる。
必要なのは監視ではなく、繋がりを切らさないことだ。
「報告だけは上げさせろ」
フガクは側近へ告げた。
「任務内容ではない。本人の状態を確認できればよい」
一族の子として守る。
だが、一族の都合で進路を奪わない。
その線を、フガクは崩さなかった。
ダンゾウは、別の角度から同じ少年を見ていた。
複数の班へ入り、様々な任務へ出る。
人助けへ動く性質。
指揮官の指示を尊重しながらも、必要なら提案する判断力。
使える。
ただし、命令だけで動く駒ではない。
自ら納得しなければ、決して深くは従わない。
ならば、納得する理由を用意すればよい。
根の監視は、表へ出ず続いた。
そしてミナトもまた、任務報告の中にオビトの名を見つけるたび、自然と目を留めるようになっていた。
一楽で会った少年。
演習場で、見えない相手と戦っていた子ども。
妙に落ち着き、人懐っこく、時折ひどく動揺する。
報告書に書かれた姿は、あの時受けた印象とよく似ていた。
助けられる相手を見つければ、放っておかない。
一人で片づけるのではなく、必要なら班へ提案する。
無謀ではない。
だが、危険へ入ることへの抵抗は薄い。
ミナトは報告書を閉じた。
一度、任務で直接見てみたい。
そう思う回数が、少しずつ増えていた。
何だかんだと、日常は過ぎていった。
オビトは固定されないまま、様々な班へ入った。
荷運び。
護衛。
捜索。
里内警戒。
修繕。
農作業。
伝令。
迷子探し。
任務先で困っている人間を見つければ手を貸し、指揮官から勝手に増やすなと注意される。
それでも帰還時刻は守る。
守れない時は先に伝える。
怪我をすれば祖母ちゃんへ報告が行くため、隠すことも難しくなった。
班ごとにやり方は違った。
命令を短く出す者。
理由まで説明する者。
部下へ任せる者。
何も任せない者。
仲間をよく見る者。
成果だけを見る者。
オビトはそのすべてを見た。
時に馴染み。
時に衝突し。
時に二度と入りたくない班へ放り込まれ。
また別の任務で同じ相手と組み、少しだけ互いを理解した。
里の一部では、いつしか妙な呼び名までついた。
何でも屋。
どの班にも入り。
どんな仕事にも顔を出し。
依頼外の面倒まで拾ってくる、小さな下忍。
本人は不本意だった。
だが、否定しきれない。
一年が過ぎた。
オビトは、六歳になった。
そして誕生日を迎えて間もないある日。
また火影室へ呼び出された。
嫌な予感は、もう慣れた。
慣れても当たる時は当たる。
「オビト」
執務机の向こうで、ヒルゼンが穏やかに笑っていた。
「中忍じゃ」
「待って、早い」
即答だった。
ヒルゼンは少しも動じない。
「そうかの」
「そうだろ。俺、下忍になって一年くらいですよね?」
「うむ」
「六歳ですよね?」
「うむ」
「その確認で、何でその顔できるんですか」
火影は平然としている。
机の上には、積み上げられた任務報告書があった。
どれも見覚えがある。
自分が参加した班から提出されたものだろう。
「でも――」
オビトは一度言葉を切った。
否定しきれない理由がある。
「俺、下忍なのに上忍扱いなんだよな。任務が」
最初こそ雑務中心だった。
だが、能力と判断が知られるにつれ、任される内容は変わった。
護衛対象の危険度は上がり。
捜索範囲は広がり。
班が崩れた時には、臨時で指揮を引き受けることもあった。
下忍として参加しているのに、実際には中忍や上忍相当の判断を求められる。
「では、上忍じゃな」
「軽い!」
あまりにも軽い。
世間話の流れで階級を上げるな。
ヒルゼンは楽しそうに笑ったが、その判断自体は軽くなかった。
数日前。
同じ火影室には、コハル、ホムラ、ダンゾウが集まっていた。
机上へ並べられたのは、オビトが一年で積み重ねた任務記録。
参加任務数。
達成率。
負傷者数。
依頼人への対応。
緊急時の判断。
班内での連携。
命令違反の有無。
独断行動の内容と結果。
どれも、年齢という数字を先に見れば信じがたいものだった。
「中忍昇格だと?」
ホムラが書類から顔を上げた。
「まだ六歳だ」
「年齢は承知しておる」
ヒルゼンが答える。
「ならば、なお早い」
コハルも険しい顔をしていた。
「実力だけで階級を上げれば、周囲も本人も持たないよ」
「実力だけではない」
ヒルゼンは一枚の報告書を取り上げた。
任務先で指揮官が負傷。
通信手段が断たれた状況で、オビトが班を分けず、全員を生還させた記録。
次の紙には、依頼人を助けるために命令から外れかけながら、班長へ代案を出し、任務全体を損なわず救助した経緯。
その次には、年上の忍同士が対立した際、双方の目的を整理し、撤退判断へ導いた所見。
「任務結果だけではない。判断力、行動力、視野。どれも下忍の域をとうに越えておる」
「精神面は」
ホムラが問う。
「強すぎる者ほど、折れ方が見えにくい」
ヒルゼンは黙って別の報告を差し出した。
失敗した任務。
救えなかった依頼人。
負傷した仲間。
それらのあとも、オビトは沈まずに済ませたわけではない。
悔やみ。
考え。
次の任務で修正した。
感情を捨てず、なお動く。
「不撓不屈、か」
ホムラが低く呟く。
折れないのではない。
折れても立つ。
その強さは、子どもの無知から来るものではなかった。
ダンゾウが口を開いた。
「ならば上忍へ上げればよい」
コハルが顔を向ける。
「何を言っている」
「任務内容はすでに上忍級だ。中忍へ留める理由はない」
「六歳の子どもだよ」
「階級は年齢ではなく能力で決めるべきだ」
理屈だけなら正しい。
だが、ダンゾウの言葉には別の意図があった。
上忍になれば、単独行動の裁量が増える。
重要任務へ出る機会も増す。
孤立させる状況も作りやすい。
ヒルゼンはそれを見抜いていた。
「上忍にはせぬ」
「なぜだ」
「年齢を考慮する」
ダンゾウの片目が細くなる。
「先ほど、年齢ではなく能力を見ると言ったのはお前ではなかったか」
「能力だけで階級を決めぬとも言った」
ヒルゼンは穏やかに返した。
「中忍ならば、一定の指揮権を持たせつつ、なお上の監督下へ置ける。今のオビトには、それが適切じゃ」
完全に守るための判断でもない。
完全に使うための判断でもない。
力を認め。
責任を与え。
それでも、まだ一人へしない。
最終的に、コハルとホムラは条件つきで同意した。
ダンゾウも表向きは反対しなかった。
そうして決まった昇格だった。
現在。
火影室で話を聞き終えたオビトは、机上の任務報告書を見た。
「上層部は納得してんの?」
「しておる」
「本当に?」
「年齢を考慮して中忍じゃよ」
オビトは数秒、黙った。
「年齢を考慮して?」
嫌なところに引っかかった。
「もう少し年齢が高けりゃ、上忍ってことですか……」
ヒルゼンは答えず、目元を緩める。
「ホッホッホッ!」
「ホッホッホッ!」
オビトも同じ調子で笑った。
次の瞬間、机へ手をつく。
「何だよ、その含み笑い!」
「さて、何のことかの」
「絶対そのつもりだっただろ!」
ヒルゼンは楽しそうに煙管へ手を伸ばした。
オビトは椅子へ座り直し、深く息を吐く。
六歳で中忍。
前々世の自分から考えれば、異常な早さだった。
だが。
ふと、別の話を思い出す。
「そういや、カカシも下忍になったらしいけど」
「うむ」
「何か、同じペースで進んでない?」
前々世では、カカシが先を走っていた。
今世では、自分が先に下忍になった。
だがカカシはすぐに追いついた。
そして今、自分は中忍へ上がる。
このままなら、またカカシが追ってくる。
順番は違う。
速度も違う。
それでも、妙に似た軌道へ戻ろうとしている気がした。
ヒルゼンは煙管を手にしたまま、少年を見た。
「追われるのは嫌か」
オビトは少し考えた。
火影戦のあと、カカシが言った言葉。
すぐ追いつく。
追いつくだけじゃない。超える。
あの目は、本気だった。
「いや」
オビトは口元を緩めた。
「悪くない」
先を走る者がいる。
追う者がいる。
競いながら、互いに進む。
前々世とは違う形で。
今度は、失わないように。
「では、中忍としての最初の任務を――」
「待って。今日から?」
「昇格とはそういうものじゃ」
「誕生日祝いの余韻くらいくれよ!」
「ホッホッホッ」
「また笑って誤魔化した!」
火影室に、六歳の中忍の抗議が響いた。
何でも屋の下忍だった少年は、その日から何でも屋の中忍になった。
変わったようで。
たぶん、やることはあまり変わらない。
困っている者を見つければ手を伸ばし。
任務なら最後までやり遂げ。
その合間に呪霊を祓い。
帰り道で老人に捕まり。
火影へ文句を言う。
ただ一つ違うのは。
これからは、自分だけでなく、誰かの命を預かる立場になるということだった。
【〆栞】