追う背中

時が経つのは早い。

火影から変則的な配属を言い渡され、任務ごとに違う班へ放り込まれるようになってから、一年が過ぎた。

気づけば、オビトは六歳と半年になっていた。

その間に下忍から中忍へ上がったが、生活が劇的に変わったわけではない。参加する班は相変わらず任務ごとに変わり、里内の雑務から護衛、捜索、警戒、伝令、時には戦闘まで、与えられる仕事は幅広かった。

何でも屋に配属されて一年。

そんな班は存在しない。

所属しているのは、今のところオビト一人だけである。

火影直属という名目はあるものの、実態は空いている穴へその都度放り込まれる臨時要員だ。任務受付へ顔を出すたび、今日はどこだと事務官へ聞き、見知らぬ班員と挨拶を交わすところから一日が始まる。

最初の頃は、五歳の下忍が来たと驚かれた。

中忍へ上がってからは、六歳の指揮官が来たと驚かれるようになった。

驚かれ方が変わっただけだった。

任務先での祓除も続いている。

木ノ葉の里内に溜まっているものは、低級が多かった。人の生活に寄り添って生まれ、小さな不満や恐れを食って育った程度のものなら、解か水針一つで片づく。

だが、里の外は違う。

戦場跡。

捨てられた集落。

街道から外れた森。

川沿いの崖。

人が死に、憎しみや恐怖が長く残った場所には、それだけ濃いものが育っていた。

三級。

二級。

時には、一級に届きかけたものまでいた。

第三次忍界大戦だけではない。

第二次。

第一次。

さらに遡れば、里ができるより前の争いもある。

ひょっとすると、六道仙人が生きていた時代から、祓われることなく溜まり続けているものまでいるのではないか。

そんなことを考える時がある。

忍の世界には、呪霊を祓う仕組みがない。

見えないものは、存在しないものとして扱われる。

それでも人は死に、恐れ、恨み、残す。

誰にも認識されないまま積もったものが、どれだけあるのか。

想像すると、少し気が遠くなった。

一級間近の呪霊と遭遇した任務は、今でもよく覚えている。

表向きは、商隊の護衛だった。

山道へ入ったところで岩崩れが起き、隊列が分断された。敵忍の襲撃まで重なり、班は護衛対象を守りながら迎撃しなければならなかった。

そこへ、巨大な呪霊まで現れた。

人間側には見えていない。

だから誰も避けない。

味方を守りながら敵忍を退け、同時に呪霊の攻撃を外し、誰にも見られない位置で術を通す。

任務半分。

祓除半分。

あれは本当に必死だった。

御厨子をそのまま使えば、周囲に説明できない斬撃が増える。赤血操術も、血を晒せば目立つ。水へ置き換えようにも、山道には使える水が少なかった。

結局、敵忍へは体術とクナイ。

呪霊へは、岩陰を縫って放った解。

商人が足を取られた瞬間には身体を滑り込ませ、呪霊の腕を肩で受ける代わりに、見えない角度から捌を通した。

任務が終わった頃には、護衛班の上忍から、どうしてそんなところで転んだと聞かれた。

転んだわけではない。

人には見えないものに殴られただけだ。

もちろん、そんな説明はできなかった。

「足場を読み違えました」

そう答えるしかなかった。

納得されなかった気はする。

それでも任務は成功した。

商隊は全員生きて帰った。

呪霊も祓った。

結果だけを見れば上々である。

何でも屋を続けていれば、精神も鍛えられる。

初対面の班。

説明できない敵。

隠すべき術。

予定外の人助け。

帰還後の報告書。

そのすべてを同時に処理していれば、嫌でも鋼の精神が育つ。

五条先生なら、いい修行になるねと笑っただろう。

釘崎なら、何であんたばっかり面倒を拾ってるのよと呆れる。

虎杖は、手伝うと言って一緒に飛び込む。

伏黒は、先に説明しろと眉間へ皺を寄せる。

想像できすぎて、少しだけ笑った。

その日も、任務帰りだった。

里の外縁にある倉庫へ物資を届け、帰還報告を済ませたあと、オビトはうちは集落へ向かって歩いていた。

日はまだ高い。

任務そのものは難しくなかったが、途中で低級の呪霊を四体祓い、荷車の車軸を直し、迷子になっていた子どもを親元へ返した。

正式な任務より、付随した作業の方が多い気がする。

いつものことだった。

人通りのある道へ出たところで、前方から見覚えのある少女が歩いてきた。

茶色の髪。

頬に入った紫色の印。

「オビト!」

リンが手を上げる。

オビトも足を止めた。

「リン。久しぶり」

忍者学校を卒業してからは、以前ほど頻繁には会わなくなった。

生活の時間が違う。

オビトは任務へ出る。

リンは忍者学校へ通う。

任務のない日に里で偶然会うか、うちは集落の近くまで来た時に話す程度だ。

「今、任務の帰り?」

「そう。リンは?」

「忍者学校の帰り。今日は少し早く終わったの」

二人は自然に並んで歩き出した。

リンはオビトの服装を見て、袖口の汚れへ気づいた。

「またどこかで転んだ?」

「転んでない。荷車の下に潜った」

「どうして?」

「車軸が外れた」

「任務で?」

「任務の途中で見つけた」

リンは一度黙り、それから小さく笑った。

「やっぱりオビトらしいね」

「どういう意味だよ」

「見つけたら放っておけないところ」

否定できない。

オビトは鼻を掻いた。

「間に合う範囲だったから」

「そう言うと思った」

リンの笑みは柔らかい。

少し歩いたところで、彼女が思い出したように口を開いた。

「そういえば、カカシも最近、いくつか任務に出てるんだって」

オビトは横目を向ける。

「もう?」

「うん。下忍になってから、サクモさんの班へ臨時で入ったり、別の上忍について行ったりしてるみたい」

やはり動き始めている。

前々世と同じだ。

カカシは忍者学校を早く卒業し、下忍になった。

今世では、自分が先に卒業したことで多少時期は動いた。それでも、カカシが六歳で中忍へ上がる流れそのものは、大きく変わらないだろう。

あいつなら、追いつく。

そう思っていた。

「最近、任務が終わるとすぐ帰ることが多いみたい」

リンが続ける。

「サクモさんと修行するんだって」

「相変わらずだな」

「うん。前よりもっと頑張ってる」

リンの声には、少し心配が混じっていた。

カカシは昔から努力を惜しまない。

だが、一度目標が決まると、周囲が見えなくなるほど自分を追い込むことがある。

その理由の一端が自分にあることを、オビトは分かっていた。

追いつく。

超える。

火影との組手のあと、カカシはそう言った。

あの言葉は、子どもの負けず嫌いで終わっていない。

下忍になり、実際の任務へ出るようになれば、オビトとの差は以前よりはっきり見える。

任務数。

階級。

判断を任される範囲。

経験。

追う側にとって、その差は数字になる。

だからこそ、火も強くなる。

「無茶してない?」

オビトが聞く。

リンは少し考えた。

「サクモさんが見てる時は大丈夫だと思う。でも、一人の時は分からない」

「今度会ったら言っとく」

「オビトが?」

「何だよ、その反応」

「だって、二人が話すと、だいたい競争になるから」

「ならねぇよ」

「なるよ」

即答された。

オビトは口を閉じた。

確かに、なるかもしれない。

止めるつもりで声をかけても、カカシは余計に燃える可能性が高い。下手をすれば、心配されたこと自体を侮られたと受け取る。

面倒な相手だ。

前々世から知っている。

「まあ、サクモさんがいるなら大丈夫だろ」

「うん」

リンは頷いた。

少し安心したように見える。

その顔を見ながら、オビトは前々世の記憶へ触れそうになった。

三人で過ごした時間。

言えなかったこと。

間に合わなかったこと。

だが、今目の前にいるリンは、まだ忍者学校へ通う少女だ。

過去を重ねる必要はない。

今の彼女が、今のカカシを心配している。

それだけを受け取ればいい。

「リンは卒業、まだ先?」

「先生には、もう少し基礎を固めてからって言われてる」

「それがいい」

「オビトに言われると説得力ないなあ」

「俺もそう思う」

二人で笑う。

分かれ道へ着くと、リンは足を止めた。

「またね、オビト」

「うん。カカシにもよろしく」

「自分で言えばいいのに」

「会ったら言う」

リンは手を振り、忍者学校の近くへ続く道を曲がっていった。

オビトも家へ向かう。

その頃。

はたけ家の庭では、木刀が乾いた音を立てていた。

カカシは一人ではない。

正面にはサクモがいる。

木刀同士がぶつかる。

カカシの踏み込みは、以前より速くなっていた。

腕だけで振らない。

腰を使い、足裏で地面を掴み、次の一撃へ繋げる。

サクモが受ける。

弾く。

わずかに角度を変える。

カカシの木刀が流される。

それでも止まらず、身体を回して逆側から打ち込む。

「いいね」

サクモが受けながら言った。

「けれど、次を急ぎすぎている」

「分かってる」

「分かっていても、身体が先へ行っている」

カカシは答えず、距離を取った。

呼吸は乱れていない。

だが、握る手には強い力が入っている。

下忍になった。

すでに何度か任務にも出た。

忍者学校の演習とは違う。

相手は動く。

予想を外す。

依頼人は指示どおりに待ってくれない。

仲間が迷えば、判断が遅れる。

一つの失敗が誰かの怪我へ繋がる。

その中で、カカシは自分が優秀であることを知った。

同年代と比べれば、明らかに抜けている。

年上の下忍にも負けない。

上忍からも評価された。

それでも。

任務報告の中で聞くオビトの名は、さらに先にある。

様々な班へ入り。

任務ごとに異なる役割をこなし。

六歳で中忍へ上がった。

追いついたと思った瞬間、また距離が開く。

カカシはそれを、悔しいと思った。

同時に、燃えた。

「もう一度」

木刀を構える。

サクモは息子の目を見る。

焦りだけではない。

以前より静かな火だ。

結果だけを追っていた頃とは違う。

オビトが何を積み重ねているのか。

どんな判断をしているのか。

その背中を見ようとしている。

「いいよ」

サクモも構える。

「ただし、速さだけを追わないこと」

「分かってる」

「相手を倒すことだけが任務ではない」

「それも分かってる」

「では、見せてごらん」

カカシが踏み込む。

今度は、一歩目を急がなかった。

相手の重心を見て。

木刀の角度を読み。

自分から間合いを作る。

追いつく。

超える。

その言葉を口にすることはない。

だが、火は確かに育っていた。

数日後の早朝。

オビトは任務へ向かうため、うちは集落の道を歩いていた。

空は薄青く、家々の屋根には夜露が残っている。

集合は東門。

今回は国境近くへ物資を運ぶ班へ加わる予定だ。表向きは護衛だが、途中の街道に出る盗賊への警戒も含まれている。

任務票を確認しながら角を曲がったところで、前方から一人の男が歩いてきた。

フガクだった。

以前よりも身なりが整っている。

黒髪を後ろへ流し、背筋は真っ直ぐ。若いながらも、その歩き方には一族を背負う者の重さがあった。

先日、正式に族長へ就いたと聞いている。

まだ若い。

それでも一族の上層部が、フガクを選んだ。

実力。

家柄。

判断力。

そして、感情を表へ出しすぎない性質。

族長として求められるものを、すでに持っていたのだろう。

「おはようございます、フガクさん」

オビトが声をかける。

フガクも足を止めた。

「任務か」

「はい。東門集合です」

「遠出か」

「国境近くまで」

フガクの視線が、オビトの装備を確認する。

忍具入れ。

水筒。

保存食。

予備の布。

雨具。

必要なものは揃っている。

「帰還予定は」

「三日後です。延びるなら火影塔から祖母ちゃんに連絡が行きます」

「そうか」

短い会話。

だが、以前とは少し違う。

フガクは今や族長だ。

一族の子ども一人へ気軽に声をかける立場ではなくなった。

それでも、オビトに対する距離は変わらなかった。

「無理はするな」

「善処します」

「善処ではなく、守れ」

「任務次第です」

フガクの眉がわずかに動く。

怒っているわけではない。

予想どおりの答えだったのだろう。

「お前は、誰かを助けるためなら自分を計算から外す」

「外してないです」

「後回しにしている」

否定しづらい。

オビトは少し視線を逸らした。

「最近は、前よりちゃんと考えてます」

「何でも屋の任務でか」

「それ、正式名称じゃないんですけど」

「里ではそう呼ばれている」

「知ってますよ……」

不本意ながら、定着してしまった。

フガクの口元が、ほんのわずかに緩んだ。

笑ったのかどうか、見逃しそうな変化だった。

「様々な班へ入るのは、苦労も多いだろう」

「多いです」

即答する。

「人間関係を毎回最初から作る。得意なことを説明する。指揮官の癖を見る。帰りに呪霊まで祓う。たまに根の監視もついてくる」

最後の二つは口にしていない。

内心だけで付け足した。

「でも、悪いことばかりじゃないです」

「何を得た」

フガクが問う。

オビトは少し考えた。

「同じ任務でも、人によって見方が違うってこと」

慎重な者。

勢いで押す者。

仲間を先に見る者。

依頼人の安全を優先する者。

規則を守る者。

規則より結果を選ぶ者。

どれが常に正しいわけではない。

状況で変わる。

相手で変わる。

その違いを知った。

「あと、知らない班でも動けるようになりました」

「それは強みになる」

「火影様の思いどおりなのが、ちょっと腹立ちますけど」

「火影様は、お前がそう言うところまで見越しているかもしれんな」

「やめてくださいよ」

本当にありそうで嫌だ。

フガクは一度、東門の方角へ目を向けた。

「時間は大丈夫か」

「まだ余裕あります」

「なら、気をつけて行け」

「はい」

オビトは一歩進みかけ、振り返った。

「フガクさん」

「何だ」

「族長就任、おめでとうございます」

フガクの目がわずかに見開かれた。

式の場では、形式的な祝辞を受けている。

一族の者からも、上層部からも。

だが、オビトの言葉は少し違った。

役職ではなく、本人へ向けられている。

「ありがとうございます、じゃなくて……」

オビトは言葉を探す。

「大変だと思いますけど。フガクさんなら、ちゃんと見てくれると思うから」

何を、とまでは言わなかった。

一族の内側。

外側。

声の大きい者。

小さい者。

中心にいる者。

端へ追いやられる者。

フガクなら、少なくとも見ようとはする。

それを知っている。

「俺にできることがあれば、言ってください」

フガクはしばらく答えなかった。

六歳半。

中忍。

火影直属。

様々な班を渡り歩き、里の外へも出る。

一族の子でありながら、一族だけに収まらない少年。

マヒトの息子。

その背中が、少しずつ遠くなっていることを、フガクも感じていた。

だが、それは離れているのではない。

繋がる範囲を広げている。

「まずは、自分の任務を果たせ」

やがてフガクが言った。

「はい」

「それから、無事に戻れ」

「努力します」

「守れと言っている」

同じやり取りになった。

オビトは少し笑った。

「行ってきます、フガクさん」

「ああ」

オビトは東門へ向かって走り出した。

小さな背中。

だが、もう足取りに迷いはない。

任務へ向かい。

人を助け。

見えないものを祓い。

様々な班の中で、自分の立ち位置を選ぶ。

その背中を、カカシは追っている。

フガクは見守っている。

ダンゾウは利用する機会を窺っている。

ミナトもまた、遠くない場所で意識し続けている。

オビト自身は、それらすべてを知っているわけではない。

ただ、自分の前にある道を進む。

追われていることを嫌とは思わなかった。

背中が見えるなら、相手はまだ来られる。

追いついた時には、並んで歩ける。

だから今は、止まらない。

任務の合間に祓除を重ね。

何でも屋として人に振り回され。

面倒だと文句を言いながら、それでも手を伸ばす。

その積み重ねが、オビトの精神を少しずつ鍛えていた。

もともと折れにくい。

倒れても立つことには慣れている。

それでも今世では、一人で立つだけではない。

誰かと動き。

誰かへ任せ。

誰かに追われ。

時には、守られる。

鋼のような強さは、硬いだけでは折れる。

曲がり。

受け止め。

また戻る。

その柔らかさまで含めて、少しずつ育っていた。

東門が見える。

今日の班が待っている。

見知らぬ年上の忍たち。

新しい任務。

たぶん、道中には呪霊もいる。

オビトは走りながら、小さく息を吐いた。

「さて」

また一日が始まる。


〆栞
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