時期

二月十日。

オビトは七歳になった。

誕生日だからといって、何かが劇的に変わるわけではない。朝は祖母ちゃんに起こされ、食事を取り、祝いの言葉と一緒に少し上等な甘味を出された。近所の老人たちからも菓子や果物が届き、任務先で知り合った忍からは消耗品や忍具の手入れ道具を渡された。

七歳の子どもへの贈り物として正しいのかは、若干怪しい。

だが、実用的ではある。

何でも屋の中忍として一年以上働いていれば、周囲からの扱いも少しずつ変わる。相変わらず背は低く、任務先では年齢を聞き返されるものの、火影塔や任務受付では、もう珍しいものを見る目を向けられなくなった。

慣れとは恐ろしい。

木ノ葉の忍たちは、七歳の中忍が任務票を受け取っている光景へ順応し始めていた。

そして、少し前。

カカシが六歳で中忍になった。

話を聞いた時、オビトはしばらく黙った。

前々世と同じ。

カカシは六歳で中忍へ上がった。

ただし、今世では先にオビトという前例がある。五歳で下忍となり、六歳で中忍へ昇格した異例の子どもがいた。その道を追うように、カカシもまた早く階級を上げてきた。

追いつく。

超える。

あの時の言葉どおりだった。

違うのは、前々世ではカカシが先を走り、オビトが背中を追っていたことだ。

今世では、オビトが先に進み、カカシが追っている。

順番が入れ替わった。

だが、数字は似た場所へ戻ろうとしている。

六歳の中忍。

そこまで考えたところで、オビトの胸へ別の記憶が浮かんだ。

はたけサクモの自殺。

確か、カカシが七歳の時だった。

オビトは家の縁側に座り、冬の庭を眺めながら目を細めた。

カカシの誕生日は九月十五日。

今は二月。

カカシはまだ六歳だ。

前々世と時期が完全に同じとは限らない。今世ではオビトが先に下忍となり、カカシの意識も行動も変わっている。サクモとも何度か顔を合わせ、自分の存在が親子へ少なからず影響している。

それでも、大きな流れが同じなら。

最初の改変。

そうなる。

これまでにも細かな変化はあった。

自分が早く忍者学校へ入り、先に卒業した。

カカシが自分を追うようになった。

フガクがオビトを一族の道具にさせまいと動いている。

ミナトやクシナとも、前々世とは違う形で出会った。

だが、明確に死ぬはずだった人間を救う最初の機会は、サクモになる。

止める。

その意思は揺らがない。

問題は、いつ動くかだった。

サクモが任務で仲間を救い、里へ戻る。

任務失敗の責任を問われる。

助けた仲間からさえ非難される。

心を削られ、最後には自ら命を絶つ。

その流れを知っている。

なら、任務へ行かせない。

事前に忠告する。

火影へ話す。

そうした方法も、考えようと思えばいくらでも考えられる。

だが、下手に動けば流れが変わる。

任務の内容も、同行者も、失敗の形も、自分が覚えているものとは違ってしまうかもしれない。

最悪の場合、別の場所で別の死へ繋がる。

あるいは、サクモが救おうとした仲間が死ぬ。

任務の被害が広がる。

敵が予想外の動きをする。

未来を知っているからといって、何でも先回りすればいいわけではない。

むしろ、変えた瞬間から先は見えなくなる。

それはもう、痛いほど知っていた。

「止めるなら、自殺間際……」

誰もいない庭へ、低く呟く。

任務から戻ったあと。

里の非難が集中し。

サクモが追い詰められ。

自ら死を選ぶ直前。

そこなら、任務そのものの流れを大きく変えずに済む。

サクモも、カカシも苦しむ。

分かっている。

それでも、確実に命を拾うなら、その時が一番いい。

苦しませたくない。

だが、早く救おうとして別の何かを壊すのはもっと嫌だった。

今の自分は、未来を知っている。

その知識を使える。

同時に、知っている未来へ縋りすぎれば、今を見失う。

「それまでは、傍観に徹する」

言葉にして、自分へ言い聞かせた。

任務の気配を探る。

サクモの様子を確認する。

カカシとの距離を切らさない。

だが、余計な介入はしない。

決定的な時まで待つ。

それが最も確実だ。

「……徹する、できるかな、俺」

不安しかなかった。

困っている老人一人すら素通りできない。

道端で荷車が壊れていれば、任務外でも足を止める。

見えない呪霊が人へ近づけば、予定を変えてでも祓う。

そんな自分が、サクモとカカシの苦しみを知りながら傍観できるのか。

無理な気がする。

かなり無理な気がする。

「いや、でも必要だろ」

自分で言う。

「待つのも助けるうちだ」

言い聞かせる。

「余計なことすんな、俺」

念を押す。

庭の雀が、何を一人で喋っているんだという顔でこちらを見ていた。

オビトは立ち上がった。

今日は任務がない。

明日もない。

珍しく二日連続の休暇だった。

火影が予定表へ強引に差し込んだらしい。

理由は単純。

六歳児の予定表が、任務で真っ黒に埋まっているのはやりすぎだ。

もっともな判断だった。

その状況を作ったのは、火影自身でもある。

何でも屋として複数の班へ入れられ、任務先で結果を出す。すると、次から指名が来る。

人手が足りない班。

護衛に戦力を一人足したい班。

任務中の判断役がほしい班。

捜索に目のいい忍が必要な班。

年齢を気にせず使える便利屋なら、是非に。

そんな要望が増えた結果、オビトの予定表は、上忍より上忍らしい密度になっていた。

中忍なのに上忍より上忍をしていることも、ままある。

指揮官が負傷すれば代わりに判断する。

隊列が崩れれば組み直す。

敵が出れば戦う。

依頼人が倒れれば応急処置をする。

任務外の老人が困っていれば助ける。

その合間に呪霊まで祓う。

火影が休暇を入れなければ、本人はそのまま働き続けていただろう。

祖母ちゃんからも、休めと叱られた。

なら、休む。

休んでいいなら、素直に休む。

「さて」

オビトは防寒具を羽織り、首元を整えた。

たまの休暇だ。

のんびり里内を散歩しながら、祓除活動へ勤しむとしよう。

休暇とは何か。

そんな疑問は考えないことにした。

任務ではない。

報告書もない。

時間制限もない。

好きな道を歩き、見つけた呪霊だけを祓う。

これは休養である。

たぶん。

家を出ると、冬の空気が頬へ触れた。

風は冷たいが、日は出ている。通りには朝の買い物へ向かう者や、店先を掃除する者の姿があった。

オビトは足取りを緩めた。

まずは集落内を一周。

そのあと中心街へ出て、川沿いを回る。

昼は一楽か、団子屋でもいい。

夕方までには帰る。

完璧な休日計画だった。

最初の角を曲がるまでは。

「おや、オビトじゃないか」

来た。

腰の曲がった老婆が、家の前で木箱を動かそうとしている。

「今日は任務かい?」

「休み」

「まあ、それはちょうどよかった」

何が。

「この箱を裏へ運びたいんだけどねえ」

オビトは木箱を見る。

一人では重い。

放置すれば、老婆は自分で運ぼうとするだろう。

腰を痛める未来が見える。

「持つよ」

計画、最初の曲がり角で停止。

木箱を裏へ運ぶ。

ついでに、傾いていた棚を直す。

さらに、届かない場所へ置かれた瓶を取る。

「助かったよ。お茶でも」

「いや、今日は散歩するから」

どうにか抜ける。

通りへ戻り、三軒先まで進む。

「オビトくん!」

今度は老人が手を振っていた。

屋根の端へ布が引っかかっている。

「風で飛ばされてねえ」

「取ればいい?」

「悪いねえ」

壁を蹴り、屋根へ上がる。

布を回収する。

降りたところで、別の老婆に声をかけられた。

「まあ、ちょうどいいところに」

嫌な言葉だった。

何がちょうどいい。

「戸が開かなくなってね」

「見せて」

戸を直す。

その間に、最初の老人が知り合いを呼ぶ。

「オビトくんがいるぞ」

呼ぶな。

増やすな。

気づけば、周囲に老人が集まっていた。

荷物。

修繕。

高所作業。

薬の受け取り。

手紙の代筆。

囲碁の相手。

最後のは自分でやれ。

「何だこれ……」

オビトは老人たちの中心で立ち尽くした。

逃げ道がない。

左右にも前にも依頼がある。

後ろからは、茶菓子を持った老婆が近づいてくる。

まるで領域に閉じ込められたような密度だった。

「領域展開――お年寄り遭遇率激高」

思わず呟く。

次の瞬間、自分で首を振った。

「領域展開じゃねーよ!」

何の必中効果だ。

里内を歩けば老人へ遭遇するだけの領域など、展開した覚えはない。

だが、現実には逃げられない。

こうなったら数で処理するしかない。

オビトは両手を組んだ。

「影分身の術!」

煙が弾ける。

一人。

二人。

三人。

四人。

五人。

六人。

現れた影分身たちは、周囲を見回し、すぐに状況を理解した。

一体が顔をしかめる。

「またかよ」

「本体、休暇って言ってなかった?」

「言った」

「これのどこが休暇なんだよ」

「俺に聞くな」

老人たちは喜んだ。

「まあ、オビトが増えた」

「こりゃ助かるねえ」

「一人、うちにも来ておくれ」

影分身たちの顔が一斉に引きつる。

オビトは片手を高く上げた。

「影分身介護ヘルパー集団!」

全員が嫌そうな顔をする。

「心臓を捧げよ!」

「何にだよ!」

「老人介護に!」

「重すぎんだろ!」

一体が叫ぶ。

別の一体が木箱を持ち上げながら、冷静に言った。

「それ、進撃するやつじゃねぇか」

「いや、違う」

オビトは老人たちを見渡した。

次々に増える依頼。

ゆっくり迫る茶と菓子。

遠くから杖をついた老人までこちらへ向かってくる。

「進撃っ――進撃の老人介護だ!」

「何一つ違ってねぇ!」

影分身たちの抗議が、朝のうちは集落へ響いた。

結局、それぞれ役割を分けた。

一体は荷運び。

一体は修繕。

一体は薬の受け取り。

一体は代筆。

一体は囲碁。

一体は、なぜか茶飲み話の聞き役。

本体は、全体の進行管理。

完全に班長だった。

休暇なのに。

「そこの棚、先に固定して。荷物運び終わったら薬屋寄って。囲碁担当、長引かせんなよ」

「相手が強いんだよ!」

「負けたらもう一局になるぞ!」

「勝ってもなる!」

詰んでいる。

オビトは額を押さえた。

その時、路地の奥に黒い影が蠢いた。

低級の呪霊。

老人たちの不安や孤独へ寄ってきたらしい。

オビトは周囲を確認し、指先をわずかに動かした。

水針。

軒先に溜まった雫が細く飛び、呪霊の中心を貫く。

黒い影は、誰にも見られないまま消えた。

その直後。

「オビト、こっちの紐も結んでおくれ」

「はいはい」

休暇。

散歩。

祓除。

老人介護。

全部一度に進んでいる。

もはや何が主目的だったのか分からない。

それでも、不思議と嫌ではなかった。

面倒だ。

文句も出る。

自分の予定は崩れる。

だが、老人たちは嬉しそうに笑っている。

助かったと言われれば、それでいいと思ってしまう。

こういうところが、火影に利用されている気がする。

何でも屋へされた理由も、だいたいこれだ。

使えるからではない。

頼まれれば自分から動く。

放っておけない。

だから仕事が寄ってくる。

「ほんと、俺の弱点だな……」

呟くと、近くの影分身が笑った。

「自覚あるなら直せよ」

「お前も俺だろ」

「だから言ってんだよ」

正論だった。

昼前。

ようやく依頼の山が片づいた。

影分身を解除すると、荷運び、修繕、囲碁、茶飲み話、薬屋までの道のりが一気に頭へ流れ込んでくる。

疲労までまとめて返ってきた。

オビトはその場で膝へ手をついた。

「休暇の方が疲れてないか……?」

老婆が隣へ湯呑みを差し出す。

「ご苦労だったねえ」

「どうも」

受け取る。

温かい。

一口飲むと、冷えた身体へ染みた。

老人たちの輪の中で、オビトは少しだけ空を見上げた。

サクモのこと。

カカシのこと。

近づいてくる時期。

考えれば、胸は重くなる。

傍観に徹する。

そう決めたばかりだ。

できるかは、まだ分からない。

だが、今はまだ動かない。

情報を集める。

二人を見失わない。

そして、時が来れば確実に手を伸ばす。

そのためにも、焦らない。

「オビト、団子もあるよ」

「食べる」

返事だけは早かった。

老婆が笑う。

オビトも団子を受け取り、口へ運んだ。

甘い。

休暇らしいことを、ようやく一つした気がする。

その直後。

通りの向こうから、また別の老人が手を振った。

「オビトくーん!」

嫌な予感。

「ちょっと手を貸してほしいんだけどねえ!」

オビトは団子を咥えたまま、ゆっくり目を閉じた。

休暇は、まだ半日残っている。

領域から逃げられる気はしなかった。


〆栞
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