制限
呪術師の戦い方は、忍の戦い方と少し違う。
忍は任務を遂行する。
姿を隠し、情報を奪い、必要なら敵を殺す。術を選び、地形を使い、仲間と連携し、目的を果たすために最短を取る。
呪術師も、もちろん似たことはする。
だが、根本の温度が違う。
呪霊との戦いは、もっと剥き出しだった。
命が、直接、相手の口元に晒される。
逃げ遅れた人間の恐怖。
死体から立ち上る呪い。
喰らえば強くなる怪物。
失敗すれば、ただ死ぬだけでは済まない。魂の端を噛み砕かれるような感覚を、オビトは前世で何度も見てきた。
だから呪術師は、どこかで命を剥き出しにする。
隠しきれない。
ごまかしきれない。
戦場の中心で、自分の生きたいという意思と、目の前の呪いを祓う意思を、そのままぶつける。
血に塗れた村の中心で、オビトは思い出していた。
これは忍の任務ではない。
呪術師の戦場だ。
無堕が動いた。
黒い影の身体が膨らみ、地面を這っていた触手が一斉に伸びる。一本ではない。十、二十、さらに枝分かれして増えていく。あるものは鞭のようにしなり、あるものは刃の形を取り、あるものは先端に口を開いた。
「ちっ」
オビトは地面を蹴った。
さっきまで立っていた場所へ、黒い刃が振り下ろされる。血溜まりが弾け、地面が抉れた。避けた先を読んだように、別の触手が横から薙いでくる。
低く潜る。
身を捻る。
跳ぶ。
足元へ滑り込んできた触手を、血の刃で切り払う。
「赤血操術――血星磊」
浮かんでいた血が細かく砕け、赤い弾丸となって散った。
夜の闇に、血の星が走る。
無堕の触手を貫き、黒い身体の表面を削り、白い能面めいた顔へ迫る。だが、無堕は顔を傾けるだけで急所を外した。頬を抉った赤が黒い体内へ沈み、その傷はすぐにじゅくじゅくと塞がっていく。
再生が早い。
無堕の裂けた口が、ガパリと開いた。
奥から伸びた舌が、ぬるりと空気を裂く。
槍だ。
ただの舌ではない。先端が硬質化し、鋭く尖っている。血と唾液に濡れたそれが、オビトの胸を狙って突き刺さる。
オビトは上体を反らした。
舌の槍が鼻先を掠める。
同時に、横から触手。
逃げ場を潰す動き。
なかなかに厄介だ。
オビトは反らした身体をそのまま後方へ倒し、片手を地面についた。足裏で舌を蹴り上げるように弾き、身体を回して血溜まりの端へ着地する。
赤が掌へ集まる。
圧縮。
練る。
絞る。
「赤血操術――百斂・穿血」
一点へ凝縮された血が、矢のように撃ち出された。
空気が裂ける。
赤い線が、無堕の胸部を貫いた。
黒い影の中に大きな穴が開く。
手応えはあった。
だが、足りない。
無堕の身体がぐにゃりと歪み、穴の縁が泡立つように盛り上がった。周囲の黒い影が傷口へ流れ込み、裂かれた部分を埋めていく。
無堕が笑った。
喰らう。
喰らう。
その意思が、口の形だけで伝わる。
黒い身体から、粒が弾けた。
砂のような、煤のような、影の粒。
それが辺り一面へ散る。
次の瞬間、弾丸の雨となって降りかかった。
オビトは血を広げ、膜にする。
細かい影の弾が、赤い膜へ突き刺さる。数が多い。角度もばらばらだ。数発が膜を抜け、頬と腕を掠めた。
熱い痛み。
皮膚が裂け、血が流れる。
好都合だ。
自分の血なら、さらに扱える。
オビトは傷から流れた血を引き戻し、指先へ纏わせる。同時に、無堕の本体へ向けて手を振った。
「解」
純粋な呪力を乗せた斬撃が走る。
忍術への偽装はしない。
ここには、見ている人間がいない。
いや、一人いる。
自来也。
その存在に、オビトはまだ気づいていない。
解は無堕の肩口を深く裂いた。
黒い身体がずれる。
白い顔の下まで傷が入る。
だが、やはり戻る。
硬い。
それだけではない。
特級呪霊としての質量がある。裂いたとしても、中心まで削りきれない。傷を与えれば再生する。触手を刈れば、別の触手が生える。
「面倒くせぇな……」
オビトは血に濡れた唇を舐め、呼吸を整えた。
術は通っている。
当たってもいる。
だが、決定打にならない。
威力が弱い。
その事実を、認めざるを得なかった。
呪力量はある。
内包している量は、前世と変わらない。乙骨先輩に並ぶほどの膨大な呪力が、今の魂にも確かにある。
だが、出力が上がりきらない。
身体が、無意識に制限をかけている。
七歳。
まだ七歳だ。
骨も筋肉も、肺も血管も、神経の通り方も、前世の成長した身体とは違う。呪力を通す感覚は覚えている。術の理屈も忘れていない。けれど、器が無理を止める。
壊れないように。
暴走しないように。
魂が持つ力を、今の身体が受け止められる範囲へ抑えている。
せめて十代に差しかかっていれば、もっと出力を上げられた。
いや、十歳でもまだ足りないかもしれない。
それでも今よりはましだ。
特級間近の上位呪霊と真正面から相対して、初めてはっきり分かった。
今の自分は、前世の自分ではない。
記憶も技術もある。
呪力量もある。
だが、身体が違う。
出力が違う。
今の俺は――。
「あー……」
触手を避けながら、オビトは内心で乾いた笑いを漏らした。
「大方、二級か」
上澄みを見ても、よくて準一級。
相性と経験で何とか戦えているだけだ。
普通の二級術師なら、とっくに喰われているだろう。だが、前世で積んだ経験と術の幅があるから踏み止まれている。
それでも、決定打がない。
「赤血操術――血星磊」
再び赤い弾丸を散らす。
触手を削る。
「解」
本体を裂く。
「穿血」
白い顔を狙う。
無堕は避け、受け、再生する。
影の粒が降る。
舌槍が伸びる。
触手が地面を這う。
近接しようにも、触手が邪魔で近づけない。距離を詰めれば、四方から絡め取られる。足を止めれば影弾が来る。跳べば舌が狙う。
術で削るには火力が足りない。
遠距離では削り切れない。
なら。
オビトは一瞬だけ目を細めた。
喰いたいのだろう。
こちらを。
呪力の濃い獲物として。
より強くなるための餌として。
無堕の意識は、村人から完全にオビトへ移っている。白い顔はずっとこちらを追い、裂けた口からは飢えた気配が漏れている。
なら、使える。
「喰わしてやる」
低く呟いた。
血を引く。
浮いていた赤が一度収まり、オビトの周囲へ薄く巡る。
無堕がそれを警戒と受け取ったのか、触手を広げる。
違う。
守るためではない。
近づくためだ。
オビトは足裏へチャクラを込めた。
同時に、呪力を全身へ薄く巡らせる。強化は最低限。出力を上げすぎれば身体が軋む。だが、踏み込む一瞬だけなら使える。
真正面。
触手の密度が最も高い場所。
普通なら避ける場所。
そこへ、あえて踏み込む。
無堕が嗤った。
ご馳走が、自分から口へ入ってくる。
そう思ったのだろう。
触手が一斉に開く。
裂けた口がさらに大きく広がる。
舌の槍が引っ込み、代わりに喉の奥が黒く深く開いた。
オビトは駆けた。
血溜まりを蹴る。
赤い飛沫が後ろへ流れる。
一本目の触手を低く潜る。
二本目は肩を掠めるまま通す。
三本目が足首へ絡みつく前に、血の刃で浅く切る。
完全には落とさない。
遅らせるだけでいい。
無堕の口が迫る。
臭い。
血と肉と呪いの臭い。
白い顔の奥で、歯が並んでいる。
オビトはその歯を見た。
怖くないわけではない。
死に慣れているわけでもない。
喰われれば終わる。
それでも、前へ出る。
近接しなければ届かない。
決定打がないなら、相手の欲を利用するしかない。
喰わせる。
ただし、喰われるためではない。
喉元まで、こちらから入り込む。
そこが一番、柔らかい。
そこが一番、逃げられない。
オビトは血を握り込むように拳を作った。
鮮烈な赤が、指の間で鋭く脈打つ。
無堕の裂けた口が、目前まで迫る。
黒い影が、少年の小さな身体を呑み込もうと大きく広がった。
忍は任務を遂行する。
姿を隠し、情報を奪い、必要なら敵を殺す。術を選び、地形を使い、仲間と連携し、目的を果たすために最短を取る。
呪術師も、もちろん似たことはする。
だが、根本の温度が違う。
呪霊との戦いは、もっと剥き出しだった。
命が、直接、相手の口元に晒される。
逃げ遅れた人間の恐怖。
死体から立ち上る呪い。
喰らえば強くなる怪物。
失敗すれば、ただ死ぬだけでは済まない。魂の端を噛み砕かれるような感覚を、オビトは前世で何度も見てきた。
だから呪術師は、どこかで命を剥き出しにする。
隠しきれない。
ごまかしきれない。
戦場の中心で、自分の生きたいという意思と、目の前の呪いを祓う意思を、そのままぶつける。
血に塗れた村の中心で、オビトは思い出していた。
これは忍の任務ではない。
呪術師の戦場だ。
無堕が動いた。
黒い影の身体が膨らみ、地面を這っていた触手が一斉に伸びる。一本ではない。十、二十、さらに枝分かれして増えていく。あるものは鞭のようにしなり、あるものは刃の形を取り、あるものは先端に口を開いた。
「ちっ」
オビトは地面を蹴った。
さっきまで立っていた場所へ、黒い刃が振り下ろされる。血溜まりが弾け、地面が抉れた。避けた先を読んだように、別の触手が横から薙いでくる。
低く潜る。
身を捻る。
跳ぶ。
足元へ滑り込んできた触手を、血の刃で切り払う。
「赤血操術――血星磊」
浮かんでいた血が細かく砕け、赤い弾丸となって散った。
夜の闇に、血の星が走る。
無堕の触手を貫き、黒い身体の表面を削り、白い能面めいた顔へ迫る。だが、無堕は顔を傾けるだけで急所を外した。頬を抉った赤が黒い体内へ沈み、その傷はすぐにじゅくじゅくと塞がっていく。
再生が早い。
無堕の裂けた口が、ガパリと開いた。
奥から伸びた舌が、ぬるりと空気を裂く。
槍だ。
ただの舌ではない。先端が硬質化し、鋭く尖っている。血と唾液に濡れたそれが、オビトの胸を狙って突き刺さる。
オビトは上体を反らした。
舌の槍が鼻先を掠める。
同時に、横から触手。
逃げ場を潰す動き。
なかなかに厄介だ。
オビトは反らした身体をそのまま後方へ倒し、片手を地面についた。足裏で舌を蹴り上げるように弾き、身体を回して血溜まりの端へ着地する。
赤が掌へ集まる。
圧縮。
練る。
絞る。
「赤血操術――百斂・穿血」
一点へ凝縮された血が、矢のように撃ち出された。
空気が裂ける。
赤い線が、無堕の胸部を貫いた。
黒い影の中に大きな穴が開く。
手応えはあった。
だが、足りない。
無堕の身体がぐにゃりと歪み、穴の縁が泡立つように盛り上がった。周囲の黒い影が傷口へ流れ込み、裂かれた部分を埋めていく。
無堕が笑った。
喰らう。
喰らう。
その意思が、口の形だけで伝わる。
黒い身体から、粒が弾けた。
砂のような、煤のような、影の粒。
それが辺り一面へ散る。
次の瞬間、弾丸の雨となって降りかかった。
オビトは血を広げ、膜にする。
細かい影の弾が、赤い膜へ突き刺さる。数が多い。角度もばらばらだ。数発が膜を抜け、頬と腕を掠めた。
熱い痛み。
皮膚が裂け、血が流れる。
好都合だ。
自分の血なら、さらに扱える。
オビトは傷から流れた血を引き戻し、指先へ纏わせる。同時に、無堕の本体へ向けて手を振った。
「解」
純粋な呪力を乗せた斬撃が走る。
忍術への偽装はしない。
ここには、見ている人間がいない。
いや、一人いる。
自来也。
その存在に、オビトはまだ気づいていない。
解は無堕の肩口を深く裂いた。
黒い身体がずれる。
白い顔の下まで傷が入る。
だが、やはり戻る。
硬い。
それだけではない。
特級呪霊としての質量がある。裂いたとしても、中心まで削りきれない。傷を与えれば再生する。触手を刈れば、別の触手が生える。
「面倒くせぇな……」
オビトは血に濡れた唇を舐め、呼吸を整えた。
術は通っている。
当たってもいる。
だが、決定打にならない。
威力が弱い。
その事実を、認めざるを得なかった。
呪力量はある。
内包している量は、前世と変わらない。乙骨先輩に並ぶほどの膨大な呪力が、今の魂にも確かにある。
だが、出力が上がりきらない。
身体が、無意識に制限をかけている。
七歳。
まだ七歳だ。
骨も筋肉も、肺も血管も、神経の通り方も、前世の成長した身体とは違う。呪力を通す感覚は覚えている。術の理屈も忘れていない。けれど、器が無理を止める。
壊れないように。
暴走しないように。
魂が持つ力を、今の身体が受け止められる範囲へ抑えている。
せめて十代に差しかかっていれば、もっと出力を上げられた。
いや、十歳でもまだ足りないかもしれない。
それでも今よりはましだ。
特級間近の上位呪霊と真正面から相対して、初めてはっきり分かった。
今の自分は、前世の自分ではない。
記憶も技術もある。
呪力量もある。
だが、身体が違う。
出力が違う。
今の俺は――。
「あー……」
触手を避けながら、オビトは内心で乾いた笑いを漏らした。
「大方、二級か」
上澄みを見ても、よくて準一級。
相性と経験で何とか戦えているだけだ。
普通の二級術師なら、とっくに喰われているだろう。だが、前世で積んだ経験と術の幅があるから踏み止まれている。
それでも、決定打がない。
「赤血操術――血星磊」
再び赤い弾丸を散らす。
触手を削る。
「解」
本体を裂く。
「穿血」
白い顔を狙う。
無堕は避け、受け、再生する。
影の粒が降る。
舌槍が伸びる。
触手が地面を這う。
近接しようにも、触手が邪魔で近づけない。距離を詰めれば、四方から絡め取られる。足を止めれば影弾が来る。跳べば舌が狙う。
術で削るには火力が足りない。
遠距離では削り切れない。
なら。
オビトは一瞬だけ目を細めた。
喰いたいのだろう。
こちらを。
呪力の濃い獲物として。
より強くなるための餌として。
無堕の意識は、村人から完全にオビトへ移っている。白い顔はずっとこちらを追い、裂けた口からは飢えた気配が漏れている。
なら、使える。
「喰わしてやる」
低く呟いた。
血を引く。
浮いていた赤が一度収まり、オビトの周囲へ薄く巡る。
無堕がそれを警戒と受け取ったのか、触手を広げる。
違う。
守るためではない。
近づくためだ。
オビトは足裏へチャクラを込めた。
同時に、呪力を全身へ薄く巡らせる。強化は最低限。出力を上げすぎれば身体が軋む。だが、踏み込む一瞬だけなら使える。
真正面。
触手の密度が最も高い場所。
普通なら避ける場所。
そこへ、あえて踏み込む。
無堕が嗤った。
ご馳走が、自分から口へ入ってくる。
そう思ったのだろう。
触手が一斉に開く。
裂けた口がさらに大きく広がる。
舌の槍が引っ込み、代わりに喉の奥が黒く深く開いた。
オビトは駆けた。
血溜まりを蹴る。
赤い飛沫が後ろへ流れる。
一本目の触手を低く潜る。
二本目は肩を掠めるまま通す。
三本目が足首へ絡みつく前に、血の刃で浅く切る。
完全には落とさない。
遅らせるだけでいい。
無堕の口が迫る。
臭い。
血と肉と呪いの臭い。
白い顔の奥で、歯が並んでいる。
オビトはその歯を見た。
怖くないわけではない。
死に慣れているわけでもない。
喰われれば終わる。
それでも、前へ出る。
近接しなければ届かない。
決定打がないなら、相手の欲を利用するしかない。
喰わせる。
ただし、喰われるためではない。
喉元まで、こちらから入り込む。
そこが一番、柔らかい。
そこが一番、逃げられない。
オビトは血を握り込むように拳を作った。
鮮烈な赤が、指の間で鋭く脈打つ。
無堕の裂けた口が、目前まで迫る。
黒い影が、少年の小さな身体を呑み込もうと大きく広がった。
【〆栞】