赤い瞳

うちはの集落は、外から見れば一つの塊に見える。

同じ家紋を背負い、同じ血を誇り、同じ里の中で同じ一族として生きている。けれど内側に入れば、そこには細かな線がいくつも引かれていた。家筋、婚姻、任務歴、発言力、警務部隊との距離、古い名に連なるかどうか。表立って言葉にされなくても、誰が中心に近く、誰が端にいるかは、暮らしの中に染みついている。

父方の家は、うちはマダラに連なる古い枝筋だった。

古い。だが、中心ではない。血の濃さや素養は確かに残っているのに、代を重ねるうちに本流から外れ、集落の中心地から少し離れた家に落ち着いた。古いだけの端の家。そういう目で見られることもあった。

母方は、もう少し主流に近い。

だから余計に、マヒトとツムギの家はねじれていた。古い枝筋の父と、主流寄りの母。中心に近い血を持ちながら、暮らす場所は中心から外れた家。その立場は、自由でもあり、同時に見過ごされにくくもあった。

外れているから、息がしやすい。

けれど、外れているから、視線が来る。

二歳になったオビトには、その空気が少しずつ分かり始めていた。

赤ん坊の頃は、家の中だけが世界だった。父の腕、母の声、祖母の手。縁側の光。台所の湯気。夜の布団。その全部が小さな世界を作っていて、その中にいる限り、うちはの硬さも里の緊張も遠かった。

だが、歩けるようになると、世界は少し広がる。

祖母に手を引かれて家の前まで出る。庭の端から道を見る。通りかかった一族の者が足を止め、家を見て、祖母に挨拶をし、ついでにオビトへ視線を落とす。その目に悪意があるとは限らない。むしろ、ただの興味や確認に近いことも多い。

マヒトの子。

ツムギの子。

外れの家の子。

そういう言葉にならない札が、額に貼られているようだった。

前々世の自分は、どれくらいそれに気づいていただろう。

たぶん、ほとんど分かっていなかった。分かっていなかったから、まっすぐ火影になると叫べた。里のみんなに認められるのだと、何の迷いもなく言えた。あの頃の自分は、うちはの中での立ち位置も、里と一族の間にある溝も、そこに沈んでいく不満も、何も知らなかった。

いや、知らなかったというより、見えていなかった。

今は、見えてしまう。

見えてしまうから、少しだけ息苦しい。けれど同時に、家が中心から外れていることに救われてもいた。祖母は余計な集まりに無理に顔を出さない。家の空気は、中心の硬さをそのまま持ち込まない。父と母が残した柔らかさが、まだ家の中に残っている。

父と母は、もういない。

気づいた時には、そうなっていた。

一歳から二歳になるまでのどこかで、マヒトとツムギは任務に出て、そのまま戻らなかった。大人たちは“戦死”と呼んだ。忍なら珍しいことではない。戦時下ならなおさらだ。遺体のことも、任務の詳細も、幼い子どもへ語られるものではなかった。

気がつけば、家には祖母とオビトだけが残されていた。

前々世と同じだ。

祖母と二人暮らし。幼い頃の自分が当たり前のように受け入れていた形。けれど、今世では少し違った。オビトは父の腕を知っている。母の声を知っている。マヒトが帰ってくる時の足音も、ツムギが粥を冷ましてくれる手つきも覚えている。

知ってから失う方が、当然きつい。

「参るな……」

まだ舌足らずな声で、ぽつりと漏れた言葉は、幸い祖母には聞こえなかったらしい。オビトは縁側に座り、庭の草を見ていた。身体は二歳。心の中身は、もう数えるのも面倒なほど積み上がっている。だというのに、足は短いし、手は小さいし、泣こうと思っていなくても喉の奥が勝手に詰まる。

ままならぬものよ。

どこの年寄りだ、と自分で思った。

祖母と二人暮らしになってから、前世の虎杖悠仁の話をよく思い出した。悠仁も祖父と二人で暮らしていた。倭助さんの遺言を聞いた時、妙な既視感があったのは、このせいだったのかもしれない。家族を失い、残った人と暮らし、その言葉が生き方の奥に刺さっていく。

手の届く範囲でいい。

救える者は救え。

迷っても、感謝されなくても、とにかく助けてやれ。

前世で悠仁から聞いたその言葉は、今になってまた別の重さを持った。祖母の背中を見ていると、全部は救えないという現実がやけに近くなる。父も母も救えなかった。そもそも幼い身体では、任務に出ていく二人を止めることもできなかった。

だが、だからといって、今あるものまで手放す理由にはならない。

祖母は年老いているが、弱いだけの人ではなかった。背筋は伸びているし、言うべきことははっきり言う。オビトが変に大人びた反応をすれば、目を細めてじっと見る。父と母の葬儀のあとも、泣き崩れることなく家を整え、食事を作り、夜にはオビトの布団を掛け直した。

その手が少し震えていたことを、オビトは知っている。

だから、せめて困らせないようにしようと思った。

普通の二歳児として。

自然に。

年相応に。

その努力の一環として、現在、第四次忍界大戦首謀者はオムツ脱却に向けて修行中である。

かなり悲哀がある。

いや、本当に悲哀がある。

戦場で尾獣を相手にした男が、世界を夢に沈めようとした男が、呪いの王の術式を写し取った特級術師が、今は祖母に褒められながら生活の基本を学んでいる。人間の尊厳とは何か。忍とは何か。強さとは何か。いろいろ考えさせられる。

「よくできたねえ、オビト」

祖母にそう言われるたび、オビトは幼児らしい顔で頷きながら、内心で遠い目をした。

ありがとうございます。

でもこの褒められ方、精神的にはけっこう来る。

そんな日々の中でも、隠さなければならないものは増えていた。

写輪眼である。

余裕で開いていた。

しかも、三つ巴だった。

最初に気づいた時、オビトは洗面用の水面を覗き込んで、しばらく動けなかった。黒目でいるつもりだった。少なくとも普段はそうしている。だが、夜に現れた低い呪霊を祓ったあと、感覚の切り替えが少し遅れたらしい。水面に映った二歳児の顔には、赤い瞳があった。

三つの巴が、幼い顔の中でくっきり回っている。

「……怖っ」

思わず漏れた声は、かなり正直だった。

赤い目をした二歳児。

冷静に考えなくても、だいぶ怖い。夜中に廊下でばったり遭遇したら、大人でも声が出る自信がある。いや、出ないかもしれない。出ない方向の怖さだ。前世で呪霊を見慣れていたオビトですら、自分で自分の顔を見て一瞬引いた。

これはまずい。

普通の子どもとして生きたい。

その方向で隠すつもりだったのに、二歳で三つ巴の写輪眼はあまりにも普通から遠い。うちはの子どもとしても異常だ。血筋がどうこうで済む話ではない。見られたら、面倒なことになる。

オビトは水面を睨むように見つめ、意識して黒目へ戻した。赤が沈み、巴が消える。幼い顔が、ようやく普通の二歳児らしく戻った。

よし。

いや、よしじゃない。

管理を徹底しろ。せめて家族の前では絶対に出すな。祖母に見られたら、心臓に悪い。というか、祖母が驚く前に周囲へ伝わったら詰む。二歳で三つ巴なんて、うちはの中でも悪目立ちどころではない。

前々世で開眼した時の痛みや衝撃とは違う。

今世の写輪眼は、魂に焼きついたものが身体へ追いついてきたような感覚だった。最終的に両目が戻った状態で死んだからなのか、前世でそのまま持ち越したからなのか、理由は分かるようで分からない。けれど、そこにあることだけは確かだった。

あるなら、使える。

使えるなら、隠す。

隠すなら、普通に見せる。

そう決めた矢先に、六道仙人が現れた。

夜だった。

祖母は眠っている。家の中は静かで、風が雨戸をわずかに揺らしていた。オビトは布団から抜け出し、家の隅に湧いた小さな呪霊を祓ったところだった。弱いものだ。血の針一本で十分だったが、祓う瞬間に視界が赤く染まった。

写輪眼を使ってしまった。

まあ、誰も見ていない。

そう思って振り返った先に、六道仙人がいた。

見ていた。

めちゃくちゃ見ていた。

老人は、完全に固まっていた。これまで何度か見た困惑とは少し違う。もっとはっきりした驚愕だった。目を見開き、杖を持つ手がわずかに止まり、まるで二歳児が三つ巴の写輪眼を開いているという事実を、理解するまでに時間がかかっているようだった。

いや、まあ、そうなるよな。

オビトも固まった。

写輪眼を見られた。相手は六道仙人。隠す意味がどれほどあるのかは分からないが、見られたものは見られた。問題は、六道仙人が驚いていることだ。六道仙人が驚くと、こちらも驚く。そんなに驚くことなのかと不安になる。

老人は、ゆっくりと口を開いた。

「……その歳で、すでに巴が三つ」

声が低い。

「うちはの血とはいえ、あり得ぬ」

知ってます。

オビトは赤い瞳のまま、内心で頷いた。

あり得ない。分かっている。だから隠している。こちらとしても好きで二歳児ホラーをやっているわけではない。できれば黒目でいたい。夜中に自分の顔を見て怖がる二歳児の気持ちにもなってほしい。

六道仙人は近づいてこなかった。ただ、その場でオビトを見ている。視線は瞳だけでなく、魂の奥へ向かっていた。前々世でうちはの行き着く先を見てきた存在。写輪眼の成り立ちも、その奥にある痛みも知っている老人。その目から見ても、今のオビトは歪だったのだろう。

「これは、ただの早熟ではない」

六道仙人が呟く。

「お主の魂に刻まれた瞳が、肉の幼さを待たず表へ出ておるのか。いや、それだけではあるまい。別の理に触れた痕が、瞳の働きを押し上げている……」

言いながら、本人も確信は持てていない顔だった。

オビトは少しだけ安心した。

六道仙人でも分からない。

これはもう、俺だけが悪いわけじゃない。

そんな雑な結論でいいのかは分からないが、少なくとも一人で全部説明しろと言われるよりはましだった。

「お主は、本当に何者じゃ」

また聞かれた。

だから、うちはオビトです。

今は二歳です。

元第四次忍界大戦首謀者で、元特級呪術師で、現在オムツ脱却修行中です。

情報量がひどい。

言えるはずもない。しかも口に出せたとして、六道仙人が理解できるのは前半と最後くらいだろう。最後を理解されるのもだいぶ嫌だ。

オビトはしばらく考え、結局、幼児の声で小さく言った。

「おびと」

六道仙人が黙った。

沈黙が長い。

やめろ。その反応はやめろ。こっちも精いっぱいなんだ。二歳児にできる自己紹介としては満点だろ。

老人は困惑と驚愕の混ざった顔で、やがて深く息を吐いた。

「……名は、そうであったな」

うん。

そうです。

オビトは写輪眼を閉じるように意識し、黒目へ戻した。赤が引き、視界の情報量が落ちる。身体の負担は大したことがない。むしろ軽すぎるくらいだ。二歳児の身体に三つ巴が馴染んでいるのが、また怖い。

六道仙人はその変化を見届け、さらに眉を寄せた。

「容易く閉じるか」

何か問題でも。

いや、問題だらけなのは分かっている。分かっているが、驚かれるたびにこっちも不安になるのだから、少し控えてほしい。六道仙人にリアクション芸をされると、世界の根本が揺らぐ気がする。

ふと、廊下の奥で祖母が身じろぎした。

オビトは即座に振り向いた。六道仙人も気配を薄くする。祖母の寝息が少し乱れ、また落ち着く。起きてはいない。よかった。

こんな時間に起きているところを見られたらまずい。

まして写輪眼など論外だ。

オビトは急いで布団へ戻ろうとした。二歳児の足では素早く動いたつもりでもたかが知れている。転ばないように、けれど早く。焦ると前世の身体感覚が出そうになるから厄介だ。幼児らしく、しかし静かに。難易度が高い。

布団へ潜り込むと、六道仙人がまだ見ていた。

「お主は、隠すつもりか」

小さく頷きかけて、オビトは止めた。二歳児が問いを理解して頷くのは少しまずい。いや、もうだいぶ手遅れかもしれないが、今さらでも努力は大事だ。

代わりに、布団を掴んで顔を半分隠した。

六道仙人はそれを見て、何とも言えない顔をした。

伝わったらしい。

「そうか」

老人は低く言った。

「ならば、見誤るな。瞳は力であり、同時に火種でもある。うちはの内にあって、その赤は人の目を引く」

知っている。

嫌というほど知っている。

写輪眼は誇りであり、力であり、呪いのように扱われることもある。前々世の自分はその瞳で多くを見誤った。いや、瞳のせいだけではない。見たいものしか見ず、見たくないものから目を逸らしたのは自分だ。

だから今度は、ちゃんと見る。

赤い瞳に飲まれないように。

赤い瞳を、誰かを守るために使えるように。

六道仙人はそれ以上何も言わなかった。庭の方へ薄れていく気配がある。去るのだろう。今回は、また来るとは言わなかった。

言わなくても来る気がする。

困ったことに、たぶん来る。

オビトは布団の中で目を閉じた。祖母の寝息が聞こえる。家の外では、夜風が木の葉を揺らしていた。父と母の足音はもう戻らない。温かかった家は少しだけ広く、少しだけ静かになった。それでも祖母がいる。守るべき家がある。

二歳児の身体には、大きすぎる記憶と、大きすぎる瞳がある。

だが、できることは一つずつだ。

まずは、写輪眼を隠す。

次に、普通の子どもに見えるよう努力する。

それから、オムツ脱却を完遂する。

最後の一つが妙に現実的すぎて、オビトは内心で少しだけ遠い目をした。

世界を救う前に、生活を何とかしなければならない。

赤ん坊も、二歳児も、なかなか忙しい。


〆栞
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