器の鍛え方

火影室へ呼び出された時点で、オビトは少しだけ嫌な予感を覚えていた。

任務の追加か。

配属先の変更か。

あるいは、自来也の弟子入り話がもう火影様のところへ正式に届いたのか。

どれもあり得る。あり得すぎて、逆に絞れない。何でも屋という立場は便利だが、便利すぎるせいで呼び出しの理由が多岐にわたる。雑務、護衛、臨時補助、調査、伝達、果ては老人の荷物運びまで、最近の自分は本当に何でもやっている気がする。

火影室へ入ると、ヒルゼンは机の向こうで書類を整えていた。

「来たか、オビト」

「来ました。今日は何ですか」

「上忍じゃ」

「待って早い」

即答だった。

ヒルゼンは煙管を手にしたまま、目元を緩めた。

「早いかの」

「早いです」

「しかしのう」

「しかし?」

「お主、実質的には上忍扱いの任務もこなしておるじゃろう」

それを言われると、否定しづらかった。

何でも屋配属の名目上、オビトは様々な班へ臨時に入る。最初は補助や雑務が中心だった。だが、いつの間にか判断を求められる場面が増え、護衛で前に出ることも増え、複数班の調整を任されることも増えた。

公式には中忍。

実務はかなり怪しい。

「……上忍扱いなんだよな、任務が」

「じゃあ上忍じゃな」

「軽い!」

思わず声が出た。

ヒルゼンは穏やかに笑っている。

その顔が妙に腹立たしい。

「この下り、前もありましたよね!?」

「そうじゃったかのう」

「ありました。中忍の時に。俺が『じゃあ上忍じゃないですか』って言ったら、火影様が『じゃあ上忍じゃな』って」

「ホッホッホ。お主はよく覚えておるの」

「忘れられるわけないでしょ」

話が軽い。

あまりにも軽い。

昇進というのは、もっとこう、重いものではないのか。少なくとも七歳の子どもへ向けて、茶飲み話のように出す単語ではないはずだ。

ヒルゼンは笑みを収め、手元の書類へ目を落とした。

そこには、これまでの任務記録が並んでいる。

護衛任務。

運搬補助。

里内外の巡回。

臨時班への合流。

小規模戦闘。

民間人救助。

行方不明者捜索。

各班長からの評価。

異例の年齢であることを除けば、内容は確かに中忍の枠からはみ出しつつあった。

ヒルゼンは記憶を辿る。

うたたねコハル。

水戸門ホムラ。

そして、志村ダンゾウ。

彼らとの評議は、決して穏やかなものではなかった。

任務結果は申し分ない。

実力もある。

判断力、行動力、視野、現場での対応力。

いずれも年齢を考えれば異常であり、年齢を除いても優秀だった。

加えて、折れない。

危険へ踏み込むことに躊躇はある。恐怖を知らないわけではない。だが、心が崩れない。目の前で状況が変わっても、すぐに次の手を選ぶ。任務において、その強さは大きい。

強メンタル。

不撓不屈。

評議の場で、誰かがそう言った。

コハルは年齢を懸念した。ホムラは政治的な扱いを気にした。ダンゾウは、もっと強く縛れる立場を望んでいるようだった。だが、評価そのものには大きな異論が出なかった。

最早、上忍。

そう言えるだけのものはある。

ただし、年齢がある。

あまりに若すぎる昇進は、本人だけでなく周囲へも影響を及ぼす。七歳の上忍など、里の常識から外れすぎる。任務を振る側も、扱いに困る者が出るだろう。

だから落としどころとして、特別上忍。

専門分野や実力を認めつつ、全ての上忍任務へ無制限に投入するわけではない。肩書きとしては異例だが、完全な上忍よりは制御が効く。

ヒルゼンは書類を置いた。

「正式には、特別上忍じゃ」

オビトはしばらく黙った。

「上層部は納得してんの?」

「した」

「本当に?」

「納得の仕方はそれぞれじゃがの」

「それ、納得って言います?」

「書類は通った」

「火影様、たまに力技ですよね」

「お主ほどではない」

それは否定できない気がして、オビトは口を閉じた。

特別上忍。

七歳で。

前世と変わらないな、と内心で思う。

小学生くらいの年齢で、特級レベルの扱いをされ始めた前世。あの時も、周囲の大人たちは頭を抱えていた。五条先生は面白がっていたし、宗一郎と綾乃は心配と誇らしさを混ぜた顔をしていた。

今回は忍の里で、火影直轄の何でも屋から特別上忍。

肩書きだけ聞けば出世だ。

実情は、便利枠の強化である。

「給料は上がります?」

ヒルゼンが少し目を瞬いた。

「そこを聞くのか」

「大事です。増血丸を買いたいので」

「増血丸?」

「貧血対策です」

ヒルゼンの目がじっとオビトを見る。

オビトは表情を崩さない。

村落壊滅の夜に関わることは、公式には何も結びついていない。だが、先日の病院滞在、顔色の悪さ、自来也の不自然な報告。それらを踏まえれば、ヒルゼンが何も察していないはずがない。

それでも、ここでは言わない。

ヒルゼンも深くは踏み込まなかった。

「手配はできる。だが、薬に頼りすぎるな」

「分かってます」

「身体を壊すような戦い方は慎め」

その言葉だけ、少し重かった。

オビトは一瞬だけ視線を伏せる。

「……はい」

嘘ではない。

慎むつもりはある。

ただ、必要ならまたやるだろうという自覚もある。

それが顔に出たのか、ヒルゼンが深く息を吐いた。

「自来也にも話を聞いておる」

「弟子入りの件ですか」

「そうじゃ。十歳から同行を考えているそうじゃな」

「勝手に進んでる……」

「お主も興味はあるのじゃろう」

「ありますけど」

「なら、今後調整していく。祖母君の了承は得たと聞いた」

「師事すること自体は、です。全部許可じゃないです」

「分かっておる」

ヒルゼンは頷いた。

「特別上忍としての扱い、自来也の弟子候補としての扱い、うちはとの関係。調整することは多い。じゃが、お主の進む道は少しずつ形になってきておる」

オビトは書類を見た。

特別上忍。

自来也の弟子。

何でも屋。

火影を目指す道。

どれも、前へ進んでいる。

進んではいる。

ただ、速度がおかしい。

「……俺、まだ七歳なんですけど」

「そうじゃな」

「そうじゃな、じゃないんですよ」

「ホッホッホ」

また笑って誤魔化された。

結局、辞令は下りた。

特別上忍。

完全な上忍ではないが、任務上は上忍相当の判断を求められることも増える。年齢を理由に過剰な単独任務を振らないこと、火影直轄の管理下に置くこと、うちは側への通達はフガクを通すこと。そうした条件つきだった。

外へ出る頃、オビトは書類の重みよりも、財布の中身の今後を考えていた。

増血丸が買える。

これは大きい。

あの夜、血が足りなくなる感覚は本気でまずかった。反転術式で腕と腹は戻せても、失った血液まで即座に都合よく増えるわけではない。赤血操術を使う以上、貧血対策は必須だ。

特別上忍の給与。

増血丸。

保存食。

鍛錬器具。

包帯。

薬。

考えれば考えるほど、出費先が戦闘と介護と生活に偏っている。

華やかさがない。

だが、実用性はある。

特級級との戦いで露呈した身体の限界を踏まえ、オビトは本格的に鍛錬を組み直した。

まずは器。

壊れない身体づくり。

呪力量はある。

術もある。

だが、身体が出力を受け止められなければ意味がない。

朝は走る。

ただの走り込みではなく、呼吸と呪力の巡りを合わせる。足裏へチャクラを流し、地面を掴む感覚を安定させる。速度ではなく、一定の出力を長く維持することを優先する。

昼の任務中は、身体の中で呪力とチャクラを薄く重ねる練習をする。

濃く混ぜれば負荷が出る。

だから、まずは膜のように重ねる。

筋肉へ流す時、どこで軋むか。

関節を通す時、どこが詰まるか。

呼吸の深さで、反動の逃げ方がどう変わるか。

歩きながら、荷を持ちながら、誰かと会話しながら、日常の中で試していく。

夜は体幹。

年齢に合った範囲で、だが甘くしない。成長を妨げないように気をつけつつ、支える力を作る。黒閃の反動を受けても崩れない軸。竈開の焔を拳へ絞っても、肩から腕が焼け落ちない耐性。赤血操術で血を使っても、すぐに息切れしない循環。

反動は殺さない。

逃がす。

五条先生の無茶な授業や、真希先輩の理不尽な打ち込みを思い出しながら、オビトは七歳の器に合わせた方法を探っていく。

「フィジカルギフテッドは無理でも……」

汗を拭いながら、ぼそりと呟く。

「近いところまでは行きたい」

切実だった。

本当に切実だった。

そこへ、老人の声が飛ぶ。

「オビトちゃーん、ちょっといいかい」

「はい!」

反射で返事をしてから、オビトは天を仰いだ。

何でも屋任務。

介護サポート。

器強化。

呪霊祓除。

全部を並行する日々。

何かが違う。

いや、何でも屋としては正しいのかもしれない。

だが、前世特級呪術師の水準へ戻すための鍛錬計画が、老人の布団干しと薬の受け取りと荷車修理の合間に行われているのは、どう考えても絵面がおかしい。

影分身が布団を干す。

本体は体幹を意識しながら水桶を運ぶ。

別の影分身が低級呪霊を祓う。

さらに別の影分身が茶飲み話に捕まる。

器の鍛え方とは。

「なんか違う!」

叫んだら、近所の婆さんに笑われた。

「元気でいいねえ」

「元気とは」

元気なのかもしれない。

少なくとも、生きている。

村の夜を思えば、それだけで充分すぎるほどだ。

そんな日々の中で、噂はふいに耳へ入った。

里の通りの端。

任務帰りの忍たちが、声を潜めて話していた。

はたけサクモが、任務に失敗したらしい。

オビトの足が止まった。

心臓が、一つ強く鳴る。

「仲間を助けるために任務を放棄したって話だ」

「被害が大きいらしい」

「白い牙ともあろう者が」

「いや、でも仲間を見捨てるわけにも――」

「それで里に損害が出たなら、話は別だろ」

声は小さい。

だが、オビトには十分だった。

時期が来た。

頭の奥で、冷たいものが落ちる。

ずっと警戒していた。

カカシが六歳で中忍になった。

サクモがまだ生きている。

その時点で、いつか来ると分かっていた。

本来なら、ここから崩れていく。

任務失敗。

批判。

孤立。

そして、取り返しのつかない選択。

オビトは拳を握った。

はたけサクモ。

木ノ葉の白い牙。

カカシの父。

運命を変えるべき、最初の人。

ここで間違えれば、後の全てが変わる。

いや、すでに多くは変わっている。自分がいる。カカシの進み方も違う。ミナトやクシナとも関わった。自来也も見えない世界を知った。

それでも、この一点だけは逃せない。

早すぎても駄目だ。

遅すぎても駄目だ。

必要なのは、サクモが折れる前に届くこと。

けれど、任務の結果そのものへ無闇に踏み込めば、別の歪みを生む。

オビトは静かに息を吸った。

器の鍛え方どころではない。

いや、違う。

器を鍛えることも、ここへ繋がる。

届くためには、壊れない身体がいる。

手を伸ばすには、折れない心と、動ける器がいる。

オビトは噂をしていた忍たちへ背を向け、足早に歩き出した。

まずは情報だ。

サクモ本人。

カカシ。

里の空気。

上層部の動き。

噂の広がり方。

どこまで進んでいるのかを見極める。

特別上忍の辞令が下りたばかり。

何でも屋任務も再開したばかり。

自来也の弟子入り話も、まだ先の調整が残っている。

それでも、次の大きな分岐はもう目の前に来ている。

オビトはゴーグルの位置を直した。

「間に合わせる」

誰にも聞こえない声で呟く。

血の村で、二つの命を繋いだ。

今度は、まだ生きている人の心を繋ぎ止める番だ。


〆栞
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