うちはの族長候補

四歳になった。

三歳から四歳への変化は、赤ん坊から二歳、二歳から三歳の頃ほど劇的ではない。だが、それでも身体は確実に動くようになっている。走れば転ぶ確率が減った。手先も少し器用になった。言葉もかなり自然になり、祖母の言いつけを聞き、簡単な手伝いなら任せてもらえることが増えた。

つまり、うちはオビトはついに、お使いデビューを果たすことになった。

「道を外れちゃいけないよ。寄り道もほどほどにするんだよ」

「うん」

「知らない人について行かない」

「行かない」

「転ばないように気をつける」

「気をつける」

祖母は玄関先で何度も念を押した。手には小さな財布。中には頼まれた買い物分の金と、少しだけ余分な小銭が入っている。

「余った分で、うちは煎餅を買ってもいいからね」

「ほんと?」

思わず声が弾んだ。

しまった、と思ったが遅い。祖母が目を細めて笑う。四歳児としては自然な反応だったはずだ。たぶん。少なくとも、菓子に喜ぶ子どもは普通である。中身が五十六歳になっていようが、甘じょっぱい煎餅はうまい。そこに年齢は関係ない。

「買いすぎちゃ駄目だよ」

「分かってるって」

「その“分かってる”が一番心配なんだよ」

信用がない。

いや、日頃の行いを考えれば仕方がないかもしれない。普通の子ども作戦は、成功しているようでところどころ失敗している。動きが妙に静かだったり、大人の話を聞きすぎたり、祖母の重い荷物を自然に持とうとして叱られたり。祖母の中では、オビトは賢いが目を離すと何かやらかす子ども、という扱いになりつつある。

間違ってはいない。

かなり正しい。

オビトはゴーグルを額に乗せ、財布をしっかり握って家を出た。春の風が頬を撫でる。集落外れの道は、中心部に比べると人通りが少ない。家々の間隔も少し広く、庭木や塀の影が柔らかく伸びている。

歩きながら、オビトは周囲の気配を薄く拾った。

忍としての癖だ。完全に切ることはできない。だが、四歳児らしくぼんやり歩くには危ない世の中でもある。木ノ葉の中とはいえ、戦時の空気は残っている。子どもだからといって、何も知らずに歩いていい場所ばかりではない。

うちは集落の中心へ近づくにつれ、空気は少し硬くなった。

家紋の入った建物が増える。道を行く者の足音が静かになる。会釈一つにも、家の立場や距離感が滲む。外れの家にいる時には薄まっていた、うちは特有の熱と圧が、道の石にまで染み込んでいるようだった。

視線が来る。

マヒトとツムギの遺児。

祖母と二人暮らしの子ども。

中心から外れた家の子。

そこに、ゴーグルをつけた変わった子、という札も加わりつつあるのかもしれない。何人かの大人が、通りすがりにちらりとオビトを見た。露骨ではない。だが忍の視線は、隠しても分かる。

まあ、見られるだけならいい。

写輪眼さえ見せなければ。

オビトはゴーグルの縁に軽く触れた。今は額に上げているが、いざという時は下ろせる。赤い瞳も、万華鏡も、まだ誰にも見せるつもりはない。開眼は、前々世に倣って神無毘橋の戦いまで秘密にする。その予定だ。

予定というものは、崩れる時は崩れる。

だからこそ今から警戒する。

頼まれた買い物は、味噌と干物、それから針仕事に使う糸だった。店の者は祖母の名を聞くと、少し表情を柔らかくした。

「一人でお使いかい。偉いねえ」

「婆ちゃんに頼まれたから」

「しっかりしてるねえ。マヒトさんの子だものね」

その名が出た時、オビトは一瞬だけ動きを止めた。

父の名は、集落の中にまだ残っている。強く語られる英雄ではない。中心で名を響かせる家でもない。けれど、知っている者は知っている。穏やかで、堅実で、必要な時には確かに働いた忍。

オビトは小さく頷いた。

「うん」

それ以上の言葉は出さなかった。四歳児としては、それで十分だった。店の女は何かを察したように目を細め、包みを丁寧に渡してくれた。

財布の中には、少しだけ小銭が残った。

うちは煎餅を買える。

これは重要だ。

オビトは煎餅屋へ向かう道を歩きながら、内心で真剣に計算した。祖母に買って帰る分、自分の分。全部自分で食べるという選択肢はない。祖母は甘いものより煎餅の方が好きだ。少し硬めのものは避ける。最近、噛む時にほんの少し眉を寄せることがあるからだ。

そうやって考えながら曲がり角を曲がったところで、前方に警務部隊の気配があった。

黒い制服。うちはの家紋。数人の隊員が、道の端で何かを確認している。里の治安を守る者たちであり、同時にうちは一族の象徴でもある。前々世の記憶では、そこには誇りと、里から向けられる複雑な視線が重なっていた。

その中に、一人、見覚えのある若い男がいた。

うちはフガク。

まだ、後に一族の長となる頃の重さをすべて背負っているわけではない。けれど、若くても威厳がある。背筋が伸び、表情は硬く、無駄な動きが少ない。よく言えば威厳がある。悪く言えば不器用。声をかけられた側が、勝手に姿勢を正したくなるような空気を持っている。

いずれ、うちは一族の長になる人だ。

今はまだ族長候補、といったところか。

前々世の自分が、どれほどこの人をちゃんと見ていたかは分からない。うちはフガク。イタチとサスケの父。厳格で、寡黙で、一族の長として里との溝に立っていた人。だが今、目の前にいるフガクは、まだその未来のすべてを背負い切ってはいない。若く、硬く、それでいて静かな責任を身につけ始めている。

こちらに気づいた。

目が合う。

逃げる理由はない。むしろ逃げたら変だ。オビトは買い物包みを抱え直し、子どもらしく立ち止まった。

フガクの視線が、オビトの顔、ゴーグル、手元の包みへと動く。

「……マヒトの子か」

低い声だった。

怖がらせるつもりはないのだろう。だが、四歳児相手には少し硬い。周囲の隊員がわずかに視線を寄せた。マヒトの名が出たせいかもしれない。

オビトは頷いた。

「うちはオビトです」

自然に言えたと思う。子どもとしては少し丁寧だったかもしれないが、相手は一族の大人であり、警務部隊の人間だ。おかしくはない。

フガクはしばらく黙っていた。

その沈黙が、値踏みだけではないことは分かった。マヒトを思い出しているのだろう。父とフガクは、家の立場こそ違えど、個人的には一定の信頼関係があったらしい。べったり親しいわけではない。だが、若い頃の任務や一族内でのやり取りを通して、フガクはマヒトの堅実さと実力、人柄を認めていた。

そのことを、オビトは大人たちの会話の端から少しずつ拾っていた。

フガクは、外れの家の子としてではなく、まずマヒトの息子として見ている。

その視線は、重い。

「一人で使いか」

「はい。婆ちゃんに頼まれて」

「そうか」

会話が短い。

とても短い。

けれど、フガクらしい。無理に子どもへ愛想よくする人ではない。頭を撫でたり、軽く笑いかけたりする方が不自然だ。必要なことだけを確認し、そこに小さな気遣いを混ぜるなら、たぶんこうなる。

「道中、気をつけろ」

「はい」

それだけだった。

それだけなのに、周囲の隊員の空気が少し変わった。フガクが外れの家の遺児へ声をかけた。マヒトの名を出した。気をつけろと言った。それだけで、うちはの中では意味を持つ。

一族の中心から外れた家。

祖母と二人暮らしの子ども。

そういう札が貼られた自分に、族長候補が目を向けた。

ありがたいような、面倒なような。

オビトが内心で少し複雑な気分になった、その時だった。

フガクの横に、六道仙人が並んだ。

なぜ。

オビトは固まった。

いや、待て。なぜそこに立つ。なぜよりによってフガクの横に並ぶ。族長候補の横に神格めいた老人が当然のように立っている絵面は反則だ。威厳の圧が二倍どころではない。片方は若きうちはの重鎮候補。片方は忍の祖。並べるな。画面が重い。

これは試されているのか。

それとも笑いを取りに来ているのか。

六道仙人は、何食わぬ顔でこちらを見ていた。もちろんフガクにも警務部隊にも見えていない。見えているのはオビトだけだ。つまり、この状況で笑ったら終わる。完全に不審児である。フガクの前で急に笑い出す四歳児。怖い。普通に怖い。

やめて。

ちょ、やめてくれ。

シュール過ぎんだよ。

オビトは唇の内側を噛んだ。笑うな。耐えろ。お前はうちはオビト。前々世で世界を壊しかけ、前世で呪いの王と戦い、今世で万華鏡を隠す男。フガクと六道仙人が横並びになったくらいで笑ってどうする。

いや、笑うだろ普通。

腹筋が鍛えられる。

四歳児の腹筋に試練を与えるな。

フガクが眉をわずかに動かした。

「どうした」

終わった。

いや、まだ終わっていない。ここで変なことを言うな。六道仙人が見えます、など論外。あなたの横に忍の祖がいます、も論外。絵面が面白すぎます、はもっと論外。

オビトは買い物包みを抱え直し、できるだけ自然に答えた。

「……煎餅、買いに行くところで」

フガクの沈黙。

周囲の隊員の沈黙。

六道仙人の沈黙。

なぜ全員黙る。

四歳児が煎餅を買いに行くのは自然だろう。何もおかしくない。むしろ今の返答としてはかなり安全だ。笑いをこらえていた理由にはなっていないが、子どもの思考が煎餅へ飛ぶのはあり得る。あり得てほしい。

フガクは、やや間を置いて言った。

「……そうか」

重い。

煎餅に対する返事ではない重さだ。

六道仙人が横でフガクを見ている。フガクは当然気づかない。威厳ある若いうちはと、困惑を標準装備にし始めた忍の祖。並びがずるい。やめろ。耐えろ。口元を緩めるな。

「うちは煎餅か」

フガクが続けた。

「はい。婆ちゃんに買っていいって言われたから」

「買いすぎるな」

祖母と同じことを言われた。

オビトは今度こそ少し笑いそうになったが、何とか堪えた。

「はい」

フガクは一つ頷いた。それ以上は言わない。けれど、去れという圧でもなかった。ただ、用があるなら行け、という距離感。子どもに対しても過剰に甘くせず、かといって突き放しもしない。

不器用だ。

だが、悪い人ではない。

前々世では、この不器用さの奥を見る余裕が自分にはなかったのかもしれない。うちは一族の長としてのフガク。里と一族の間で硬くなっていった人。その前段階にいる若い男が、今は父の名を覚え、遺された子どもへ「気をつけろ」と言う。

オビトは小さく頭を下げた。

「失礼します」

言ってから、四歳児としては少し硬すぎたかと思った。だがフガクは特に不自然とは取らなかったらしい。むしろ、マヒトの家の子らしいと思ったのかもしれない。

オビトは歩き出した。

背後で、警務部隊の気配が遠ざかる。六道仙人の気配も少し遅れて動いた。ついてくるのかと思ったが、数歩分だけで止まる。振り返るわけにはいかない。振り返ったら笑う。今の腹筋状態では危険だ。

煎餅屋に着く頃には、何とか表情を整えられていた。

「いらっしゃい。おや、オビトくんじゃないか」

店の老婆が笑う。祖母と顔見知りの人だ。店先には焼き上がった煎餅が並び、醤油の香ばしい匂いが漂っている。これは良い。さっきまでのシュールな絵面を上書きしてくれる。煎餅は偉大だ。

「婆ちゃんの分と、俺の分ください」

「はいはい。お使いかい。偉いねえ」

「買いすぎるなって言われた」

「お婆ちゃんに?」

「婆ちゃんと、さっき会ったフガクさんに」

老婆が一瞬目を丸くした。

「フガクさんが?」

「うん」

何気なく答えたが、老婆の表情が少し変わった。面白がるような、感心するような、少し考えるような顔だった。まずい。余計なことを言ったかもしれない。

「そうかい。マヒトさんの子だものねえ」

また父の名が出る。

オビトは黙って煎餅を受け取った。父の名は、こうしてあちこちに残っている。派手ではない。だが、人の記憶の中に静かにある。フガクのような者の中にも、店の老婆の中にも。

マヒトの息子。

その言葉は、温かくもあり、重くもあった。

買い物を終え、家への道を戻る。途中、さっきの警務部隊の姿はもうなかった。六道仙人も見えない。ほっとしたような、拍子抜けしたような気分で歩いていると、道の端に小さな呪霊がいた。

黒い虫のようなものが、塀の影に貼りついている。

弱い。

人に害を与えるほど育ってはいない。だが、放っておけばどこかの家に入り込む。オビトは周囲を確認した。人目はない。印を結ぶ必要もない。指先に意識を集め、水気を細く引く。近くの桶に残っていた水滴が、針のように伸びた。

一瞬。

水の針が黒いものを貫き、呪霊は声もなく消えた。

痕跡を消して、歩き出す。

何もなかったように。

少し進んだところで、木の陰に六道仙人がいた。

やっぱりいた。

「今のも忍術か」

「忍術です」

即答した。

六道仙人は、非常に言いたいことがありそうな顔をした。だが、さっきフガクの横に立っていた件を思い出したオビトは、先にじとっと睨んだ。

「さっきの、何?」

「さっきの、とは」

「フガクさんの横」

「お主があの男をどう見るか、見ておった」

「横に並ぶ必要あった?」

六道仙人は少し沈黙した。

「……なかったかもしれぬ」

やめろ。

その真面目な反省はやめろ。

また腹筋に来る。

オビトは煎餅の包みを抱え、深く息を吸った。笑うな。ここで笑うと負けだ。何に負けるのか分からないが、負けだ。

「族長になる人の横に並ぶのは反則だろ」

「反則」

「絵面が重い」

「絵面」

「分かんないならいい」

六道仙人はまた困惑した顔をした。

どうしてこの会話をしているのか、たぶん向こうも分かっていない。オビトも分かっていない。忍の祖と四歳児が、うちはの道端で絵面の重さについて話している。前世の五条先生が見たら絶対笑う。虎杖も笑う。釘崎はまず写真を撮りたがる。伏黒は遠い目をする。

そう想像したら、少しだけ胸が軽くなった。

六道仙人は静かにオビトを見ていた。

「お主は、あの男を知っておるのか」

問いは、不意に重かった。

フガクのことだろう。

オビトは少し考え、首を横に振った。

「知ってるようで、知らない」

前々世の記憶にはいる。うちはフガク。イタチとサスケの父。一族の長。クーデターの火種の中心にいた人。だが、今の若いフガクを、自分はまだ知らない。父を認めていた人としての顔も、遺児を静かに気にかける距離感も、今初めて見た。

「これから知る」

六道仙人は、目を細めた。

「そうか」

それだけ言って、姿を薄くする。今日はもう消えるらしい。最後まで、何を考えているか分かりにくい老人だった。いや、分かりにくいのはこちらも同じだろう。向こうからすれば、三歳で万華鏡を開き、四歳で能力を忍術と言い張る子どもである。

だいぶ分からない。

オビトは家へ戻った。

祖母は玄関先で待っていた。心配していたのだろう。顔を見るなり、ほっとしたように眉を緩める。

「遅かったね」

「フガクさんに会った」

祖母の表情が、少しだけ変わった。

「フガク様に?」

「うん。気をつけろって言われた」

祖母はしばらく黙った。驚きと、少しの安堵と、遠い記憶を思い出すような目だった。マヒトの名が、そこにもあるのだろう。

「そうかい」

短く言って、祖母はオビトの頭を撫でた。

「お前の父さんを、あの方はちゃんと見ていてくださったからね」

その言葉は、静かに落ちた。

オビトは煎餅の包みを差し出した。

「婆ちゃんの分も買った」

「おや、ありがとう」

祖母が笑う。さっきまでの重さが、煎餅の香ばしい匂いに少しだけほどける。家の中へ入り、買ってきたものを並べる。味噌、干物、糸、そして煎餅。生活はこういうものでできている。忍の祖が現れても、族長候補と会っても、帰れば祖母と煎餅を食べる。

それでいい。

いや、それがいい。

オビトは縁側に座り、祖母と並んで煎餅をかじった。少し硬い。祖母には柔らかめを選んで正解だった。醤油の味が口に広がる。

「うまい」

「そうかい」

祖母は嬉しそうだった。

その横顔を見ながら、オビトは今日会った若いフガクの目を思い出した。硬く、不器用で、けれど父の名を覚えていた目。いずれ一族の長になる人。里と一族の間で、重いものを背負う人。

今度は、ちゃんと見る。

見たいものだけではなく、見落としたものも。

そう思った瞬間、庭の隅に六道仙人が立っている気がした。

オビトは見ないふりをした。

今見たら絶対に笑う。

腹筋は、もう十分鍛えられた。


〆栞
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