忍者学校初日

ヤバいヤバいヤバい。

朝から心の中がそれ一色だった。

いや、別に忍者学校が嫌なわけじゃない。むしろ逆だ。前々世で通った場所だし、懐かしい顔ぶれとも再会する。問題はそこへ至るまでの道のりである。

今世も、お年寄り遭遇率が高すぎる。

本当に何なんだこれは。

俺はまだ家を出てそう経っていない。なのにもう二人助けている。転びかけた婆さんの荷物を拾い、道端で立ち止まっていた爺さんを横へ寄せ、さらに曲がり角の向こうで杖を落とした人の気配まで拾った。

何で!?

いや助けるよ? 助けるけどさ?

初日なんだよ今日は!

遅刻したら洒落にならないんだよ!

なのに俺の進行方向へ吸い寄せられるみたいにお年寄りが現れる。前々世の頃からそうだった。どういうわけか年配者と子どもにはよく捕まる。たぶん顔つきか、雰囲気か、放っとくとこっちが負けそうな何かがあるんだろう。

特級お年寄りキラーは健在でした♡

……って、これに特級とか概念付けんな!

心の中で自分に突っ込みながら、俺は周囲を素早く確認した。人目はある。だが、朝の慌ただしさに紛れて少しならいける。

よし。

影分身。

印を切る。小さく、素早く。煙が弾ける音を最低限へ抑えて、自分そっくりの分身を複数体立ち上げた。

「頼んだ!」

俺が小声で言うと、分身たちも同じ顔で頷いた。

介護ヘルパー集団、出動である。

いや本当に何やってんだ俺。

五歳児の初登校でやる作戦じゃないだろこれ。だが背に腹は代えられない。絶対遅刻しねェかんな、こっちは。

三十一歳。
二十一歳。
五歳。

合わせて五十七歳は、朝から必死だった。

分身たちは慣れた足取りで散っていった。荷物持ち、道案内、転倒防止、声かけ、見守り。何なんだこの無駄に洗練された連携。いや無駄じゃないんだけど。あまりにも自然に動けてしまうあたり、前々世から積み上げた“放っとけなさ”の業が深い。

その間に本体の俺は学校へ急ぐ。

背中の向こうで、婆さんたちの「あらまあ、気の利く子」「うちはの……あの家の子かねぇ」「偉いねぇ」という声が聞こえた。

やめて。

初日から“妙に気が利く子”で定着するのやめて。

でも分かる。前々世でもそうだった。困ってる相手を見たら足が止まる。手が出る。年寄りは特に危なっかしく見えてしまって放っておけない。そしてそのたびに妙に可愛がられる。

お年寄りキラー確定。

しかも特級クラス。

やめてくれよ本当に……。

だがそんな嘆きも長くは続かない。学校の門が見えた瞬間、今度は別の意味で心臓が跳ねた。

着いた。

木ノ葉の忍者学校。

懐かしい建物だ。見上げた屋根も、掲げられた紋も、朝のざわめきも、全部知っているはずなのに、今世ではまるで違う温度で胸へ入ってくる。

本体の俺は滑り込みで校舎へ入り、教室へ急いだ。

息を整えて、戸を開ける。

その瞬間、時間が少しだけ巻き戻ったみたいな気がした。

いた。

懐かしい顔ぶれが、ちゃんといた。

マイト・ガイ。

もうこの時点で目が強い。熱量が多い。小さいのにうるさそうな空気が完成していて、ちょっと笑いそうになる。

猿飛アスマ。

夕日紅。

森乃イビキ。

エビス。

その他、前々世で見覚えのある同期たち。

うわ。

感情が、ヤバい。

本当にヤバい。

胸の奥が一気に熱くなって、膝がガクンと折れそうになった。駄目だ、駄目だ、ここで崩れたら終わる。初手から情緒不安定な変な奴扱いである。

待て。

立て直せ俺。

崩れるな俺!

俺は戸口で一瞬だけ呼吸を止め、それから何でもない顔を必死で作った。五歳児らしく。五歳児らしく……いや五歳児らしさって何だっけ。もう分かんねぇな。

とにかく入る。

子どもたちの視線が向く。

その中へ混じりながら、俺はあらためて思った。

小さい。

みんな、ミニ化している。

可愛い……いや、ほんと。

前々世では当たり前に同じ年頃だった顔ぶれが、今はみんな五歳相応の輪郭をしている。頬がまだ丸い。座っているだけでも幼い。声も高い。仕草も小さい。

なのに、中身を知っているせいで、そこへ将来の面影がちらつくのが余計に情緒へ悪い。

駄目だな、これ。

感傷に浸ってる場合じゃないのに、どうしたって胸へ来る。

違うのは、たぶん俺だけだ。

みんなはここから始まる。

俺だけが、二つ前と一つ前を抱えてここに立っている。

……五十代ですみません、みたいな気分になるのやめたい。

その時、不意に教室の一角で視線がぶつかった。

カカシだ。

はたけカカシ、四歳。

俺より一つ下。

なのに、空気がもう同年代から少しずれている。小さい体で無愛想に座っていて、周囲を“子ども”の輪へ完全には混ぜていない。白い牙の息子。天才。できて当然。そういう視線をもう知っている子どもの顔だった。

前々世と同様に、生意気で無愛想である。

ああ、そうだよな。

こいつは最初からこうだ。

懐かしさに少しだけ笑いそうになったが、向こうはそんなこちらをじっと見ていた。真っ直ぐではない。観察するように。測るように。やっぱり、引っかかってるな。

落ちこぼれの噂。
外れの家の子。
なのに妙に普通じゃない。

そういう違和感が、もう目に出ている。

うん、知ってた。

お前そういうやつだよな。

しかしそれもまた懐かしい。前々世では、その視線を真正面から受け止めるだけで精一杯だった。今は少し余裕がある。あるが、油断すると“余裕ありすぎる五歳児”になってしまうので困る。

そこで、教室の戸がまた開いた。

ふわ、と空気が変わる。

五歳のリンが来た。

思考が止まった。

やっぱり天使っ……。

いや待て、落ち着け。

可愛いのは知ってる。知ってるけど、知ってるからこそ駄目なんだよ。前々世の記憶が全部乗ってる状態でこの年齢のリンを見ると、何かもう感覚がややこしくなる。娘、下手したら孫、みたいな距離感が一瞬よぎってしまって、自分で自分に引く。

三十一歳。
二十一歳。
五歳。

五十七歳、孫がいても良い年齢。

今世を足すな!

心の中で即座に自分を殴る。

この年齢概念、今すぐ捨てろ!

じゃねーと何か悲しくなる!

俺は慌てて思考を切り替えた。そうだ、子どもになろう。頑張ろう。今の俺は五歳だ。五歳。大丈夫。まだやれる。いける。たぶん。

リンは教室を見回してから、やわらかく微笑んだ。

ああ、この感じだ。

やさしくて、ちゃんと周りを見ていて、それでいてぼんやりしていない。場の空気を荒らさずに入ってくるのがうまい。幼くても、その片鱗はもうある。

目が合った。

リンは自然に小さく会釈した。

俺も慌てて返す。

その動きが微妙に硬かったのか、隣でガイが不思議そうに俺を見た。やめてくれ。今ちょっと内面が大渋滞してるだけなんだ。

子どもになろう、頑張ろう(泣)。

本当に。

教室のざわめきが少しずつ整い、教師が入ってくる気配がする。俺は席へ着きながら、もう一度だけ深く息を吐いた。

大丈夫。

大丈夫だ。

俺はうちはの落ちこぼれだ!

……という自虐私感を、今はむしろ盾として使う。そう、落ちこぼれ。少し不器用で、ちょっと周りより鈍く見えて、でも明るくて、子どもらしいやつ。それくらいで行け。いきなり全部出すな。張り切るな。馴染め。普通をやれ。

その時、ふと窓の外に視線をやると、校庭の向こうに小さく煙が弾けた。

あ。

分身、消えたな。

たぶん最後のお年寄り対応が終わったのだろう。ご苦労さま、俺たち。

初登校遅刻防止作戦、無事完遂である。

その達成感に、少しだけ肩の力が抜けた。

忍者学校初日。

懐かしい顔ぶれ。
変わらない空気。
変わってしまった自分。
そして、相変わらず高すぎるお年寄り遭遇率。

情報量が多い。

でも――ここからまた始まるんだな、と、ちゃんと思えた。

教師の声が教室へ響き、子どもたちがいっせいに前を向く。

俺も姿勢を直した。

さあ、五歳児やるぞ。

今度こそ、ちゃんと子どもとして。

……いや、できるだけ、だけど。


〆栞
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