うちはの落ちこぼれ

うちはの落ちこぼれ。

その呼ばれ方を、今世でも耳にするとは思わなかった。

解せぬ。

いや、分かる部分もある。家が集落の端っこの外れにあるのは事実だ。中心から少し離れた家で、祖母と二人暮らし。父も母もいない。目立つ家柄ではないし、本流の真ん中でもない。そういう立場から、子ども同士の雑なラベルが貼られるのは、まあ、ある。

あるけど。

今世もそう言われるのは、ちょっと納得いかない。

誰よりも赤ん坊からの脱却は早かったぞ、俺。

何なら中身で言えば、たぶんここにいる誰より人生経験あるぞ。いや、それを言ったら終わりなんだけど。終わりなんだけど、落ちこぼれ判定される筋合いはなくないか? と、つい思ってしまう。

つーか、誰が言い始めたんだ。

やめろよ、子どもに溶け込むハードルが上がるだろ。

そんな不満を胸の中でだけ転がしながら、俺は教室の空気を観察していた。

忍者学校に入って数日。まだ全部が固まったわけじゃないが、だいたいの輪郭は見えてきた。よく喋るやつ、妙に張り切るやつ、静かなやつ、群れたがるやつ。子どもらしい温度差の中に、戦時下特有の早熟さも混ざっている。

その中で、俺への見られ方は、だいたい二つだった。

“外れの家の子”。

そして、“うちはの落ちこぼれ”。

自分で自虐的に言うのはいい。

むしろ便利だ。先に自分で言っておけば、妙な同情も減るし、周囲の警戒も少しは薄れる。

だが、人から当然みたいに貼られると、ちょっと待てとなる。

何だよ落ちこぼれって。

まだ何も落ちてねぇよ。

いや前々世ではだいぶ盛大に落ちたけど、今の俺にそのツッコミはだいぶ重いからやめてほしい。

そんなことを考えていると、前の方で教師が手を打った。

「今日は各自の現時点の力を見る。手裏剣、組手、座学。順に確認するぞ」

あ、来た。

レベル査定。

確認テストという名の、現時点でどれだけできるかの振り分けだ。前々世でもあった。あったが、今の俺にとってはだいぶ意味が違う。

問題は、“どこまでできないふりをするか”である。

できるのは駄目だ。

いや、できるのはいいんだけど、できすぎると終わる。五歳児として不自然になる。だが逆に抑えすぎると、今度は身体の動きと噛み合わない。自分で自分にストレスが溜まるし、何より“普通の子”の基準がもう怪しいせいで、手加減そのものが難しい。

第四次忍界大戦首謀者と特級呪術師の超難関任務。

五歳児になるって難しい!

本当に!

順番に名前が呼ばれていく。

ガイは予想通り元気が多かった。気合いも声量も既に余剰である。紅はきっちりしていて、アスマは少し肩の力が抜けている。イビキはこの時点でもう妙に据わっているし、エビスは真面目さが顔に出る。

そしてカカシ。

四歳のくせに、やっぱり完成度が高い。

構えも、投擲の軌道も、無駄がない。子どもの動きの中に、既に“できて当然”の癖がある。教師の空気が少しだけ変わるのが分かった。ああ、白い牙の息子だ、という視線。納得と期待と、少しの息苦しさが混ざった見方。

本人は、褒められても顔色を変えない。

変えないけど、興味がないわけでもない。ただ、反応の置き方がもう子どもじゃない。理屈と結果を先に取る癖がついている。

あいつ、やっぱり早く大人になりすぎなんだよな、と改めて思う。

やがて、俺の名前が呼ばれた。

「うちはオビト」

はい来た。

俺は立ち上がって前へ出る。

背中に、いくつかの視線が刺さる。“落ちこぼれ”がどれほどのものか見てやろう、みたいな、子どもらしい好奇心混じりの目だ。いやだから、その前提やめろって。

最初は手裏剣。

的は近い。近いが、だからこそ加減が難しい。外しすぎると不自然だし、当てすぎても不自然だ。

俺は呼吸を整えた。

五歳児。
五歳児。
五歳児。

大事なので心の中で三回唱える。

一投目。

当たる。

二投目。

やや端。

三投目――

あ、やば。

手が勝手に補正した。

癖で回転も角度もきれいに入ってしまい、手裏剣はすこんと中心寄りへ刺さった。

教室の空気が、少しだけ止まる。

ほらー。

先生、引いてるじゃねぇか。

顔には出していないつもりだが、教師の目が「……ん?」となったのが分かった。周囲の子どもたちもざわつく。落ちこぼれはどこ行った、みたいな空気が露骨に漂う。

しまったな、と思いながらも、今さら失投を重ねるのも不自然だ。なので残りは“ちょっとできる子”の範囲へ寄せることにした。

結果。

妙に安定している、くらいのところへ着地した。

良くない。

いや悪くはないけど、俺の目指す“普通”ではない。

次、組手。

こっちはさらに難しい。

身体が覚えすぎている。

前々世の忍としての癖。前世の体術と呪術の運用。相手の重心を見る目。踏み込みの前兆を拾う感覚。そういうものが、五歳児の小さい体の中で普通に噛み合ってしまう。

対面の子が前へ出る。

俺も構える。

相手が腕を振るってきた、その瞬間には、もう次の次まで見えていた。

……いや、見えすぎなんだよな。

避ける。

崩す。

でも倒しすぎるとまずいので、寸前で力を抜く。

その加減が逆に妙だったらしい。相手も教師も、一瞬だけ何が起きたのか分からない顔をした。

やばい。

これはやばい。

普通の五歳児は、そこでそんな手加減しない。

いや本来は手加減じゃないんだけど。単に“折らない・痛めすぎない・それでいて自然に見せる”を同時にやろうとしているだけなんだけど、その同時処理がもう五歳児の領分じゃない。

経験は身を助く。

助け過ぎる問題。

本当にそれ。

二手、三手と続いて、結局、俺は“妙にうまいのに前へ出たがらないやつ”みたいな仕上がりになった。最悪だ。いや、最悪ではないけど、一番引っかかるラインだ。

そして座学。

これはもう、だいぶ駄目だった。

いや内容は分かる。分かるどころか、もっと先まで知っている。でもそれをそのまま出すのは論外なので、適度に“今の俺が分かっていそうな範囲”へ落とし込む必要がある。

これが難しい。

難しいせいで、時々、変に解答が洗練される。

教師が問題を出す。
周囲が考える。
俺も“考えるふり”をする。
そのうえで、少しだけ遅らせて答える。

やってることが小細工すぎる。

しかも、その小細工をやればやるほど、自然な子どもから遠ざかる気がする。駄目だろこれ。いや分かってる。分かってるんだけど、じゃあ何も考えずに五歳児やれるかって言うと、それも無理なんだよ。

五歳児になるって難しい!

二回目だけど!

全部の査定が終わったあと、教師は露骨には何も言わなかった。

だが、目はちょっと困っていた。

“うちはの落ちこぼれ”という評判と、実際に見たものが噛み合わない。けれど、では天才かと言われると、そう言い切るには何か妙だ。できるのに、妙に前へ出ない。抑えているような、でも抑えきれていないような、変な引っかかりだけが残る。

うん。

分かる。

見てる側、絶対やりづらいよな。

俺も自分で自分がやりづらい。

席へ戻る途中、いくつかの視線が増えているのを感じた。

ガイは分かりやすく「おおっ」って顔をしている。アスマは少し意外そうで、紅はきちんと見直した目をしていた。イビキは無言のまま観察が深い。エビスは真面目に「噂と違う……?」みたいな空気を出している。

そしてカカシ。

あいつだけは、少し違った。

驚いた、ではない。

納得した、に近い。

“やっぱり隠してる”。

そういう目だ。

褒めないし、騒がないし、露骨にも何も言わない。ただ、引っかかりが一段深くなったのが分かる。落ちこぼれ扱いの子が、妙にできる。そのうえ、できるくせに出し切らない。変だ、と。

うん、知ってる。

でも今はそれでいい。

いきなり全部見抜かれるよりは、引っかかりの方がまだましだ。

席へ着くと、すぐ隣のガイが身を乗り出してきた。

「オビト! お前、やるな!」

声がでかい。

「いや、まあ……」

「落ちこぼれじゃなかったのか!?」

やめろ、その言い方!

悪気がないのは分かる。分かるが直球すぎる。せめてもうちょっと包め。そこは子どもらしい残酷さなんだろうけどさ。

俺が苦い顔をすると、少し向こうからリンの声がした。

「ガイくん、そういう言い方はだめだよ」

ああ、助かる。

やっぱりこの感じだ。やわらかいのに、言うべきところはちゃんと言う。押しつけじゃなくて、でも流さない。リンらしい。

ガイは「むっ」とした顔をして、それからすぐ「すまん!」と頭を下げた。立ち直りが早いな、お前。

俺は思わず笑ってしまった。

「いいよ。俺も、そう思われてたの知ってるし」

言いながら、自分で少しだけ呆れる。

こういう返し方が、たぶんよくない。

本人に口説く気はないのに、相手を安心させるような言い方が自然に出る。前世でも時々言われた。何でそういうとこだけ妙に甘いんだ、と。……いや、恋愛云々の話じゃなくても、こういう気遣いがたぶん余計なんだよな。

案の定、リンが少しだけ目を丸くしていた。

まずい。

今の、五歳児にしては落ち着きすぎたか?

慌てて視線を逸らし、頬をかく。すると今度はそれが逆に年相応っぽく見えたのか、リンはふっと笑った。

助かった……のか?

いや分からん。

本当に分からん。

恋愛どうこうの時期じゃないのは当然だ。今の俺には、そこへ足を踏み出す気もない。リンは俺にとって今も大切だ。でもそれは、現在進行形の恋というより、守れなかった光の記憶だ。前世の野薔薇だって、雑に上書きできるもんじゃない。

だからこそ、誰かへ向ける言葉には、無意識に慎重になる。

慎重になるくせに、時々変に甘い。

厄介だな俺。

そんな自己分析をしている間にも、授業は進んでいく。

教師の声。
板書。
周囲のざわめき。
時々飛ぶ私語。

その全部の中で、俺は思っていた。

“うちはの落ちこぼれ”。

その札は、今のところ外れてはいない。

外れていないというか、俺がそれを半分利用している。普通の子どもに見せたい。前へ出すぎたくない。だから少し抑える。抑えるくせに、経験が身を助けすぎて妙に浮く。

ひどい話だ。

でもまあ、始まったばかりだしな。

五歳児になる超難関任務、継続中である。

今日の査定は、たぶん失敗寄りだ。

でも、完全な失敗じゃない。

ガイが食いついた。
リンが声をかけた。
カカシが引っかかった。

ちゃんと、話は前に進んでいる。

そのことだけは、少しだけ救いだった。


〆栞
PREV  |  NEXT
BACK