最初の席替え

忍者学校に通い始めて、まだほんの数日だというのに、教室の中にはもうそれぞれの空気ができかけていた。

よく喋るやつ、すぐ張り合うやつ、静かに周りを見ているやつ、最初から誰かの隣へ収まりにいくやつ。子どもの集まりというのは不思議なもので、ろくに打ち解けたわけでもないのに、何となく配置が決まっていく。

だからこそ、教師が「今日は席を決めるぞ」と言った時、教室が少しだけざわついた。

来たな、と思う。

席順。

これは大事だ。

忍者学校生活の快適さを左右する、わりと重大な要素である。どこに座るかで、見えるものも、巻き込まれる頻度も、変な縁の濃さも変わる。

そして俺には明確な希望があった。

目立たない席がいい。

前でもなく、中心でもなく、妙に騒がしい輪のど真ん中でもない。端寄りで、けれど浮きすぎず、自然に紛れられる場所。教師の視線も、クラス全体の流れも、ほどよく拾える場所。

要するに、静かに過ごせる席である。

頼むぞ、と思いながら席順が決まっていくのを聞いていたのだが、人生はそううまくいかない。

俺の席は、窓際の中ほどになった。

……まあ、悪くはない。

悪くはないが、完璧でもない。目立たないと言えば目立たないが、周囲との距離は近い。変なやつが隣や前後に来ると、だいぶ面倒なことになる。

そう思った次の瞬間。

「はたけカカシ」

あ、終わったな。

心の中でそう呟いた。

カカシの席が、近い。

しかも近いどころじゃない。俺のすぐ斜め後ろだ。ちょっと振り返れば目が合う距離。授業中も休み時間も、存在感を無視しきれない位置である。

オビトの落ちこぼれ路線に、早くも危険信号点灯だった。

何でだよ。

こっちは静かに、自然に、うちはの落ちこぼれとして、ほどほどに埋もれて学校生活を送りたいんだよ。なのに何で、よりによって白い牙の息子がそんな近くへ配置されるのか。

いや、運だ。席順なんてそんなもんだ。分かってる。分かってるけど、嫌な予感しかしない。

カカシは椅子を引いて座りながら、一度だけこちらを見た。

真正面からではない。

ちらりと、でも確かに。

ああ、やっぱり引っかかってるな、と思う。

“噂と違う”。

そういう違和感が、もう目の置き方に出ていた。

落ちこぼれ扱いの、外れの家の子。
なのに、査定では妙にできた。
しかも、できるくせに前へ出ない。
隠しているように見える。

うん、知ってる。
お前そういうの拾うよな。

俺は前を向いたまま、心の中だけで頭を抱えた。

鋭いんだよなあ、こいつ……。

四歳児にして観察眼が仕上がりすぎている。早く大人になりすぎた子どもというのは、こういうところが厄介だ。大人ほど流さず、子どもほど単純でもない。違和感だけを丁寧に拾ってくる。

授業が始まってしばらくは何もなかった。

教師が話し、子どもたちがノートを取り、時々誰かが私語をして注意される。俺は五歳児らしく、でもできるだけ妙に見えない程度に、きちんと授業を受けた。

問題は、その合間だ。

小休止に入って、周囲が少しざわついたところで、背後からぽつりと声が落ちた。

「……お前」

来た。

俺は振り返る。

カカシは机へ肘をつくでもなく、ただ普通に座っていた。けれどその目だけは、きっちりこちらを見ている。

「何」

五歳児らしい軽さを意識して返すと、カカシは少しだけ眉を寄せた。

「噂ほどじゃない」

直球だな、おい。

思わず笑いそうになるのを堪える。

“すごい”じゃないんだよな、こいつは。
まずそこじゃない。
噂と違う。
そっちから入るのが、実にカカシらしい。

「……それ、褒めてる?」

「別に」

素っ気ない。

生意気で無愛想。

前々世と同様である。

懐かしいな、と思う一方で、今の俺にはだいぶ刺さる。なぜなら、この短い一言だけで、向こうが“落ちこぼれ”の看板を丸ごと信じていないことが分かるからだ。

危険だ。

非常に危険。

俺は肩を竦めた。

「落ちこぼれでいいよ。楽だし」

これは半分本音だ。

カカシの目が、そこでわずかに細くなった。

「……変なやつ」

うん、それも知ってる。

でも、それ以上は突っ込んでこない。

今はまだ、ライバル未満。

ただの“引っかかり”だ。

それで十分だった。

授業が終わるごとに、少しずつ周囲との接触も増えていく。消し炭みたいに静かに過ごしたい俺の願いは、残念ながら人の気配によってわりと簡単に崩れる。

前の席の子が筆を落とす。
隣の列の子が教材をうまくしまえない。
窓際で手が届かなくて困っている子がいる。

見ると、つい動いてしまう。

拾う。
持つ。
押さえる。
「こうじゃない?」と手を貸す。

そのたびに、あ、と内心で思う。

またやった。

でも放っておけないものは、放っておけない。

前々世の頃からそうだし、前世を挟んでなお、そこだけは全然変わらなかった。

すると当然、周囲の印象も少しずつ変わっていく。

“落ちこぼれ”ではあるけど。
“外れの家の子”ではあるけど。
何か、思ってたのと違う。

そういう空気が、子どもたちの目の置き方に出ていた。

いや、分かるよ。

分かるけどさ。

俺としては、“目立たない”と“放っておけない”の両立がこんなに難しいとは思わなかった。普通にしていれば静かに埋もれられるはずなのに、人が困ってるとそこだけ素通りできない。結果、“何か妙に気が利くやつ”になっていく。

難易度、高すぎるだろ。

そんな中で、ひときわやわらかい視線があった。

リンだ。

休み時間、少し離れた席から自然にこっちを見ている。じろじろではない。気にしている、というほど露骨でもない。ただ、ゴーグルの少年へ、やわらかく目を留めている。

ああ、そうなんだよな。

この子はこういうふうに見る。

押しつけず、でも流さない。

人の空気の揺れに、ぼんやり気づくみたいに。

俺が視線へ気づくと、リンはふっと小さく笑った。つられて俺も少しだけ口元を緩める。そこで変に間が生まれなかったのは、たぶんこの子がそういうのをやわらげるのがうまいからだ。

そして、放課後。

初めての席替えを終えた一日は、思っていた以上に疲れた。五歳児として振る舞うこと、授業に溶け込むこと、カカシの視線を流すこと、周囲へ気を配りすぎないこと。その全部が絶妙に難しい。

もう今日は大人しく帰ろう。

そう思っていたのに。

「オビトくん」

リンが、鞄を持ってこちらへ来た。

その呼び方に、一瞬だけ胸の奥が変なふうに揺れる。

オビトくん、か。

遠いな。

前々世ではもっと別の響きで呼ばれていた。もっと無防備で、もっと近い声で。でも今は違う。当たり前だ。五歳だし、まだ学校に入ったばかりだし、むしろ“くん”付きが自然ですらある。

自然なんだけど、自然だからこそ少しだけ遠かった。

リンは俺の前で足を止めた。

「一緒に帰ろ?」

その言い方が、あまりにも自然だった。

無理に距離を詰める感じじゃない。ただ、同じ方向なら、みたいな温度で差し出してくる。ああ、この子はこうやって人を置いていかないんだったな、と思う。

俺は少しだけ目を瞬いてから、口を開いた。

「……オビトでいいよ」

言ってから、しまったかなと思う。

いや別に変ではない。変ではないが、何かこう、ちょっとだけ本音が出た気がする。距離のある呼び方に、無意識で少し寂しくなったのかもしれない。

すると、すぐ後ろから別の声がした。

「オレも、カカシでいいから」

は?

振り向く。

カカシだった。

お前、何でそこに乗るんだ。

しかも顔は平然としている。気負いも照れもない。けれど完全な無関心でもない。たぶん、自分だけ名字呼びのままなのが妙だったのだろう。あるいは、リンの前で変に線を引かれるのが嫌だったのかもしれない。

どっちにせよ、急だな。

リンは少し目を丸くして、それから嬉しそうに笑った。

「じゃあ、オビトとカカシね」

天使か。

いや待て。

待て待て待て。

俺はその場で普通の顔を維持したまま、内心で盛大に頭を抱えていた。

天使と、生意気と、落ちこぼれ。

未来の第七班三人組で帰るって何!?

そんなつもりなかったんだけど!?

いや、そりゃ前々世の記憶があるから、この並びの意味は知ってる。知ってるけど、今ここでそれをやられると、情緒が追いつかない。内心ではもう、頭を抱えて床をゴロゴロ転がり回りたい気分だった。

何だこれ。

何だこれ本当に。

でも表には出せない。

五歳児として、自然に、普通に、帰るだけだ。

「……うん」

俺はどうにかそれだけ返した。

三人で教室を出る。

廊下を歩く。

リンが何でもない話を振って、俺が答え、時々カカシが短く返す。その温度差が、もう既に少しだけ懐かしかった。

窓の外は、夕方へ向かう前の明るさだった。

ああ、始まったんだな、と改めて思う。

前々世と同じようで、違う形で。

俺は“目立たない”つもりだったのに、もうこんなところへ来てしまった。

でも、不思議と嫌ではなかった。

困るし、情緒には悪いし、未来を知ってる身としてはだいぶ危ない。危ないけれど、それでもこの帰り道は、ちゃんとあたたかかった。

だからたぶん、これでいい。

……いや、よくはないか。

よくはないけど、悪くもない。

そんな複雑な気持ちのまま、俺は二人と並んで歩いた。


〆栞
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