祓除

帰り道でも、はたけカカシは妙に生意気だった。

いや、分かっている。生意気というのは少し違う。本人に悪気があってわざと刺すような言い方をしているわけではない。ただ、あいつは言葉の置き方がいちいち素っ気なく、妙に大人びていて、遠慮がない。

「オビト、歩くの遅い」

開口一番がこれである。

誰のせいだと思ってるんだ。

内心でそう返しつつ、俺は横目で小さい白頭を見た。年下のくせに、妙に落ち着いていて、妙に無愛想で、でも全部が全部冷たいわけじゃない。分かる。分かるんだけど――

可愛げがねぇ。

心の中で、今日だけでもう何回目か分からないツッコミを入れる。

するとリンが、間へすっと入るみたいに笑った。

「カカシ、そんな言い方したらだめだよ」

声がやわらかい。

責めるでもなく、流すでもなく、ちょうどいいところへ置く。カカシは「別に」と言いながら目を逸らし、俺はその空気の緩み方に少し救われる。

……天使だ。

いや待て、踏み止まれ五十七歳。

心の中で慌てて首を振る。そこへ行くな。今それをやると全部がややこしくなる。リンはリンであって、天使みたいに見えるのは分かるけど、だからって変な感慨へ走るな。

俺は自分の精神年齢概念を、心の十トンハンマーで叩き割った。

年齢を足すな。
今世を足すな。
娘とか孫とか、そういう方向へ行くな。

今の俺は五歳。
普通の五歳。
できるだけ。

そう言い聞かせながら歩く。

三人の距離感は、まだぎこちない。

リンが真ん中にいるとやわらぐ。カカシと俺だけになると、少しだけ空気が尖る。尖るというより、あいつがこちらを測って、俺がそれを流そうとする感じだ。ライバル未満。友達未満。けれど、完全な他人ではなくなりかけている。

不思議な温度だった。

校門を出てしばらく一緒に歩き、分かれ道でリンが手を振る。

「また明日ね」

「うん」

「……また」

カカシの返事は短い。

リンが見えなくなったあと、少しだけ沈黙が落ちた。やっぱりお前、リンがいる時の方がちょっとだけ人間らしいな、と思っていると、カカシが前を向いたまま言った。

「お前、よく喋る」

「お前は喋らなすぎ」

「必要ないから」

「可愛げがねぇなあ」

思わず口に出た。

カカシがぴたりと足を止める。何だその顔は、みたいな目でこちらを見るので、俺は肩を竦めた。

「いや、ほんとに」

「……知らない」

ふい、と前へ向き直る。

その反応が、ちょっとだけ年相応で、少し笑いそうになった。そうだよな。まだ四歳なんだよな、お前。ずっと先を知ってると忘れそうになるけど、今のこいつはまだ、父の背を追いかけてる途中の子どもだ。

「じゃ、また明日」

「……うん」

最後にそう言って別れた背中は、小さいくせに妙に真っ直ぐだった。

俺は少しその場に立ってから、家の方へ向かった。

帰って少しすると、祖母に夕飯のお使いを頼まれた。

「豆腐と、あと味噌が切れそうなんだよ」

「うん」

「暗くなる前に帰っといで」

「はーい」

さっき学校から帰ったばかりなのに、また出るのかと思わなくもないが、夕方の用事なんてそんなものだ。袋を持って外へ出ると、昼とは違う街の顔が広がっていた。

夕方の木ノ葉は、人の流れが緩むようでいて、別の疲れが滲む。

仕事帰りの大人たち。買い物籠を提げた女たち。走り回る子ども。夕餉の支度の匂い。笑い声。ため息。今日を終えた安堵と、明日へ持ち越す疲労が、そこらじゅうへ薄く溶けている。

そして、そのすぐ傍に、呪霊がいる。

いたるところに、とは言わない。

だが、そこかしこにいる。

道の角。屋根の影。店の裏。人の溜まる場所、人が争った場所、人が疲れを落とした場所。目を凝らせば、淀みが見える。形を持つほど濃くなくても、芽みたいなものがそこらにある。

第三次忍界大戦絡みだろうな、とぼんやり思う。

戦が長く続けば、死だけじゃなく、そこへ至る前の恐れや恨みや諦めも積もる。人がいるだけで呪いは生まれる。当たり前だ。前世でも嫌というほど見てきた。

さて、どうするか。

俺は買い物を済ませながら、視線の端で連中を拾っていく。

全部を祓う必要はない。

というより、全部を祓うのは現実的じゃない。今の俺一人で処理できる範囲にも限りがあるし、そもそも、まだ害を成していない澱みにまでいちいち手を出すのは効率が悪い。

判断基準は決めてある。

人に害を成すか。
成し始めているか。
このまま放置したら危ないか。

そこだ。

まずは小さな店の裏にいた、低級のひとつ。客の脚にまとわりつこうとしている。あれは放置しない方がいい。

袋を持ったまま、歩く速度を変えずに指先だけを少し動かす。

解。

ごく細い、見えない斬撃が走る。

呪霊は声もなく裂けて、霧みたいに消えた。

……宿儺の術式、有能すぎて草なんだが。

いや本当に。

最小限の動きで、目立たず、低級を処理できる。街中での祓除に向きすぎている。奪っておいて良かった。ありがとう呪いの王。

きっと宿儺は軽くキレると思う。

いや軽くじゃ済まないか。まあいい。使えるものは使う。

次は、塀の陰にいるやつ。

こっちは少ししぶとい。人の足へまとわりついて転ばせるくらいの悪意はある。なら、もう少し深く裂く。

捌。

風へ馴染ませた刃が、ぬるりとその輪郭を断つ。ぎょろりとした目だけが一瞬こちらを向いて、それきり散った。

うん、やっぱ便利だなこれ。

ただし対人でこの精度を雑に出すのは危険すぎる。そこは忘れないようにしないと。便利だからこそ、手癖で使いすぎるのが一番まずい。

買い物袋を提げたまま、俺は夕方の通りを縫うように歩く。

途中、井戸の脇で少しだけ立ち止まった。水面へ映る空が赤い。人目も少ない。

ここなら少し試せる。

俺は桶の縁に溜まった水へ意識を向けた。

赤血操術の制御理論を、そのまま水へ。

細く。
速く。
目立たず。

水の針が、するりと伸びる。

道の向こうの木陰で、虫のように蠢いていた低級の額を穿つ。弾けるように霧散したのを見て、俺は小さく息を吐いた。

よし。

こっちも悪くない。

血ではなく水なら、街中でもだいぶ誤魔化せる。空気中の湿り気や水たまり、桶の水、そういうものを拾って使えるのも強い。赤血操術の精度維持にもなるし、水への写し替えの練習にもなる。

張相ならどう言うかな、なんて一瞬だけ思って、少しだけ口元が緩んだ。

あの人は呆れながらも、最後には「使えるならいい」とか言いそうだ。

そんなふうに一つ、二つと祓っていくうちに、買い物袋の重みが腕へ馴染んできた。味噌と豆腐と、ついでに祖母が好きそうな小さな漬物も買った。学校帰りに夕飯の買い物、ついでに呪霊の祓除。五歳児の生活にしては若干情報量が多い。

でも、今の俺にはこれくらいがちょうどよかった。

人を助ける。
家を回す。
目立たず祓う。
できることを、できる範囲でやる。

そういう小さな積み重ねの方が、今はしっくりくる。

忍より呪術師の方が向いてるんじゃないか、なんて前から思っているけど、それをいちいち言葉にする必要もない。ただ、街の影で針を走らせ、最小限で祓うこの感覚は、やっぱり妙によく馴染んだ。

帰る前、最後に路地の奥で一体だけ見つけた。

人へ張りつくにはまだ足りない、けれど放っておけば育ちそうなやつだ。

俺は足を止め、指先を少し持ち上げた。

解。

ほんの一閃。

それだけで済む。

便利すぎるだろ、やっぱこれ。

そう内心で呟きながら、俺は家路へついた。

その頃、はたけ家では、カカシが父へ学校のことを話していた。

夕餉の前の、少しだけ静かな時間だった。

サクモは茶を淹れながら、息子の声を聞いていた。

「ふうん。学校はどうだった?」

「別に」

「楽しくなかった?」

「普通」

短い返事だ。

だが、サクモはその短さの奥に、いつもより何かが引っかかっていることを感じ取っていた。だから急かさず、茶碗を置きながら言う。

「何かあった顔だね」

カカシは少しだけ黙った。

それから、視線を逸らしたまま口を開く。

「……変なやつがいた」

ほう、とサクモは思う。

息子が同年代をそういう言い方で話題にするのは珍しい。苦手、でもない。嫌い、でもない。ただ、引っかかっている時の言い方だ。

「どんな子?」

「うちはの、外れの家の」

「ああ」

そこで名までは出なかったが、サクモの頭にはすぐ顔が浮かんだ。以前見かけた、ゴーグルの子だ。

カカシはさらに続ける。

「落ちこぼれって言われてるのに、そうでもない」

「へえ」

「できるのに、出さない」

ぽつり、ぽつりと落ちる言葉を、サクモはそのまま拾う。

「隠してるみたいだった」

その一言に、サクモは少しだけ目を細めた。

なるほど。

やはり、そう見えるのか。

子どもの目は大人より率直だ。理屈で整える前に、違和感をそのまま掴む。特にカカシは、そういう引っかかりを流さない。

「気になる?」

そう聞くと、カカシは少しだけ眉を寄せた。

「……別に」

出たな、別に。

だがサクモは追及しない。ただ茶を一口飲んで、静かに笑った。

「なら、そのうちまた見ればいい」

カカシは何も返さなかった。

けれど、黙ったまま否定もしなかった。

一方その頃、学校の教師は、その日の成績評価をまとめていた。

入学したばかりの生徒たちの基礎査定。目立つ者、平均的な者、今後伸びそうな者。そうした所見の中に、当然、白い牙の息子の名はある。

そして、もう一つ。

「うちはオビト……」

教師は紙へ目を落とし、小さく唸った。

落ちこぼれという前評判。
だが実技も座学も、完全に低いわけではない。
できる。けれど、妙にちぐはぐだ。
前へ出る時と引く時の基準が不自然で、評価しづらい。

悩んだ末、その教師は報告書へこう記した。

――要観察。

その紙は、火影へ上がる報告の一部になる。

まだ小さな学校の一日が、少しずつ、周囲の大人たちの目も動かし始めていた。

そして俺は、そんなことも知らず、買い物袋を提げて家へ帰る。

祖母が戸を開けて待っていた。

「遅くなってないね」

「うん。ちゃんと買ってきた」

「偉い」

袋を受け取る手があたたかい。

俺はそのぬくもりに少しだけ息を抜いて、靴を脱いだ。

学校が始まった。

帰り道も変わった。

祓除も続く。

そして、俺のことを見ている目も、少しずつ増えていく。

面倒だ。

でも、まあ。

やるしかないよな。

そう思いながら、夕飯の匂いがする家の中へ戻っていった。


〆栞
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