授業風景
やべ、やり過ぎた。
朝一番の時点で、もうその予感はあった。
忍者学校へ通い始めてまだ日が浅い。なのに授業の流れが身体へ馴染みすぎている。教師の声の間、実技へ移るタイミング、子どもたちがつまずく場所、そこで何を外せば“年相応”に見えて、何を拾うと“不自然”になるか。その辺りを考えながら動くのが、そもそも難しい。
難しいのに、今日は輪をかけて駄目だった。
手裏剣。
的までの距離、重心、投げる腕の癖。見えた瞬間に身体が勝手に補正して、一本目からきれいに刺さった。ここで少し崩せばよかったのに、崩し方まで考え始めたせいで逆に動きが整う。結果、妙に安定する。
組手。
相手の踏み込みが遅い。いや、五歳児の授業なのだから当然だ。なのに見えすぎる。どこで力が乗るか、どこが浮くか、どこをずらせば転ぶか、分かりすぎる。分かった上で手加減しようとすると、今度は“子どもらしい失敗”の加減が難しい。避けて、崩して、止めて、それでも一応は自然に見せようとして、たぶん一番妙な仕上がりになった。
忍術。
これが最悪だった。
火を起こす。
水を動かす。
基礎中の基礎。
その程度のはずなのに、呪力とチャクラの噛み合わせが勝手に精度を上げる。必要量だけ通せばいい場面で、変に密度が揃う。立ち上がりが速い。形も崩れない。教師の「そこまででいい」が一拍遅れるくらいには、出が良かった。
座学に至っては、もう笑うしかなかった。
問題文を見た瞬間に答えが出るのはいい。そこまではいい。だが、そこから“今の自分ならどの程度の答え方をするか”を考え始めると、逆に言葉選びがこなれすぎるのだ。子どもらしく少し詰まりながら答えるつもりが、途中で整う。抑えたつもりが、別方向で妙に気が回る。
満点オンパレードだった。
やらかした。
完全にやらかした。
忍兼特級呪術師五十七歳、やらかしまくりである。
無理。
五歳児、無理。
ほんと無理。
教室の空気が変わっていくのが分かった。
最初は、ただの意外そうな目だった。落ちこぼれ扱いの、外れの家の子。そこへ乗っていた雑な認識が、査定のたびに一枚ずつ剥がれていく。手裏剣でざわつき、組手で黙り、忍術で教師が言葉を失い、座学でついに何人かが露骨にこっちを見た。
やめてくれ。
そんな顔をされても、俺としては困る。
だが、困るのはこっちだけではないらしかった。教師も板書の途中で一度だけ俺を見て、それから何でもない顔を作り直した。ああいうの、分かるんだよな。大人が困った時の“いったん保留にする顔”。
脳内で、五条悟が腹を抱えて笑っていた。
『ほらぁ、やっぱ無理じゃん』
うざっ!
ほんとに。
笑うな。
お前はそういう時、面白がるから余計腹立つんだよ。
『だってさ、オビトってその辺の加減すっごい下手だし』
うるさい。
下手じゃない。難しいだけだ。普通の子どもになる方が、高難度任務なんだよ。分かれ。いや分かってて笑ってるなこの脳内五条。
黒板の文字を写しながら、俺はひっそり頭を抱えた。
駄目だ。完全に“落ちこぼれ”の札がずれてきている。これ以上やるとまずい。いや、今日の時点でもう十分まずい。明日から少し崩さないと、本当に浮く。
でも、わざと下手に見せるのもそれはそれで不自然なんだよな……。
考え込んでいると、横の方から視線が刺さった。
カカシだ。
やっぱり拾うよな、お前は。
授業の最中から何度か感じていたが、今はさっきまでと質が違う。単なる引っかかりではない。確認に近い。噂と違う、ではなく、“何かがおかしい”へ踏み込んだ目だ。
さすがに鋭い。
頭が痛い。
休み時間になっても、教室の空気は少し落ち着かなかった。ガイが勢いよく「オビト、お前すごいな!」と寄ってきて、アスマが少し面白くなさそうに眉を上げて、紅はきちんとした顔で「そんなにできると思ってなかった」と口にした。
そこへリンが来て、「オビト、字もきれいだったね」と笑う。
やめてくれ。
そういう褒め方は困る。
手裏剣が上手いより、字がきれいの方が何か逃げ道がない。地味に育ちの良さとか落ち着きとか、そういう方向へ刺さるからやめてくれ。しかもリンが言うと余計に困る。言い返しづらいし、妙に胸へ残る。
「……そう?」
どうにかそれだけ返すと、リンはうんと頷いた。
横からガイが「オレの字も見てくれ!」と騒ぎ、紅が呆れ、教室の空気が少しだけ和らぐ。助かった、と息をついたのも束の間、後ろから落ちた声は低かった。
「お前」
また来た。
振り向くと、カカシが立っていた。いつもの無愛想な顔。けれど今日は、その奥が妙に真剣だ。
「何」
「おかしい」
直球だな。
思わず目を瞬いた。
「何が?」
「全部」
言い切った。
全部ってお前。
雑すぎるだろ。
でも、その雑さの裏にあるものはちゃんと分かる。手裏剣も、組手も、忍術も、座学も。全部の出来が高い。それだけならまだしも、そこに一貫した“不自然さ”がある。できるくせに、やり方が妙にちぐはぐだ。前へ出るでもなく、隠し切るでもなく、加減を誤っている。
カカシは、それを見ている。
「噂と違うとか、そういう話じゃない」
ああ、そこまで来たか。
「……へえ」
俺はそれ以上、うまく返せなかった。
五歳児らしく笑って流すべきか、知らないふりをするべきか、一瞬迷ったせいで間が空く。その間を、カカシは見逃さなかった。
「やっぱり」
小さく言って、目を細める。
まずいな、と本気で思った。
この年でこの観察眼は本当に厄介だ。大人相手ならまだ誤魔化しようがある。だがカカシは、変なところで妙に素直だ。違和感を違和感のまま掴む。理屈の前に、そこを置いてくる。
「カカシ」
リンの声だった。
やわらかいが、少しだけ止める響きがある。
カカシはちらりとそちらを見た。リンは困ったように笑って、「オビトが困ってる」とだけ言う。責めない。遮らない。でも、ちゃんと線を引く。
助かった。
いや本当に助かった。
カカシは少しだけ黙り、それから「別に」と言って席へ戻った。別に、じゃないだろとは思うが、そこまで言ったらまた面倒なので飲み込む。
リンが俺へ向き直る。
「ごめんね」
「いや、リンが謝ることじゃないよ」
自然に出たその言葉へ、リンが少しだけ目を丸くする。
あ、またやったかも。
こういうところだよな、たぶん。意識してる時はむしろ雑に返そうとするのに、相手が困った顔をすると、変にまっすぐな言葉が先に出る。いや今のは別に甘いとかそういうやつじゃない。普通の返しだ。普通のはずだ。普通って何だっけ。
リンはすぐにふわりと笑った。
「うん、でもありがとう」
その“ありがとう”が妙に素直で、今度はこっちが困った。
駄目だ。
ほんとに五歳児って難しい。
その日の放課後、教室が少しずつ空いていく中で、教師は机へ残った記録を見直していた。
成績の並びは、はっきりしている。
目立つ子どもは何人かいる。はたけカカシはその筆頭だ。年齢不相応の完成度。白い牙の息子という前評判を裏切らない出来。そこはいい。むしろ予測の範囲内だ。
問題は、別の名前だった。
うちはオビト。
教師は何度目かのため息をついた。
落ちこぼれ、と聞いていた。うちは集落の外れの家の子。両親を亡くし、祖母と二人暮らし。特別目立つ話もなかった。だからこそ、初見では少し気を配る程度で済むはずだった。
だが、今日の授業を見れば、そう単純ではない。
手裏剣、組手、忍術、座学。
すべて高い。
ただし、高いだけではない。
抑えているようで抑えきれず、出しすぎているようで出し切ってもいない。技量はある。だが見せ方が不自然だ。何かを隠しているのか、それとも単に場慣れしていないのか。幼い子どもにしては、判断を一つ置いてから動く癖がある。
教師は報告書へ、短く追記した。
要観察。
基礎能力は高い。
実力の見せ方に不自然さあり。
その紙は、後に火影へ上がる生徒評価の束へ入る。
教師が記録を片づける頃、うちは集落では別のかたちで名前が上がり始めていた。
「あそこの家の子、学校で結構できるらしい」
「落ちこぼれじゃなかったのか」
「いや、妙だって話だよ」
噂はまだ、小さい。
陰口というほど悪意もない。ただ、貼っていた札がずれた時、人はそこへ新しい言葉を探す。外れの家。祖母と二人暮らし。落ちこぼれ。そこへ、“思っていたのと違う”が混ざり始める。
それは大したことのない変化のようでいて、子どもの立ち位置を静かに変えるには十分だった。
そんなことも知らず、俺は夕暮れの道を歩いていた。
鞄が少し重い。
頭はもっと重い。
やり過ぎた。
本当にやり過ぎた。
でも、もう終わったことを今さら巻き戻せるわけでもない。
なら次だ。
次でどう調整するか。
そう考えながら、俺はふと立ち止まった。
道端の影に、低級の呪いがいる。
人の足元へまとわりつき、悪意へ育つ前の、まだ小さな澱みだ。
……まあ、これくらいなら。
視線だけをそちらへ流し、指先をわずかに動かす。
細い針が走る。
呪いは音もなく消えた。
こういうのは、何も考えなくていい。
見つけて、判断して、祓う。
その単純さが、今は少しありがたかった。
家へ戻れば、祖母が夕餉の支度をしているだろう。
明日になれば、また学校だ。
目立たないつもりで、たぶんまた少し失敗する。
でも、まあ。
完全に駄目でもなかった。
ガイが笑って、リンが声をかけて、カカシが引っかかった。
話は、ちゃんと前に進んでいる。
そう思いながら、俺は夕暮れの中を歩き出した。
朝一番の時点で、もうその予感はあった。
忍者学校へ通い始めてまだ日が浅い。なのに授業の流れが身体へ馴染みすぎている。教師の声の間、実技へ移るタイミング、子どもたちがつまずく場所、そこで何を外せば“年相応”に見えて、何を拾うと“不自然”になるか。その辺りを考えながら動くのが、そもそも難しい。
難しいのに、今日は輪をかけて駄目だった。
手裏剣。
的までの距離、重心、投げる腕の癖。見えた瞬間に身体が勝手に補正して、一本目からきれいに刺さった。ここで少し崩せばよかったのに、崩し方まで考え始めたせいで逆に動きが整う。結果、妙に安定する。
組手。
相手の踏み込みが遅い。いや、五歳児の授業なのだから当然だ。なのに見えすぎる。どこで力が乗るか、どこが浮くか、どこをずらせば転ぶか、分かりすぎる。分かった上で手加減しようとすると、今度は“子どもらしい失敗”の加減が難しい。避けて、崩して、止めて、それでも一応は自然に見せようとして、たぶん一番妙な仕上がりになった。
忍術。
これが最悪だった。
火を起こす。
水を動かす。
基礎中の基礎。
その程度のはずなのに、呪力とチャクラの噛み合わせが勝手に精度を上げる。必要量だけ通せばいい場面で、変に密度が揃う。立ち上がりが速い。形も崩れない。教師の「そこまででいい」が一拍遅れるくらいには、出が良かった。
座学に至っては、もう笑うしかなかった。
問題文を見た瞬間に答えが出るのはいい。そこまではいい。だが、そこから“今の自分ならどの程度の答え方をするか”を考え始めると、逆に言葉選びがこなれすぎるのだ。子どもらしく少し詰まりながら答えるつもりが、途中で整う。抑えたつもりが、別方向で妙に気が回る。
満点オンパレードだった。
やらかした。
完全にやらかした。
忍兼特級呪術師五十七歳、やらかしまくりである。
無理。
五歳児、無理。
ほんと無理。
教室の空気が変わっていくのが分かった。
最初は、ただの意外そうな目だった。落ちこぼれ扱いの、外れの家の子。そこへ乗っていた雑な認識が、査定のたびに一枚ずつ剥がれていく。手裏剣でざわつき、組手で黙り、忍術で教師が言葉を失い、座学でついに何人かが露骨にこっちを見た。
やめてくれ。
そんな顔をされても、俺としては困る。
だが、困るのはこっちだけではないらしかった。教師も板書の途中で一度だけ俺を見て、それから何でもない顔を作り直した。ああいうの、分かるんだよな。大人が困った時の“いったん保留にする顔”。
脳内で、五条悟が腹を抱えて笑っていた。
『ほらぁ、やっぱ無理じゃん』
うざっ!
ほんとに。
笑うな。
お前はそういう時、面白がるから余計腹立つんだよ。
『だってさ、オビトってその辺の加減すっごい下手だし』
うるさい。
下手じゃない。難しいだけだ。普通の子どもになる方が、高難度任務なんだよ。分かれ。いや分かってて笑ってるなこの脳内五条。
黒板の文字を写しながら、俺はひっそり頭を抱えた。
駄目だ。完全に“落ちこぼれ”の札がずれてきている。これ以上やるとまずい。いや、今日の時点でもう十分まずい。明日から少し崩さないと、本当に浮く。
でも、わざと下手に見せるのもそれはそれで不自然なんだよな……。
考え込んでいると、横の方から視線が刺さった。
カカシだ。
やっぱり拾うよな、お前は。
授業の最中から何度か感じていたが、今はさっきまでと質が違う。単なる引っかかりではない。確認に近い。噂と違う、ではなく、“何かがおかしい”へ踏み込んだ目だ。
さすがに鋭い。
頭が痛い。
休み時間になっても、教室の空気は少し落ち着かなかった。ガイが勢いよく「オビト、お前すごいな!」と寄ってきて、アスマが少し面白くなさそうに眉を上げて、紅はきちんとした顔で「そんなにできると思ってなかった」と口にした。
そこへリンが来て、「オビト、字もきれいだったね」と笑う。
やめてくれ。
そういう褒め方は困る。
手裏剣が上手いより、字がきれいの方が何か逃げ道がない。地味に育ちの良さとか落ち着きとか、そういう方向へ刺さるからやめてくれ。しかもリンが言うと余計に困る。言い返しづらいし、妙に胸へ残る。
「……そう?」
どうにかそれだけ返すと、リンはうんと頷いた。
横からガイが「オレの字も見てくれ!」と騒ぎ、紅が呆れ、教室の空気が少しだけ和らぐ。助かった、と息をついたのも束の間、後ろから落ちた声は低かった。
「お前」
また来た。
振り向くと、カカシが立っていた。いつもの無愛想な顔。けれど今日は、その奥が妙に真剣だ。
「何」
「おかしい」
直球だな。
思わず目を瞬いた。
「何が?」
「全部」
言い切った。
全部ってお前。
雑すぎるだろ。
でも、その雑さの裏にあるものはちゃんと分かる。手裏剣も、組手も、忍術も、座学も。全部の出来が高い。それだけならまだしも、そこに一貫した“不自然さ”がある。できるくせに、やり方が妙にちぐはぐだ。前へ出るでもなく、隠し切るでもなく、加減を誤っている。
カカシは、それを見ている。
「噂と違うとか、そういう話じゃない」
ああ、そこまで来たか。
「……へえ」
俺はそれ以上、うまく返せなかった。
五歳児らしく笑って流すべきか、知らないふりをするべきか、一瞬迷ったせいで間が空く。その間を、カカシは見逃さなかった。
「やっぱり」
小さく言って、目を細める。
まずいな、と本気で思った。
この年でこの観察眼は本当に厄介だ。大人相手ならまだ誤魔化しようがある。だがカカシは、変なところで妙に素直だ。違和感を違和感のまま掴む。理屈の前に、そこを置いてくる。
「カカシ」
リンの声だった。
やわらかいが、少しだけ止める響きがある。
カカシはちらりとそちらを見た。リンは困ったように笑って、「オビトが困ってる」とだけ言う。責めない。遮らない。でも、ちゃんと線を引く。
助かった。
いや本当に助かった。
カカシは少しだけ黙り、それから「別に」と言って席へ戻った。別に、じゃないだろとは思うが、そこまで言ったらまた面倒なので飲み込む。
リンが俺へ向き直る。
「ごめんね」
「いや、リンが謝ることじゃないよ」
自然に出たその言葉へ、リンが少しだけ目を丸くする。
あ、またやったかも。
こういうところだよな、たぶん。意識してる時はむしろ雑に返そうとするのに、相手が困った顔をすると、変にまっすぐな言葉が先に出る。いや今のは別に甘いとかそういうやつじゃない。普通の返しだ。普通のはずだ。普通って何だっけ。
リンはすぐにふわりと笑った。
「うん、でもありがとう」
その“ありがとう”が妙に素直で、今度はこっちが困った。
駄目だ。
ほんとに五歳児って難しい。
その日の放課後、教室が少しずつ空いていく中で、教師は机へ残った記録を見直していた。
成績の並びは、はっきりしている。
目立つ子どもは何人かいる。はたけカカシはその筆頭だ。年齢不相応の完成度。白い牙の息子という前評判を裏切らない出来。そこはいい。むしろ予測の範囲内だ。
問題は、別の名前だった。
うちはオビト。
教師は何度目かのため息をついた。
落ちこぼれ、と聞いていた。うちは集落の外れの家の子。両親を亡くし、祖母と二人暮らし。特別目立つ話もなかった。だからこそ、初見では少し気を配る程度で済むはずだった。
だが、今日の授業を見れば、そう単純ではない。
手裏剣、組手、忍術、座学。
すべて高い。
ただし、高いだけではない。
抑えているようで抑えきれず、出しすぎているようで出し切ってもいない。技量はある。だが見せ方が不自然だ。何かを隠しているのか、それとも単に場慣れしていないのか。幼い子どもにしては、判断を一つ置いてから動く癖がある。
教師は報告書へ、短く追記した。
要観察。
基礎能力は高い。
実力の見せ方に不自然さあり。
その紙は、後に火影へ上がる生徒評価の束へ入る。
教師が記録を片づける頃、うちは集落では別のかたちで名前が上がり始めていた。
「あそこの家の子、学校で結構できるらしい」
「落ちこぼれじゃなかったのか」
「いや、妙だって話だよ」
噂はまだ、小さい。
陰口というほど悪意もない。ただ、貼っていた札がずれた時、人はそこへ新しい言葉を探す。外れの家。祖母と二人暮らし。落ちこぼれ。そこへ、“思っていたのと違う”が混ざり始める。
それは大したことのない変化のようでいて、子どもの立ち位置を静かに変えるには十分だった。
そんなことも知らず、俺は夕暮れの道を歩いていた。
鞄が少し重い。
頭はもっと重い。
やり過ぎた。
本当にやり過ぎた。
でも、もう終わったことを今さら巻き戻せるわけでもない。
なら次だ。
次でどう調整するか。
そう考えながら、俺はふと立ち止まった。
道端の影に、低級の呪いがいる。
人の足元へまとわりつき、悪意へ育つ前の、まだ小さな澱みだ。
……まあ、これくらいなら。
視線だけをそちらへ流し、指先をわずかに動かす。
細い針が走る。
呪いは音もなく消えた。
こういうのは、何も考えなくていい。
見つけて、判断して、祓う。
その単純さが、今は少しありがたかった。
家へ戻れば、祖母が夕餉の支度をしているだろう。
明日になれば、また学校だ。
目立たないつもりで、たぶんまた少し失敗する。
でも、まあ。
完全に駄目でもなかった。
ガイが笑って、リンが声をかけて、カカシが引っかかった。
話は、ちゃんと前に進んでいる。
そう思いながら、俺は夕暮れの中を歩き出した。
【〆栞】