根vs呪霊vsオビト
ミナトとクシナと別れたあとも、胸の奥のもやもやは簡単には消えなかった。
そりゃそうだ。
初対面のはずなのに謝罪から入って、挙句の果てに別れ際でまで余計なことを言った。思い返せば返すほど、頭を抱えたくなる。いや実際、家へ真っ直ぐ帰る道の半分くらいは、内心でずっと床を転がり回っていた。
何でだよ。
何であの二人の前だと、こうも平常運転が吹き飛ぶんだ。
前々世の記憶が邪魔をしているのは分かる。分かるけど、だからって毎回これじゃ困る。ミナトのあの柔らかい顔を思い出すたびに、胸の奥の古傷みたいなところがじくじくするし、クシナの強い声を思い出すと、妙に気が抜けるくせに余計に落ち着かない。
駄目だな、と思う。
こういう時は、身体を動かすに限る。
結局、俺はそのまま祓除行脚に繰り出していた。
夜の木ノ葉は、昼の顔と違う。灯りの届かない隙間が濃くなり、人の声が減る分だけ、淀みの輪郭が拾いやすくなる。道の端、屋根の影、閉まった店の裏。低級の呪霊が、相変わらずそこかしこにいる。
まあ、いるよな。
人がいるだけで呪いは溜まる。
そこに戦時下が重なれば、なおさらだ。
俺は歩きながら、まず一体目を祓った。
指先をわずかに動かす。
御厨子、解。
見えない斬撃が、暗がりの中で音もなく走る。低級の呪霊は、呻く暇もなく霧みたいに散った。
うん、超安定。
本当にこの術式、街中で使うには便利すぎる。速い、目立たない、無駄がない。最小限の動きで一体ずつ確実に処理できる。前世でこの手触りへ慣れきってしまったせいで、もう息をするくらいの自然さで使えてしまうのが逆に怖い。
二代目呪いの王。
そんなふざけた呼び名でからかわれた記憶が、ふっと蘇った。
いや、ほんと何なんだよあれ。
言い出したのは釘崎だ。そこへ虎杖が面白がって乗って、伏黒は最初こそ無言だったくせに最終的に否定しきらず、乙骨先輩に至っては「うん、まあ、ちょっと分かるかも」とか穏やかな顔で納得していた。
解せぬ。
俺は普通に抗議したはずなんだけどな。
もう一体。
今度は、少し厚みのあるやつが塀の上にいた。
御厨子、捌。
解より深く、相手の輪郭へ合わせて裂く。黒ずんだものが、ぬるりと断たれて散った。
これも超安定。
本当に困る。
いや便利だから困らないんだけど、便利すぎるのもそれはそれで困る。あまりに手癖になりすぎると、対人でもつい“最適解”として頭に浮かんでしまう。そこを理性で止めているだけだ。
なら次は、別の手札で行くか。
俺は小さく息を吐いて、指先へ意識を集めた。
赤血操術。
細い、細い血の針を思い浮かべる。前世の赤ん坊の頃から使っていた術式だ。最初は虫扱いしていた呪霊を、訳も分からずこれで刺していたのだから、人間の適応力ってすごい。
いやまあ、赤ん坊が血の針を飛ばすのはどう考えてもすごくない方がいいんだけど。
それはそれとして、慣れたものは慣れたものだ。
細針が走る。
呪霊の額を穿つ。
超安定。
続けて、水針。
赤血操術の制御理論を、そのまま水へ写す。空気中の湿り気、わずかな水分、掌の感覚へ引っかけた流動を、極細の針へまとめる。
これももう慣れた。
前は試運転のつもりだったのに、今や普通に実戦投入している。便利なんだよな。血より目立たないし、対人へ見せるなら“水遁”で押し通せるし。
水針が闇へ吸い込まれ、低級がまた一つ消える。
その時だった。
気配が変わる。
低級の薄さとは違う。人の気配だ。しかも一人じゃない。複数。忍だ。足音は殺しているが、俺から見ればだいぶ分かりやすい。隠れているつもりの位置取りも、夜の中の呼吸の置き方も、訓練された側のそれ。
暗部。
いや……。
俺は目を細めた。
根、か。
肩に。
背に。
首筋に。
結構、憑いていらっしゃる。
見えてしまうから困る。根の暗部たちはちゃんと気配を殺している。忍として見れば相当なものだろう。だが、俺からすると、その背後や肩口にまとわりついた低級の呪霊が見えるせいで、逆に位置が分かりやすい。抑圧、沈黙、薄暗い任務。そういうものを背負って動く人間には、こういう手合いがつきやすい。
ダンゾウからの勧誘か、探りか、監視か。
そこまではまだ分からない。
でも、ちょっと待て。
根の暗部たちは、たぶん俺一人を見ているんだろう。
でも俺からしたら、根の暗部+呪霊+俺で、三つ巴なんですけど。
面倒くせぇな!
いや本当に。
しかも位置が悪い。通りの外れとはいえ、完全な無人地帯じゃない。人目を避けて派手にはやれない。暗部だけなら体術もあるが、今の俺が体術へ寄せると黒閃ぶっ放す確率が高い。最悪だ。こんな場面でそれはさすがにまずい。
何を選ぶ。
どうする。
一瞬で頭を回す。
御厨子は便利だが、根の連中までまとめて切るには殺傷が強すぎる。体術は黒閃の事故率が高い。木遁? 論外だ。目立ちすぎる。なら、答えは一つだ。
赤血操術の水しかねーだろ!
俺は小さく呼吸を整え、口にする。
「……水遁」
一応な。
一応、そう言っとかないと、後で面倒が倍になる。
瞬間、空気中の水分をまとめて引き寄せる。細針へ、刃へ、散弾へ。狙うのは急所じゃない。呪霊は祓い、暗部は退かせる。そこへ合わせる。
血星磊。
細かい水の粒が一斉に散り、肩口や背にまとわりついていた低級を穿つ。呪霊だけが霧散するのを見届ける間もなく、次は苅祓。
鋭く伸ばした水刃を、横薙ぎに走らせる。
暗部たちの足元、袖口、頬のすぐ脇。ほんの少しでも反応が遅ければ裂ける位置だが、ちゃんと避けられる余地は残してある。根の連中が一斉に飛び退いた。
「……!」
気配が揺れる。
さすがに動揺したな。
そりゃそうだろう。目の前の五歳児が、印もほぼ無しに“水遁”を使って、しかも呪霊ごと自分たちの位置を暴いたのだから。肩に張りついていた低級が消えたのも、本人たちからすれば急に視界が晴れたような違和感だっただろう。
一人が踏み込もうとする。
早い。
だが、俺ももう止まらない。再度、水を束ねる。今度は足元を狙う。滑らせて転ばせる、というより、踏み込ませないための牽制だ。暗部の前へ薄い水膜を走らせ、そこへ細針を混ぜる。
見た目は水遁。
中身はだいぶ赤血操術。
便利すぎるな、これ。
根の暗部たちは一瞬だけ連携を崩した。崩したというより、予想からずれたのだろう。五歳児ひとりを囲むだけの仕事なら、もっと簡単な想定だったはずだ。ところが実際には、こっちは呪霊を祓いながら、同時に暗部の動きまで抑えに来る。
想定外が重なれば、足も鈍る。
俺はその隙に一歩引いた。
追うなら追えばいい。
ただしその時は、もう少し手札を切ることになる。
そういう意思だけは、ちゃんと見せる。
数拍のにらみ合いのあと、暗部たちは動かなかった。
いや、動けなかったのかもしれない。今ここで本格的にやれば、周囲に痕跡が残る。根の仕事としては、それもまたまずいのだろう。
次の瞬間には、気配が薄くなった。
退いた。
俺はようやく肩の力を抜いた。
あー……。
確実に狙われるな、これ。
正直、かなりまずい。
ダンゾウがどこまで把握しているかは知らないが、今ので“外れの家の妙な子”から“明確に異常な子”へ格上げされた可能性は高い。しかも、印を結ばない忍術めいた何かまで見せた。暗部の動揺も、だいぶしっかり感じたしな。
やっちまった感がすごい。
でも、仕方ない。
あの場で祖母のいる家の近くまで踏み込まれる方がまずい。なら、見せるべきものは見せてでも退かせるしかない。そういう選択だ。
俺は深く息を吐いた。
ため息のついでに、残っていた低級へ向けて、もう一度だけ解を飛ばす。闇に潜んでいた澱みが、細く裂けて消えた。
夜はまだ静かだ。
けれど、その静けさの裏で、確実に何かが動いた。
俺は額のゴーグルを押し上げるように触れ、家の方へ足を向けた。
守るなら、ここから先はもう少し本気で考えないといけない。
そりゃそうだ。
初対面のはずなのに謝罪から入って、挙句の果てに別れ際でまで余計なことを言った。思い返せば返すほど、頭を抱えたくなる。いや実際、家へ真っ直ぐ帰る道の半分くらいは、内心でずっと床を転がり回っていた。
何でだよ。
何であの二人の前だと、こうも平常運転が吹き飛ぶんだ。
前々世の記憶が邪魔をしているのは分かる。分かるけど、だからって毎回これじゃ困る。ミナトのあの柔らかい顔を思い出すたびに、胸の奥の古傷みたいなところがじくじくするし、クシナの強い声を思い出すと、妙に気が抜けるくせに余計に落ち着かない。
駄目だな、と思う。
こういう時は、身体を動かすに限る。
結局、俺はそのまま祓除行脚に繰り出していた。
夜の木ノ葉は、昼の顔と違う。灯りの届かない隙間が濃くなり、人の声が減る分だけ、淀みの輪郭が拾いやすくなる。道の端、屋根の影、閉まった店の裏。低級の呪霊が、相変わらずそこかしこにいる。
まあ、いるよな。
人がいるだけで呪いは溜まる。
そこに戦時下が重なれば、なおさらだ。
俺は歩きながら、まず一体目を祓った。
指先をわずかに動かす。
御厨子、解。
見えない斬撃が、暗がりの中で音もなく走る。低級の呪霊は、呻く暇もなく霧みたいに散った。
うん、超安定。
本当にこの術式、街中で使うには便利すぎる。速い、目立たない、無駄がない。最小限の動きで一体ずつ確実に処理できる。前世でこの手触りへ慣れきってしまったせいで、もう息をするくらいの自然さで使えてしまうのが逆に怖い。
二代目呪いの王。
そんなふざけた呼び名でからかわれた記憶が、ふっと蘇った。
いや、ほんと何なんだよあれ。
言い出したのは釘崎だ。そこへ虎杖が面白がって乗って、伏黒は最初こそ無言だったくせに最終的に否定しきらず、乙骨先輩に至っては「うん、まあ、ちょっと分かるかも」とか穏やかな顔で納得していた。
解せぬ。
俺は普通に抗議したはずなんだけどな。
もう一体。
今度は、少し厚みのあるやつが塀の上にいた。
御厨子、捌。
解より深く、相手の輪郭へ合わせて裂く。黒ずんだものが、ぬるりと断たれて散った。
これも超安定。
本当に困る。
いや便利だから困らないんだけど、便利すぎるのもそれはそれで困る。あまりに手癖になりすぎると、対人でもつい“最適解”として頭に浮かんでしまう。そこを理性で止めているだけだ。
なら次は、別の手札で行くか。
俺は小さく息を吐いて、指先へ意識を集めた。
赤血操術。
細い、細い血の針を思い浮かべる。前世の赤ん坊の頃から使っていた術式だ。最初は虫扱いしていた呪霊を、訳も分からずこれで刺していたのだから、人間の適応力ってすごい。
いやまあ、赤ん坊が血の針を飛ばすのはどう考えてもすごくない方がいいんだけど。
それはそれとして、慣れたものは慣れたものだ。
細針が走る。
呪霊の額を穿つ。
超安定。
続けて、水針。
赤血操術の制御理論を、そのまま水へ写す。空気中の湿り気、わずかな水分、掌の感覚へ引っかけた流動を、極細の針へまとめる。
これももう慣れた。
前は試運転のつもりだったのに、今や普通に実戦投入している。便利なんだよな。血より目立たないし、対人へ見せるなら“水遁”で押し通せるし。
水針が闇へ吸い込まれ、低級がまた一つ消える。
その時だった。
気配が変わる。
低級の薄さとは違う。人の気配だ。しかも一人じゃない。複数。忍だ。足音は殺しているが、俺から見ればだいぶ分かりやすい。隠れているつもりの位置取りも、夜の中の呼吸の置き方も、訓練された側のそれ。
暗部。
いや……。
俺は目を細めた。
根、か。
肩に。
背に。
首筋に。
結構、憑いていらっしゃる。
見えてしまうから困る。根の暗部たちはちゃんと気配を殺している。忍として見れば相当なものだろう。だが、俺からすると、その背後や肩口にまとわりついた低級の呪霊が見えるせいで、逆に位置が分かりやすい。抑圧、沈黙、薄暗い任務。そういうものを背負って動く人間には、こういう手合いがつきやすい。
ダンゾウからの勧誘か、探りか、監視か。
そこまではまだ分からない。
でも、ちょっと待て。
根の暗部たちは、たぶん俺一人を見ているんだろう。
でも俺からしたら、根の暗部+呪霊+俺で、三つ巴なんですけど。
面倒くせぇな!
いや本当に。
しかも位置が悪い。通りの外れとはいえ、完全な無人地帯じゃない。人目を避けて派手にはやれない。暗部だけなら体術もあるが、今の俺が体術へ寄せると黒閃ぶっ放す確率が高い。最悪だ。こんな場面でそれはさすがにまずい。
何を選ぶ。
どうする。
一瞬で頭を回す。
御厨子は便利だが、根の連中までまとめて切るには殺傷が強すぎる。体術は黒閃の事故率が高い。木遁? 論外だ。目立ちすぎる。なら、答えは一つだ。
赤血操術の水しかねーだろ!
俺は小さく呼吸を整え、口にする。
「……水遁」
一応な。
一応、そう言っとかないと、後で面倒が倍になる。
瞬間、空気中の水分をまとめて引き寄せる。細針へ、刃へ、散弾へ。狙うのは急所じゃない。呪霊は祓い、暗部は退かせる。そこへ合わせる。
血星磊。
細かい水の粒が一斉に散り、肩口や背にまとわりついていた低級を穿つ。呪霊だけが霧散するのを見届ける間もなく、次は苅祓。
鋭く伸ばした水刃を、横薙ぎに走らせる。
暗部たちの足元、袖口、頬のすぐ脇。ほんの少しでも反応が遅ければ裂ける位置だが、ちゃんと避けられる余地は残してある。根の連中が一斉に飛び退いた。
「……!」
気配が揺れる。
さすがに動揺したな。
そりゃそうだろう。目の前の五歳児が、印もほぼ無しに“水遁”を使って、しかも呪霊ごと自分たちの位置を暴いたのだから。肩に張りついていた低級が消えたのも、本人たちからすれば急に視界が晴れたような違和感だっただろう。
一人が踏み込もうとする。
早い。
だが、俺ももう止まらない。再度、水を束ねる。今度は足元を狙う。滑らせて転ばせる、というより、踏み込ませないための牽制だ。暗部の前へ薄い水膜を走らせ、そこへ細針を混ぜる。
見た目は水遁。
中身はだいぶ赤血操術。
便利すぎるな、これ。
根の暗部たちは一瞬だけ連携を崩した。崩したというより、予想からずれたのだろう。五歳児ひとりを囲むだけの仕事なら、もっと簡単な想定だったはずだ。ところが実際には、こっちは呪霊を祓いながら、同時に暗部の動きまで抑えに来る。
想定外が重なれば、足も鈍る。
俺はその隙に一歩引いた。
追うなら追えばいい。
ただしその時は、もう少し手札を切ることになる。
そういう意思だけは、ちゃんと見せる。
数拍のにらみ合いのあと、暗部たちは動かなかった。
いや、動けなかったのかもしれない。今ここで本格的にやれば、周囲に痕跡が残る。根の仕事としては、それもまたまずいのだろう。
次の瞬間には、気配が薄くなった。
退いた。
俺はようやく肩の力を抜いた。
あー……。
確実に狙われるな、これ。
正直、かなりまずい。
ダンゾウがどこまで把握しているかは知らないが、今ので“外れの家の妙な子”から“明確に異常な子”へ格上げされた可能性は高い。しかも、印を結ばない忍術めいた何かまで見せた。暗部の動揺も、だいぶしっかり感じたしな。
やっちまった感がすごい。
でも、仕方ない。
あの場で祖母のいる家の近くまで踏み込まれる方がまずい。なら、見せるべきものは見せてでも退かせるしかない。そういう選択だ。
俺は深く息を吐いた。
ため息のついでに、残っていた低級へ向けて、もう一度だけ解を飛ばす。闇に潜んでいた澱みが、細く裂けて消えた。
夜はまだ静かだ。
けれど、その静けさの裏で、確実に何かが動いた。
俺は額のゴーグルを押し上げるように触れ、家の方へ足を向けた。
守るなら、ここから先はもう少し本気で考えないといけない。
【〆栞】