配属

志村ダンゾウは、差し出された報告書へ目を落としたまま、しばらく何も言わなかった。

火影直属の暗部から上がった簡潔な文面。
うちはオビト。
外れの家の子。
下忍昇格済み。
夜間、里内にて接触。
不可解な術運用を確認。
印を結ばず、水遁に似た術を行使。
複数名を同時に牽制。
追跡は困難。

書かれているのはそれだけだ。
だが、それで十分だった。

五歳。

その年齢にしては、あまりにも異常だ。

しかも、ただ強いだけではない。隠している。表へ見せるものと見せぬものを分けている気配がある。根の暗部を前にしても取り乱さず、里の中で使っていい力とそうでない力を、瞬時に選んでいる。

幼いほど染めやすい。

その原則は変わらない。
だが、幼いほど単純とも限らない。

ダンゾウは指先で机を一度だけ叩いた。

「監視を増やせ」

短い命令だった。

「接触は急ぐな。今はまだ見る」

報告を持ってきた暗部が、無言で頭を垂れる。

ダンゾウは紙を閉じた。

うちは。
異常な才。
親の不在。
外れの家。

本来なら、もっと扱いやすい形で手に入るはずの条件だ。だが、うちはオビトという子どもには、妙な引っかかりがあった。単に力が高いというだけではない。こちらの想定へ素直に収まらぬ感じがある。

不穏な動きは、静かに加速していた。

翌朝、俺はまた火影室へ呼ばれていた。

いや、何でだよ。

心の中ではそう思う。思うが、声には出さない。火影に呼ばれるのはこれで二度目だ。一度目よりは落ち着いている。落ち着いているが、嫌な予感がないわけでもない。

戸を開ける。
入る。
頭を下げる。

「失礼します」

「うむ、入れ」

猿飛ヒルゼンは、前と同じ穏やかな顔で俺を見た。その前に座るよう促され、俺は椅子へ腰を下ろす。火影室の空気には、相変わらず独特の静けさがある。慌ただしいはずなのに、ここだけ時間の流れが少し違うみたいだ。

「早速じゃが、配属が決まった」

いきなり本題だった。

俺は目を瞬く。

配属。

ああ、班編成か。
それなら待機期間が終わるのも分かる。

そう思った次の瞬間、ヒルゼンが続けた言葉で、その認識はあっさり崩れた。

「ただし、固定ではない」

は?

一拍遅れて、その意味を頭の中で転がす。

固定じゃない?

「どういうこと?」

気づけば、少し素で返していた。

ヒルゼンは怒らない。ただ、髭の奥で少しだけ笑う。

「色々な班に付いて任務をこなしてもらう」

「え……?」

いや、え? だろ。

そんな配属ある?
フリーランスな下忍とか聞いたことねぇ。

俺が黙って固まっていると、火影は穏やかに言葉を重ねた。

「お主は忍者学校の滞在が短い」

そこはそうだ。

「通常の流れであれば、同年代との授業の中で、団体行動や人間関係、絆を少しずつ学んでいくことになる」

「早々に下忍にしたの、そちらですよね……」

思わず口から出た。

火影の眉がほんの少しだけ上がる。

「うむ」

「うむ、じゃないですよ」

つい、額へ手を当てる。

いやほんと何なんだ。こっちは“卒業? え、早くない?”ってなった側なんだよ。急に下忍へ上げておいて、今度は学校期間が短いから色んな班へ混ざって学べって、それ、だいぶ都合よくないか?

ヒルゼンは咳払いひとつしないまま、しれっと続けた。

「実践で使わねば勿体無い」

五歳児に言うことか。

本気でそう思った。

そしてたぶん、その顔がそのまま出ていたのだろう。ヒルゼンは少しだけ目を細める。

「五歳児から逸脱した強さじゃからの」

ぐうの音も出ない。

いや、出るけど。
出るけど、火影相手にそこを突かれると弱い。

「……俺が悪いのか」

半分くらい本気でそう呟くと、ヒルゼンの肩がわずかに揺れた。笑ったな、この人。絶対笑った。

「悪いとは言わぬ」

「でも原因は俺ですよね」

「そうとも言う」

言うんかい。

俺は深く息を吐いた。

火影は机へ手を置いたまま、今度は少しだけ声の調子を変えた。

「お主の行動原理を見たい」

そこだけ、妙にまっすぐだった。

「人を助ける。それが、お主の芯にあるのじゃろう」

俺は顔を上げる。

火影の目は、穏やかなまま、でも前回と同じくちゃんとこちらを見ていた。ただの戦力として見ているわけではない。その子が何を軸に動くのか、そこを見ようとしている目だ。

「色々な班に入れば、色々な人間と関わる。自分とは違うやり方、違う価値観、違う現場を知る。そこでお主が何を選び、どう動くか――それは見ておく価値がある」

なるほど、理屈は分かる。

分かるけど。

「なんかそれ、都合良く言ってません?」

反射的にそう返してしまった。

ヒルゼンは、今度こそ声を出して笑った。

「ホッホッホッ」

ホッホッホッじゃねぇ、含み笑いじゃねーか!

口には出さなかったが、たぶん顔には全部書いてあった。

火影はひとしきり笑ってから、穏やかに言う。

「火影への第一歩じゃよ」

その一言は、ずるかった。

そう言われると、弱い。

前に立つこと。
色んな人と関わること。
守るべきものの輪郭を、机の上ではなく現場で知ること。

それが火影に繋がる、と言われてしまうと、頭ごなしに嫌だとも言いづらい。

俺はしばらく黙った。

固定の班に入らず、色々な班へ付く。正直、聞いたことはない。普通じゃない。面倒も増えるだろう。周囲からどう見られるかも分からない。根の目が向き始めている今、動きが増えるのは危険でもある。

でも同時に、悪くないとも思った。

固定の一か所へ収まるより、色んな場所を見られる。色んな人間のやり方を知れる。俺が手を伸ばす範囲も、そのぶん増えるかもしれない。

「……断る選択肢は?」

一応、聞いておく。

ヒルゼンは少しだけ間を置いたあと、にこやかに言った。

「ない」

即答かよ。

俺は思わず天井を仰ぎたくなった。

いやまあ、そうだろうけども。
分かってたけども。

「最初の配属先は追って伝える」

火影はそこで話をまとめに入る。

「無理に気負う必要はない。お主は、お主の見たものへ素直でおればよい」

その言い方が、少しだけ前回の対話を引いている気がした。

削りすぎるな。
お主のままでよい。

あの言葉の続きみたいな響きだ。

俺は小さく息を吐いてから、姿勢を正した。

「……分かりました」

引き受けるしかない。

なら、ちゃんとやる。

「ただし」

俺はそこで、少しだけ声を低くした。

「危ないと思ったら、ちゃんと断ります」

ヒルゼンの目が細くなる。

「ほう」

「守るために前へ出るのと、無意味に消耗するのは違うんで」

言いながら、自分でも少しだけ可笑しかった。五歳児が火影へ言う台詞じゃない。でも今の俺には、これが一番自然だった。

火影はしばらく黙ってから、ゆっくり頷いた。

「それでよい」

よかった。
そこは怒られないらしい。

「では、待機じゃ」

「……待機」

「配属先が決まるまでの間は、勝手に危ない所へ行くでないぞ」

ぐっ。

そこを刺すか。

俺は微妙な顔になったが、火影は何も言わず、ただ少しだけ楽しそうに笑っていた。見抜いている。だいぶ見抜いている。いやまあ、夜に祓除行脚してることまでは知らないだろうけど、“勝手に動きそうな子”ではあると完全に読まれている。

火影室を出ると、廊下の空気が少し軽かった。

フリーランスな下忍。

本当に何だそれ。

聞いたことないぞ。

でも、もう決まったらしい。

俺は歩きながらゴーグルの縁へ触れた。

色んな班へ付いて任務。
団体行動。
人間関係。
絆。

五歳児へ背負わせるにはだいぶ重い気もするが、火影に「お主の芯を見たい」と言われた以上、ちょっとだけ腹も決まる。

どうせやるなら、ちゃんと見てやろう。

この里の中で、誰が何を抱えていて、どう動いているのか。

そしてその中で、俺がどこまで手を伸ばせるのか。

そんなことを思いながら、俺は火影室のある棟をあとにした。


〆栞
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