追う背中

時が経つのは早い。

何でも屋みたいな立ち位置へ放り込まれてから、一年が過ぎていた。

いや、何でも屋に配属されたわけじゃない。そんな班は無い。ほんとに無い。俺限定の雑な運用である。火影の思いつきなのか采配なのかは今でもたまに怪しいと思うが、実際にそういう動き方で一年回ってしまった以上、もう今さら文句を言っても仕方がない。

気づけば六歳と半年。

五歳で下忍にされて、六歳で中忍にされて、その間ずっと、色々な班へ混ざっては任務をこなし、行く先々で祓除も続けてきた。

何だこの人生。

いや、前世も前々世も大概だったけどさ。

でも今のこの“何でも屋”期間は、妙に地味な顔をしながら中身だけどんどん濃くなる感じがある。里内の雑務、伝令、護衛、索敵、見回り、物資輸送、そのついでに低級の祓除。最初はそういう範囲だった。

だが、里外となると、流石に低級ばかりとはいかない。

三級。
二級。
たまに、一級間近のやつ。

それが出る。

最初に遭遇した時は、ちょっと本気で笑えなかった。里内での祓除は、まだ“人の生活の傍らでこっそり片づける”延長だ。けれど、里外は違う。人の手が届かない場所ほど淀みは濃い。死が積もる。恨みも、痛みも、恐れも、散らぬまま残る。

第三次忍界大戦だけじゃない。

第二次も。
第一次も。

ひょっとすると、六道仙人がいた時代から、溜まりに溜まってるんじゃないかと思うことすらある。

もちろん実際にそこまで古いものかは分からない。けれど、そう思いたくなるくらいには、気配の層が深い場所があった。

一級間近のやつは、厄介だった。

任務半分。
祓除半分。

あれは必死だったな、と今でも思う。

表向きには山賊崩れの追跡任務。だが、実際にはその奥で濃い呪いが育っていて、放置すれば班ごと食われかねなかった。忍側には見えない。だから俺が処理するしかない。でも露骨にやれば、おかしいと思われる。隠しながら削って、任務を破綻させず、ついでに呪いも祓う。

面倒だった。

本当に。

でも、やれた。

その積み重ねが、たぶん今の俺を作っている。

そんな任務帰りのある日だった。

里へ戻る途中、道の先に見覚えのある姿が見えた。

野原リンだった。

夕方のやわらかい光の中で、小さな買い物袋を抱えて立っている。前より背は少し伸びたが、雰囲気はあまり変わらない。やわらかくて、よく見ていて、でもぼんやりはしていない。人の空気の揺れを拾うような目も、そのままだ。

先にこっちへ気づいたのはリンの方だった。

「あ、オビト」

名前を呼ばれて、俺は少しだけ目を瞬いた。

妙な気分になる。

何でも屋生活に放り込まれてから、年上の忍たちとつるむ時間が増えたせいか、同年代と顔を合わせると一瞬だけ感覚がずれる。しかもリンは、前々世の記憶ごと俺の中へ残っている相手だ。余計に変な感じがした。

「リン」

「久しぶりだね」

「そうだな」

こういう何でもない再会の一言が、思っているより難しい。

でもリンは、その難しさごとやわらげるみたいに笑った。

「任務帰り?」

「うん。そっちは買い物?」

「うん」

そこまで交わしてから、少しだけ間が空く。

その間を埋めるみたいに、リンがふと思い出したように言った。

「そういえば、カカシが下忍になったよ」

足が、ほんのわずかに止まりかけた。

ああ。

来たか。

「そっか」

声は自然に出た。

でも胸の中では、前々世の時間が少しだけ重なっていた。

前々世と同じ。
五歳で下忍。

やっぱり、あいつはそう来る。

リンは俺の反応を見てから続ける。

「もう、いくつか任務にも出てるみたい」
「すごいよね。まだ小さいのに」

小さい、か。

確かにそうだ。

実際、五歳のカカシはまだ小さい。だが、あいつは早く大人になりすぎる。父の名も、才能も、期待も、重圧も、全部まとめて背負う側へ寄っていく。それがあいつらしさであり、同時に危うさでもある。

「カカシ、何か言ってた?」

俺が聞くと、リンは少し考えた。

「そんなにたくさんじゃないけど……」
「でも、オビトのことは気にしてると思う」

だろうな。

あの特別授業の日から、あいつの中で何かが静かに変わったのは分かっていた。違和感だけだったものが、意識へ変わる。追いつく。超える。言葉にしなくても、そういう火が入る瞬間の目を、俺は知っている。

追いつく。
超える。

その火が、カカシの中で静かに育っていくのだろう。

少し厄介で。
少し安心する。

前々世とは少し順番が違う。俺が先に出て、あいつがあとを追う。それでも結局、俺たちはまた、そういう関係へ寄っていくらしい。

リンはそんな俺の顔を見て、少しだけ首を傾げた。

「どうしたの?」

「いや」

俺は小さく笑った。

「カカシらしいなって思って」

それを聞いて、リンもやわらかく笑う。

「うん、私もそう思う」

やっぱり、この子はよく見ている。

カカシの不器用さも。
俺の言葉の端の揺れも。
全部、ぼんやりした顔でちゃんと拾っている。

少し話してから、リンとはそこで別れた。

別れ際、小さく手を振る後ろ姿を見送りながら、胸の中に何とも言えない感覚が残る。懐かしさだけでもない。前々世のままでもない。今世の今として、また少しずつ関係が作り直されていく感じだ。

嫌じゃなかった。

その頃、うちは一族の空気も少しずつ変わっていた。

フガクが、若くして族長の座へついたのだ。

異論がなかったわけではないだろう。だが、立場、実力、一族内での見られ方、その全部をひっくるめて、最終的にそこへ収まるだけの重みが既にあった。若い。けれど軽くない。そういう男だった。

族長となったフガクは、以前よりさらに表情を動かさなくなった気がする。

だが、周囲を見る目が鈍くなったわけではない。

むしろ逆だ。

一族の中で前へ出ていく者、押し込まれていく者、立場に潰れそうな者、使われる側へ寄っていく者。そのどれにも、前より意識が向くようになっていた。

マヒトの子――うちはオビトも、その中の一人だった。

一族の子としての扱い。

そこに、もう“外れの家の落ちこぼれ”という雑な札は使えない。実力を知る者が増え、火影の采配で動き、里の中でも名が少しずつ通り始めている。なら、一族としても扱いを誤れば禍根になる。

フガクは、それを静かに見ていた。

ダンゾウはまた別の意味で見ている。

使える駒としての価値。

五歳で異常。
六歳でさらに逸脱。
固定班に入らず、どの班へも差し込まれて機能する。
しかも任務帰りにも潰れず、折れず、妙に柔らかく人へ手を伸ばす。

扱いづらい。
だが、だからこそ形へ嵌めれば強い。

ダンゾウは、そのまま見続けることを選んでいた。

そしてミナトもまた、妙に引っかかる子としてオビトを意識し続けている。

一楽の夜。
演習場で見た動き。
火影の特別授業。
名前と、顔と、何度かすれ違ううちに生まれる小さな違和感。

まだ会話を重ねたわけではない。
まだ関係も浅い。

それでも、一度“目で見た子”は、名だけの誰かには戻らない。

同じ名を、三人の大人が、それぞれ違う意味で追っている。

一族の子。
使える駒。
妙に引っかかる子。

同じ“うちはオビト”という名へ、違う意味が重なっていく。

その日の夕方、俺ははたけサクモと二人で里外れの索敵任務に出ていた。

ツーマンセル。

これまで色んな班へ混ざってきたが、サクモと二人きりというのは初めてだった。正直、だいぶやりにくい。いや、嫌ではない。むしろありがたい面もある。でも、“木ノ葉の白い牙”と二人、しかも索敵となると、こっちも自然と神経が張る。

森の気配は静かだった。

葉擦れの音。
土の湿り。
小動物の遠い気配。
人の足跡は古い。

サクモは前を行きながら、振り返らずに言う。

「オビト」

「うん」

「カカシと会ったかい」

そこでその話題が来るか、と少しだけ思った。

でも不自然ではない。サクモにとって、カカシのことは常に中心にある。任務中にだらだら私情を持ち込む人ではないが、それでも少し会話を挟む余裕がある場なら、息子のことを口にするのは自然だ。

「少し前に、リンから聞いた。下忍になったって」

「ああ」

サクモの声は穏やかだ。

「嬉しかったみたいだよ。悔しかったみたいでもあったけど」

俺は思わず小さく笑った。

想像がつく。

「あいつ、そういうとこあるよな」

「あるね」

短い相槌に、父親らしい温度があった。

俺は木立の向こうを探りながら続ける。

「追いつく気でいるんだと思う」

「そうだろうね」

「追いついて、そのまま超えるって、たぶん思ってる」

サクモはそこで、ほんの少しだけ足を緩めた。

「それを嫌だと思うかい」

唐突な問いだった。

けれど、答えはすぐに出た。

「いや」

俺は首を横に振る。

「むしろ、その方があいつらしい」

それを聞いて、サクモは少しだけ笑った気がした。

「そうか」

それだけだった。

でも、その一言の中に、色々なものがあった。

父としての安堵。
忍としての観察。
そして、俺に対する静かな信頼のようなもの。

森の奥に、わずかな気配が走る。

俺は会話を切り、そちらへ意識を向けた。サクモも同時に動きを止める。切り替えが早い。こういうところが、この人の強さなんだろうなと思う。

索敵を続けながら、俺はさっきの会話を少しだけ反芻していた。

追う背中。
追われる背中。

前々世と同じようで、少し違う順番で、それでもまた俺たちはそこへ戻っていく。

それは少し、嬉しかった。


〆栞
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