時期

二月十日。

七歳になった。

だから何が大きく変わるわけでもない。朝になれば腹は減るし、祖母は味噌汁の火加減を気にするし、里の空気は相変わらずどこか忙しない。けれど、年を一つ重ねたと意識した瞬間に、頭の中で別の数字も並ぶ。

カカシが、六歳で中忍になった。

オビトという前例を辿るように、だ。

笑えないなと思う。

いや、ちょっとだけ笑えるのかもしれない。前々世では、俺が追いかける側だった。今世では、俺が先に前へ出て、その背をあいつがなぞるみたいに来ている。順番が違うのに、妙なところで似た形へ寄っていく。

面倒くさいくらい、縁ってのはしつこい。

だが、今の俺の頭を占めていたのは、そのことだけじゃなかった。

はたけサクモの自殺。

確か、カカシが七歳の時だったはずだ。

カカシの誕生日は九月十五日。

なら、今はもう、その時期を数え始める位置にいる。

胸の奥へ、小さく冷たいものが落ちる。

最初の改変。

そう言っていいのかもしれない。

九尾襲撃も、リンの死も、いずれ大きな分岐になる。だが、その前に、すぐ手の届く位置にある悲劇がある。サクモの死だ。あの死が、カカシの中へどれだけ深く刺さるかを、俺は知っている。

止める。

それはもう決めている。

でも、下手に動いて流れが変わったら厄介だとも思う。何でもかんでも先回りして掻き回せばいいってものじゃない。サクモにとっても、カカシにとっても、そこへ至るまでの時間は時間としてある。その全部を無かったことにできるほど、人生は雑じゃない。

だから、止めるなら自殺間際だ。

そこまでは――傍観に徹する。

……徹する、できるかな、俺。

自分で決めておいて、だいぶ不安だった。

放っておけない性分で、助けられるなら助けたいと思ってしまうくせに、ここだけは“まだ動くな”と自分へ言い聞かせないといけない。何だそれ。相性が悪すぎる。

朝の支度を終えて、ぼんやりそんなことを考えていたら、火影から差し込まれた休暇のことを思い出した。

今日、明日は任務が無い。

いや、正確には、任務を入れるなと火影が止めたらしい。

流石に、六歳児の予定表が真っ黒に埋まってるのはやり過ぎだ、と。

その判断は正しい。

正しすぎる。

俺だって休んでいいなら休む。そこに異論はない。だが問題は、使える便利屋なら是非に、という要望が何故か増え続けた結果である。中忍なのに、下手すると上忍より上忍みたいな仕事してることも、割とある。あれはどう考えてもおかしい。

いや、俺の能力がそうだからって話なんだろうけど。

でも、だからって六歳児に任せる量じゃないだろ、と時々本気で思う。

まあいい。

休んでいいなら休む。

いや、正確には“任務”を休む、だ。

さて、たまの休暇だ。のんびり里内散歩がてらの祓除活動に勤しむとしようか。

休んでないな。

自分で思って少しだけ笑ったが、そういうところはもう変わらない。じっとしているより、見回っている方が落ち着く。里の中を歩いて、低級を拾って、ついでに気になる場所の空気も確かめる。それくらいがちょうどいい。

そう思って外へ出た、その十分後には、領域展開お年寄り遭遇率激高が発動していた。

領域展開じゃねーよ!

心の中で全力で突っ込む。

何なんだ本当に。

何でこう、出歩くたびに年配者との遭遇率が高いんだ。こっちは今日はのんびり祓除散歩のつもりなんだよ。なのに、曲がり角では荷を持った婆さんがふらついていて、少し先では杖をついた爺さんが段差の前で困っていて、さらに道の向こうでは荷車の片輪が石に取られている。

多い!

多すぎる!

俺は空を仰ぎたくなった。

だが、見てしまったものは仕方がない。

影分身。

ぽん、と煙が立つ。

出てきた分身たちへ向けて、俺はほとんど反射で命じていた。

「介護ヘルパー集団、心臓を捧げよ!」

そこで一拍置いて、自分で自分へ突っ込む。

いや、進撃っ――進撃の老人介護だ!

何を言ってるんだ俺は。

分身の一人が嫌そうな顔をした気がするが、それは見なかったことにした。とにかく手分けして動くのが先だ。

一人は荷車へ。
一人は婆さんの荷物持ちへ。
一人は爺さんの段差サポートへ。

本体の俺は、その間に道の影へ潜んでいた低級を一つ、細い解で裂いた。

うん、超安定。

二代目呪いの王だの何だの、あのふざけた呼び名を思い出す暇もないくらい、今日は朝から慌ただしい。低級を祓う。分身が年寄りを助ける。ついでに俺も道案内をする。何だこれ。本当に休暇か?

「ありがとねぇ、オビトちゃん」
「気をつけて歩いて」
「おやまあ、偉い子だこと」

知ってる。

知ってるけど、今の俺の活動内容、里の見回り忍と介護手伝いと祓除屋が全部混ざってるんだよな。

やっぱり何でも屋だな、これ。

少しして、分身が戻ってきた。どうやら全員無事に役目を果たしたらしい。消える前に、一人がじっと俺を見た。

「本体、今日は休暇じゃなかった?」

「休暇だよ」

「休めてなくない?」

その通りだよ。

分身が消えるのを見送りながら、俺はため息をついた。

でも、こういうのは嫌いじゃない。
嫌いじゃないから困る。

歩きながら、家々の間を縫うように視線を巡らせる。低級は相変わらずそこそこいる。人の淀みは、休暇だろうが何だろうが待ってくれない。道端の石垣の陰、井戸のそば、店の裏。人に害を成しそうなものだけを選んで、細く、速く、目立たず処理していく。

そうやって身体を動かしている間だけは、さっきまで頭の中にあった“時期”のことが少し遠のく。

サクモの死。
カカシの七歳。
最初の改変。

考えれば考えるほど、胸の奥が重くなる話だ。だから、こうして身体を動かしていないと、余計なところへ沈みそうになる。

だが、ずっと逃げてもいられないのも分かっていた。

休憩がてら、川沿いの石へ腰を下ろす。

冬の終わりの空気は、まだ冷たい。水の音を聞きながら、俺は膝へ肘を乗せた。

……傍観に徹する、か。

難しい。

本当に難しい。

俺は放っておけない人間だ。目の前で困ってる相手がいれば、手が出る。届くなら伸ばす。その性分は今さら変わらない。虎杖の真っ直ぐさも、倭助の言葉も、もう芯の方へ根付いている。

だから“まだ何もしない”を選ぶのは、助けることよりむしろ難しい。

それでも、今はまだ、その時じゃない。

自分にそう言い聞かせるみたいに、深く息を吸って、ゆっくり吐いた。

すると、すぐ近くの影が小さく揺れた。

低級だ。

人の不安を吸って膨らみかけた、まだ小さな澱み。俺は立ち上がりもせず、指先だけをわずかに動かした。解が走って、影は音もなく散る。

これくらいなら、迷わない。

こういう“目の前で今まさに害を成すもの”は、むしろ分かりやすい。

問題は、人の心の奥にあるものだ。

死に至るまでの時間。
耐えられなくなる瞬間。
誰にも見せない顔。
そういうものは、見えていても、いつ手を伸ばすかが難しい。

俺はもう一度だけ空を見た。

七歳になった。

カカシも前々世と同じように、順調に前へ進んでいる。

時期は、近づいている。

だからこそ、今日はちゃんと休もうと思っていたのに、結局こうして祓除と老人介護に精を出している。

笑えるような、笑えないような話だった。

「……ま、いいか」

小さく呟いて、俺は立ち上がった。

今日と明日は任務がない。

なら、そのぶん里の空気を見て回ってもいい。ついでに鍛錬もできるし、祖母への土産に甘いものでも買って帰れるかもしれない。そういう、何でもない余白も悪くない。

そう思って歩き出したところで、また少し先に見覚えのある後ろ姿が見えた。

今度は本当に、領域展開お年寄り遭遇率激高が継続している気がする。

やめてくれよ本当に……と心の中でぼやきながら、俺はまた足を速めた。


〆栞
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