制限

呪術師の戦い方というものは、忍のそれと似ているようで、根っこのところが違う。

もっと生々しい。

もっと近い。

命を剥き出しにしたまま、相手の命へ手を伸ばす。受けるか避けるかではなく、どう裂くか、どう喰われないか、どう先に終わらせるか。そういう問いが、最初から前提にある。

目の前の無堕は、まさにそういう相手だった。

血の刃を受けた影がぶれる。

だが、止まらない。

黒い輪郭はすぐに形を取り戻し、次の瞬間には変幻自在に触手を伸ばしてきた。影のまま固まったような腕が、鞭のようにしなり、先端だけが刃へ変わって振り下ろされる。

速い。

俺は半歩ずれて避ける。

避けた地面が、遅れて抉れた。

触手が裂いたのは土だけじゃない。そのまま横薙ぎに返ってくる二撃目がある。低く沈み、膝を折ってやり過ごしたところへ、今度は裂けた口がガパリと開いた。

長い舌が槍になる。

赤黒いそれが一直線に突き刺しに掛かる。

「っ」

クナイで受ける。

重い。

舌のはずなのに、金属みたいな硬さと粘り気があった。真正面から噛み合えば押し切られる。だからすぐに角度を逃がして流す。頬の脇を、槍がひゅっと掠めた。

そのまま踏み込もうとした瞬間、空気がざらついた。

影の粒だ。

無堕の輪郭からこぼれた黒い欠片が、辺りへ散っていた。夜気に紛れたそれが、次の瞬間、一斉に硬質な弾丸になって降り掛かってくる。

うわ、めんどくせぇ。

咄嗟に身を捻る。

跳ぶ。
着地する。
すぐにまた跳ぶ。

足元、肩口、頬、袖。黒い粒が通り過ぎた場所に浅い裂傷が刻まれていく。致命傷にはならないが、まともに受け続ければ削られる。触手、舌、影弾。遠中近、全部揃ってるのが鬱陶しい。

なかなかに厄介だ。

俺は着地と同時に手を振る。

解。

今度は風遁へ擬装したものじゃない。純粋な呪力を持った解を、そのまま叩き込む。見えない斬撃が無堕の胴を深く裂いた。黒い影の肉がずるりと割れ、白い顔の横まで切り上がる。

だが。

浅い。

いや、裂けてはいる。確かに通ってる。だが手応えが足りない。しかも無堕は硬い。硬いうえに、裂かれた端からぬるりと再生する。断面が粘土みたいに寄り合って、また元の輪郭へ戻っていく。

威力が弱い。

その事実が、嫌でもはっきりする。

呪力量は、前世と変わらず内包している。

底に沈んだ総量だけなら、今でも乙骨先輩級だろう。そこは変わっていない。だが、扱う身体が無意識下で制限を掛けている。七歳の身体だ。骨も、筋も、器も、まだ出力の全開を許さない。無理に通せば、自分の方が先に壊れる。

まだ七歳だ。

せめて十代に差しかかっていれば、もっと上げられる。

もっと通せる。
もっと裂ける。

特級間近の上位呪霊と相対して、初めてそれを骨身に知った。

あー。

今の俺は、大方二級か。

よくて準一級。

胸の内でそう評価して、舌打ちしたくなる。

低級や三級、二級相手には十分だった。何とかなる範囲だった。だが、特級下層へ片足を掛けたこいつ相手だと、決定打が足りない。戦えてはいる。押し負けてもいない。でも、終わらせる一手が無い。

自来也は、その戦いを見て息を詰めていた。

何も見えない。

見えないのに、そこに何かいるのは分かる。

村の血溜まりが、突然跳ねる。何もない空間へ向けて、オビトの身体が何度も切り返す。避けた場所の土が裂け、掠めた頬から血が飛ぶ。そして、その血が宙に留まり、刃となって飛ぶ。

忍術ではない。

少なくとも、自来也の知る忍術の筋からは外れていた。

印が無い。
発動が早すぎる。
しかも“見えない何か”へ的確に当てている。

異様だった。

だが、それ以上に自来也の目を引いたのは、オビトの戦い方だった。

七歳の子どもの戦い方じゃない。

ためらいが薄いのではない。躊躇している暇がないと、身体の方で決めきっている動きだ。死地に立った経験がある者の呼吸。避けるために避けるのではなく、次の一手へ繋ぐためだけに避ける。

あの年で、何を見てきた。

喉の奥にそんな問いが引っかかったが、今は考える余裕がない。

オビトが、触手に近づこうとしては弾かれている。

見えない敵の前で、一番はっきりしているのはそこだった。近接へ寄ろうとするたび、影の腕が何本も割り込み、舌が槍になって邪魔をする。遠間からの血の刃と見えぬ斬撃は通る。だが、決め切るほどではない。

無堕もまた、それを感じ取っていた。

喰える。

この子供は見える。傷つけられる。だが、まだ足りない。こちらを殺し切るほどの牙は無い。なら、削って、焦らして、喰らえばいい。

触手がさらに増える。

影の粒が舞い、村の血溜まりを汚していく。裂けた口が、笑うように広がった。

その奥の食欲が、ぞっとするほど濃い。

俺は息を整えた。

なんとか戦えてはいる。

でも決定打が無い。

近接しようとも、触手が邪魔で近付けない。

なら――

喰わしてやる。

答えは、それだった。

無堕が求めているのは、俺だ。

見える餌。
濃い餌。
極上の香り。

なら、その食欲を逆手に取る。

自分から近接を選ぶ。

危険なのは分かってる。七歳の身体でやるにはだいぶ馬鹿げてる。でも、今のまま外から削り合っても、こっちの出力じゃ押し切れない。それなら、相手の“食う”動きに合わせて潜るしかない。

自来也が、わずかに息を呑む気配がした。

俺は目を伏せず、無堕を真っ直ぐ見た。

「来いよ」

小さく呟く。

聞こえたかどうかは分からない。

でも、無堕は確かに反応した。

影の輪郭が、ぐるりと俺へ収束する。触手が引かれる。引かれたということは、次に来るのは一点集中だ。喰らうための踏み込み。

そうだ。
それでいい。

俺はクナイを逆手に持ち替え、重心を落とした。

足裏へチャクラ。
掌へ血の感触。
その両方を薄く噛ませる。

七歳の身体が、ぎりぎり許せるところまで。

これ以上は壊れる。
でも、ここまでは通せる。

自来也には、少年が自分から距離を詰めようとしているように見えた。

「待て、オビト!」

思わず声が出る。

だが、オビトは止まらない。

見えない何かへ向かって、真正面から踏み込んだ。

無堕が裂けた口を大きく開ける。

触手が左右から閉じ、舌の槍が真正面から伸びる。喰らうための一手だ。逃げ道を塞ぎ、飲み込むためだけの形。

その中心へ、七歳の小さな影が飛び込んでいく。

夜の村に、血と影がぶつかる寸前の静寂が落ちた。


〆栞
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