弟子

赤ん坊と四歳の女の子の目は、村を出る前に布で隠した。

見せるものではなかった。

あの惨状を、これ以上小さな目に焼きつける必要はない。もう十分すぎるほど見てしまっている。四歳の子にとっても、腕の中の赤ん坊にとっても、あの村で起きたことは一生分の恐怖になりかねない。だったら、せめてこれ以上は見せない方がいい。

自来也も、それには何も言わなかった。

俺は赤ん坊を抱き、自来也は女の子の前を歩く。だが、女の子は自来也にはついていかず、俺の服の裾を小さな手で掴んだまま離れようとしなかった。布越しにも分かるほど、指先が震えている。

「もう少しだけ歩くぞ」

低く言うと、こくりと小さく頷く気配がした。

村から十分に距離を取り、血の臭いがようやく風の中へ薄れてから、俺はしゃがみ込んで女の子の目隠しを外した。赤ん坊の顔に掛けていた布もそっと外す。泣き疲れたのか、赤ん坊は弱く息をしながら胸元へ顔を押しつけていた。

だが、目隠しを外したからといって、恐怖が消えるわけじゃない。

女の子の顔には、まだ濃く怯えの色が残っていた。

息を殺している。
泣きたいのに、泣くことすらもう怖いと身体が覚えてしまっている。

仕方がないことだ。

むしろ、それで当然だった。

俺はその子の頭へ触れようとして、少しだけ手を止めた。家族を失ったばかりの子に、軽々しく“もう大丈夫”なんて言えない。無堕は祓った。あの化け物はもういない。けれど、消えた家族も、壊れた村も、戻ってはこない。

だから、今できるのはただ一つだ。

「歩けるか」

女の子は俺の顔を見上げた。

写輪眼は閉じている。ゴーグルも直した。血はなるべく拭ったが、完全には落ちていない。夜気の中、俺の格好だって十分に異様だろう。それでも彼女は、少し迷ったあと、もう一度小さく頷いた。

裾を握る手は、そのままだった。

自来也がその様子を横目で見て、何とも言えない顔になる。

「お主、えらく面倒見が良いのう」

「そういうこと言ってる場合じゃないだろ」

「言ってる場合じゃないから言っとるんじゃ」

意味が分からん。

だが、さっきまでの重苦しさが少しだけほどけたのも事実だった。

山道を下りながら、俺は赤ん坊の呼吸を確かめた。大丈夫、まだ浅いが落ち着いている。四歳の女の子の足取りはふらついていたが、転ぶほどではない。時々立ち止まりそうになるたびに、俺の服を握る力だけが少し強くなる。

村からさらに離れたところで、自来也が立ち止まった。

「さて」

低く息を吐く。

「この子らを保護するとして、村のことをどう説明するかのう」

それだ。

一番面倒なのは、そこだった。

俺は赤ん坊を抱き直しながら言う。

「できれば――俺が説明したことは秘密にしてもらいたい」

自来也が眉を上げた。

「何故だ」

「ただでさえ戦時下なんだ」

俺は素直に答える。

「余計な混乱は避けたい」

見えない化け物がいる、なんて話をそのまま流せばどうなるか。信じる者は少ないだろう。だが、少ないからこそ厄介だ。迷信だと笑う者もいれば、過剰に恐れる者も出る。見えないのだから対策のしようもなく、ただ不安だけが広がる。

それに――俺自身のこともある。

写輪眼。
血の術。
見えない何かが見えること。
それを全部そのまま里へ出すのは、だいぶ危険だ。

自来也はしばらく考えてから、ふむ、と唸った。

「成程のう」

それから、苦く笑う。

「まあ、話したところで九割方信じては貰えんだろうのう」

「だろうな」

「獣害か、賊か、あるいは妙な禁術か」
「そっちで片づけたがる連中の方が多いじゃろう」

その通りだと思う。

見えないものより、見える理由を当てはめたがる。それが人間だ。だから今回も、たぶんそうなる。いや、そう持っていくしかないのかもしれない。

俺は自来也を見た。

「で、説明は――」

「うむ、条件付きじゃが、なんとか誤魔化す」

「何だよ、条件付きって」

嫌な予感がした。

自来也はそこで、妙に楽しそうな顔をした。

本当に嫌な予感しかしない。

「オビト」

「ん?」

「ワシの弟子になれ」

「は……?」

声が間抜けになった。

いや、待て待て待て。

何でそうなる。

今の会話、そこへ繋がる流れあったか?

自来也は俺の困惑など気にせず、勝手に話を進める。

「固定した班に所属しとらんのだろう」
「その分、自由が効く」
「だから弟子にする」

理屈が雑すぎる。

いや、分からなくはない。固定班がないから時間の融通は利くだろう。火影の采配で色んな班へ入る立場なら、逆に言えば“特定の師のもとで見てもらう”余地もあるのかもしれない。かもしれないが、そういうのは普通もっと段階というものがあるだろう。

「いや、だから、まず――」

「仙術はどうだ?」

言葉を遮られた。

胸の奥が、ぴくりと動く。

「あと、そうだな」

自来也は腕を組み、わざとらしく勿体ぶって続けた。

「ワシの弟子の技だがの、螺旋丸と言うとっておきの技を教えてやろう」

……!

それは、ずるい。

螺旋丸。

そりゃ興味あるに決まってる。

前々世で、ずっと引っかかってた技だ。憧れが無かったわけじゃない。ミナト先生が使って、ナルトも使ってた技に、今度は俺も手を伸ばせるのかと思うと、嬉しいような、妙に複雑なような、変な気分になる。

仙術だってそうだ。

妙木山なんて、行けるなら行きたいに決まってる。自然エネルギーとの相性も、今の俺ならたぶん前よりずっといい。呪力とチャクラの混成感覚がある今なら、前々世の時よりずっと噛み合うはずだ。

……いや、待て。

飛びつくな。

今はまだ駄目だ。

自来也の顔を見ると、完全に“食いついたな”という顔をしていた。くそ、分かりやすかったか俺。

「よし、決まりだ!」

勝手に決めるな。

「勝手に進めるなよ、まずはこの子達の保護!」

俺は思わず言い返した。

「仙術と……螺旋丸は、興味あるけど」

最後だけ、どうしても少し声が小さくなった。

しまった、と思った時にはもう遅い。

自来也が、にやりと笑う。

「食いついたのう」

「うるせぇ」

「なら十だ」

「十?」

数字だけ言われても分からない。

自来也は妙に楽しそうに指を立てた。

「十歳になったら、弟子として旅に同行してもらう」
「内容によっては妙木山へ連れて行く」
「そんでもって、仙術を学ぶ機会をやる」

その言葉の意味を、頭の中でゆっくり組み立てる。

十歳。
弟子。
旅。
妙木山。
仙術。

だいぶ大きい話だ。

しかも、旅ということは――里の外へ出ることも前提に含まれる。自来也の弟子になる、というのは、ただ技を教わるってだけじゃない。見るものも、行く場所も、抱えるものも変わる。

悪くない、なんて言葉では済まないくらい、大きい。

「……」

俺が黙り込むと、腕の中の赤ん坊が、ふ、う、と小さく息を吸ってから、唐突に泣き出した。

「オギャア!」

空気が割れる。

自来也が目を丸くし、それから大袈裟に頷いた。

「おーおー、賛成と言うとるぞ」

「違う!」

俺は即座に否定した。

「腹を空かせてるか、あとはオシメかだ!」

そっちの可能性が高いに決まってるだろ。

自来也はけらけら笑う。

「お主、本当に面倒見が良いのう」

「放っとけないだけだ」

口にしてから、それが半分は本音で、半分は照れ隠しだと自分で分かる。

四歳の女の子は、相変わらず俺から離れない。

俺の服を握ったまま、赤ん坊をあやす俺の腕を見上げている。泣き腫らした目の奥に、まだ恐怖はべったり残っている。それでも、少しだけ俺の方へ体重を預けてきているのが分かった。

七歳にして包容力が半端ない、なんて誰かに言われたら全力で否定するところだ。

でも、今はそれでいい。

この子達が、少しでも安心してくれるなら。

山道の風は冷たい。

だが、腕の中の小さな重みと、服を握る細い手が、変に現実感をくれる。

自来也が少し真面目な顔へ戻って言った。

「……冗談半分に言っとるように聞こえるかもしれんがな」

「だいぶ聞こえる」

「そこは黙って聞け」

理不尽だ。

「お前さんを放っとく気は無い」

その一言だけは、やけに真っ直ぐだった。

俺は反射的に顔を上げる。

自来也の目は、さっきまでみたいに面白がっていない。戦いを見て、村を見て、生き残った子らを連れて山を下りる今だからこその、静かな本気がそこにあった。

「今夜見たものは、ワシ一人じゃ抱えきれん」
「お前さんも、一人で抱えるにはあまりにも危なっかしい」

危なっかしい、か。

否定できないのが腹立たしい。

「弟子って形にしときゃ、ワシも口を出しやすい」
「お前さんも、教わる理由が立つ」

「理由は……まあ、分かる」

「じゃろ」

「でも十歳って、急に先の話だな」

自来也は肩を竦めた。

「今すぐ連れ回すにゃ、流石にちと早い」
「それまでにお前さんの方も、もう少し身体が育つじゃろうしの」

そこは、確かにそうだ。

今の器はまだ七歳だ。出力の制限もある。さっきの戦いで嫌というほど思い知った。十歳までいけば、通せるものも増えるだろう。

俺は少しだけ考え込んだ。

悪くない話だ。
いや、かなりいい話だ。

でも、それを今ここで軽々しく頷いていいのかという気持ちもある。里のこと。祖母のこと。これから来る改変の時期。何もかもが絡んでいる。

すると、自来也がふっと笑った。

「今決めろとは言わん」
「ただ、ワシはその気じゃ、というだけだ」

そう言われると、少しだけ気が楽になる。

俺は腕の中の赤ん坊をあやしながら、ぼそりと返した。

「……覚えとく」

「うむ」

それでいい、と自来也は頷いた。

山道はまだ続く。

夜明けには少し早い。けれど、空の色はほんのわずかに薄み始めていた。血に塗れた村を背にして、俺たちは生き残った二つの命を連れて下っていく。

弟子。

その言葉が、妙に胸の奥へ残っていた。


〆栞
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