壊滅の知らせ
自来也は、木ノ葉へ戻る山道の途中からずっと考えていた。
弟子にしたい。
あの場では半ば勢いのように口へしたが、勢いだけで言ったわけじゃない。むしろ、言葉にしてからの方が、自分の中にある本音がはっきりした。
異能があるから、だけではない。
あれほど得体の知れぬ力を見せられれば、そりゃ気にはなる。見えない化物を見て、血を操り、傷を塞ぎ、片腕を失ってなお前へ出る。そんなものを見て、何も思わぬ忍はいないだろう。
だが、それ以上に引っかかったのは、あの子の指針だった。
手の届く範囲でいい。
救える奴は救う。
そう言った時の顔が、妙に忘れがたかった。
狂気じみた戦い方をするくせに、助けられた命を前にするとひどくやわらかい顔をする。危うい。危ういのに、芯はぶれていない。あの危うさを一人で抱えさせるには、七歳という年はあまりにも早い。
放っておけんのう、と自来也は思う。
自分でも、だいぶ性分が悪い。
面倒な子どもを見ると、どうしても拾いたくなる。拾って、口を出して、叱って、ついでに色々背負い込みたくなる。ミナトの時もそうだった。長門たちの時もそうだった。で、だいたい痛い目も見るのだが、それでも性根のところは変わらない。
だから今も、結局こうして動いている。
木ノ葉へ戻った自来也は、夜が明けきる前に火影のもとへ顔を出した。
報告は簡潔に。
だが、雑にはしない。
「昨晩、里外から離れた村落に偶々立ち寄ったんだがの」
ヒルゼンが顔を上げる。
「何があったのかわからんが、酷い有様で壊滅しておった」
その一言で、火影の目が鋭くなった。
自来也は続ける。
「そこで唯一生存者がいた。保護をお願いしたい」
「生存者は」
「赤ん坊と四歳の女の子じゃ」
一拍置いてから、さらに言う。
「今、木ノ葉病院で検査を受けさせておる」
そこまで話して、内心で少しだけ息をつく。
見えない化物のことは伏せた。
見えないものが見える少年のことも、戦いの仔細も、今はまだ出していない。
全部を話したところで、すぐ信じてもらえる話ではない。いや、火影なら信じるかもしれない。だが、火影一人が受け止めて済む話でもない。上に流れれば、確実に別の面倒が増える。
そして何より、自来也は今、オビトを弟子にしたい一心で頑張っていた。
先に余計な角度から注目を浴びるのは、どう考えても得ではない。
ヒルゼンはしばらく黙ってから、静かに問う。
「お主が偶々立ち寄るには、少し遠い村じゃな」
うっ。
来た。
自来也は表情を崩さず、肩を竦めた。
「ほっほ、たまには遠出もする」
「ほう」
ヒルゼンの目が細くなる。
誤魔化せてない。
全然誤魔化せてない。
だが、そこを深追いされる前に自来也は話を戻した。
「村は本当に酷かった。獣害とも、人の仕業とも、すぐには断じきれん」
「じゃが、子どもらの保護が先じゃ」
それは本音だ。
ヒルゼンも、そこにはすぐ頷いた。
「うむ。病院の方へは手配しておこう」
「詳しい調査は、日が昇ってから改めてじゃな」
助かった。
自来也は内心でそう思いながらも、顔には出さない。ここで余計に安堵すると、逆に怪しまれる。
その頃、俺は木ノ葉病院にいた。
赤ん坊と女の子と一緒に。
二日間の休暇……、ぶっ飛んだな。
本気でそう思う。
いや、何だこの休暇。昨日まではお年寄りの茶会に巻き込まれて、今日は壊滅した村の生き残りを連れて病院である。休暇の概念が死んでいる。火影に「休め」と言われた結果がこれなの、割と笑えない。
しかも俺自身も患者扱いだった。
貧血患者。
いや、まあ、そうなんだけど。
失血したのは事実だし、増血丸だけで全部埋まるわけじゃない。反転術式で傷は塞いだ。左腕も腹も、今この時点ではちゃんと元通りだ。痛みも表面上は消してある。けれど血そのものが足りないせいで、ふっと立ちくらみが来るし、身体の芯がまだ軽く寒い。
増血丸さえ貰えたら良いんだけどな、と思いながら診察を受けていたら、案の定、年配の医療忍に「しばらく安静!」と釘を刺された。
無理に決まってるだろ。
とは口に出さない。
今は大人しく頷いておく方が得だ。
女の子は、俺から離れなかった。
ずっと服の端を握っている。
検査の間も、問診の間も、少し席を外そうとした時ですら、その細い指がぎゅっと強くなる。親の死に目を見たのだ。当然だろう。知らない大人に囲まれて、知らない場所へ連れてこられて、離れるなと言う方が無理だ。
赤ん坊の方は、何も知らない分、まだましだった。
腹が減れば泣く。
眠ければぐずる。
抱き方が下手だと不満そうにする。
そういう普通の赤ん坊の反応が、逆に救いでもあった。
女の子――ハルと、赤ん坊のハヤト。
それが、二人の名前だった。
検査の合間に、途切れ途切れの受け答えの中で分かった。ハルは四歳。ハヤトはまだ一歳にもなっていない。姉弟だ。親の名を聞かれた時、ハルは一度だけ唇を噛み、それから黙ってしまった。
無理もない。
俺は答えようとはしなかった。
代わりに、膝を合わせるようにしゃがんで、ハルの顔を見る。
この子のこれから先のことを考えると、やるせなかった。
記憶は残る。
きっと残る。
あの村で見たもの。
親が喰われた瞬間。
血と肉片。
逃げられなかった時間。
そういう記憶は、あとから何度でも人を刺す。大きくなるほど言葉になり、夢に出て、ふとした臭いで蘇り、心の傷を刺激し続ける。何年経っても消えないことだってある。
……それは、分かっている。
俺自身が、そういうものを知っている。
だから、考えた。
これは、やるべきか。
やっていいのか。
迷いはあった。
でも、目の前にいるのは四歳の子だ。今のまま背負わせるには、あまりにも重い。全部を消すことはできないかもしれない。だが、最も凄惨な部分だけでも、打ち消せるなら。
俺は周囲を確認した。
医療忍はいない。
少し離れたところで、看護の人が記録を書いている。
自来也も今はいない。
今しかない。
ハルと向き合う。
「ハル」
小さく名を呼ぶと、その子は怯えを残した目でこっちを見た。
一瞬、ほんの一瞬だけ、俺は写輪眼を出した。
赤。
三つ巴。
ほんの刹那だ。
時間にすれば、まばたき一つ分にも満たない。だが、それで十分だった。記憶の流れへ触れ、深く抉れたところだけを曇らせる。壊すのではなく、遠ざける。今すぐ思い出そうとしても、そこへ手が届かないように。
凄惨な記憶を、打ち消した。
完全ではない。
村がなくなったことも、家族がもういないことも、いずれ別の形で知るだろう。だが、肉と血の細部までは、少なくとも今は届かない。それだけで、この子の夜は少し違うはずだ。
ハルが、ゆっくりと瞬きをした。
それから不思議そうに俺を見る。
「……おにいちゃん」
その声は、さっきまでよりほんの少しだけ、震えが薄かった。
俺は胸の奥で息を吐く。
「うん」
それだけ返す。
正しいことだったのかは分からない。
でも、今はこれでいいと思いたかった。
しばらくして、医療忍と一緒に病室へやってきた夫婦がいた。
子どものいない夫婦らしい。顔立ちはどちらも穏やかで、着ているものも質素だが清潔だ。無理に優しく見せようとしている感じがないのが、少しだけ救いだった。
「引き取りたいと希望しています」
そう医療忍が言った時、俺は思わず夫婦の顔をじっと見ていた。
妻の方が、少し緊張した顔で頭を下げる。
「急な話だとは分かっています」
「でも……もし、あの子たちが怖がらなければ」
夫の方も続ける。
「無理にとは言いません」
「ただ、家ならあります。二人で育てたいと思っています」
嘘か本当かなんて、今ここで全部見抜けるわけじゃない。
でも、少なくとも目はまっすぐだった。
損得じゃない。
可哀想だからだけでもない。
ちゃんと“家へ迎える”つもりの目だった。
ハルは俺の服を握ったまま、その二人を見ている。
ハヤトは俺の腕の中で眠りかけている。
俺は少しだけ迷ってから、ハルへ聞いた。
「怖いか」
ハルは夫婦を見て、それから俺を見た。
沈黙が続く。
やがて、小さく首を横に振った。
それを見て、俺も頷いた。
この子達には、この先が要る。
失った村の先に、別の家が要る。
それがどんな形でも、ちゃんとあたたかい方がいい。
俺はそっとハヤトを抱き直しながら、心の中で一つだけ願った。
どうか、今度はちゃんと、家がありますように。
弟子にしたい。
あの場では半ば勢いのように口へしたが、勢いだけで言ったわけじゃない。むしろ、言葉にしてからの方が、自分の中にある本音がはっきりした。
異能があるから、だけではない。
あれほど得体の知れぬ力を見せられれば、そりゃ気にはなる。見えない化物を見て、血を操り、傷を塞ぎ、片腕を失ってなお前へ出る。そんなものを見て、何も思わぬ忍はいないだろう。
だが、それ以上に引っかかったのは、あの子の指針だった。
手の届く範囲でいい。
救える奴は救う。
そう言った時の顔が、妙に忘れがたかった。
狂気じみた戦い方をするくせに、助けられた命を前にするとひどくやわらかい顔をする。危うい。危ういのに、芯はぶれていない。あの危うさを一人で抱えさせるには、七歳という年はあまりにも早い。
放っておけんのう、と自来也は思う。
自分でも、だいぶ性分が悪い。
面倒な子どもを見ると、どうしても拾いたくなる。拾って、口を出して、叱って、ついでに色々背負い込みたくなる。ミナトの時もそうだった。長門たちの時もそうだった。で、だいたい痛い目も見るのだが、それでも性根のところは変わらない。
だから今も、結局こうして動いている。
木ノ葉へ戻った自来也は、夜が明けきる前に火影のもとへ顔を出した。
報告は簡潔に。
だが、雑にはしない。
「昨晩、里外から離れた村落に偶々立ち寄ったんだがの」
ヒルゼンが顔を上げる。
「何があったのかわからんが、酷い有様で壊滅しておった」
その一言で、火影の目が鋭くなった。
自来也は続ける。
「そこで唯一生存者がいた。保護をお願いしたい」
「生存者は」
「赤ん坊と四歳の女の子じゃ」
一拍置いてから、さらに言う。
「今、木ノ葉病院で検査を受けさせておる」
そこまで話して、内心で少しだけ息をつく。
見えない化物のことは伏せた。
見えないものが見える少年のことも、戦いの仔細も、今はまだ出していない。
全部を話したところで、すぐ信じてもらえる話ではない。いや、火影なら信じるかもしれない。だが、火影一人が受け止めて済む話でもない。上に流れれば、確実に別の面倒が増える。
そして何より、自来也は今、オビトを弟子にしたい一心で頑張っていた。
先に余計な角度から注目を浴びるのは、どう考えても得ではない。
ヒルゼンはしばらく黙ってから、静かに問う。
「お主が偶々立ち寄るには、少し遠い村じゃな」
うっ。
来た。
自来也は表情を崩さず、肩を竦めた。
「ほっほ、たまには遠出もする」
「ほう」
ヒルゼンの目が細くなる。
誤魔化せてない。
全然誤魔化せてない。
だが、そこを深追いされる前に自来也は話を戻した。
「村は本当に酷かった。獣害とも、人の仕業とも、すぐには断じきれん」
「じゃが、子どもらの保護が先じゃ」
それは本音だ。
ヒルゼンも、そこにはすぐ頷いた。
「うむ。病院の方へは手配しておこう」
「詳しい調査は、日が昇ってから改めてじゃな」
助かった。
自来也は内心でそう思いながらも、顔には出さない。ここで余計に安堵すると、逆に怪しまれる。
その頃、俺は木ノ葉病院にいた。
赤ん坊と女の子と一緒に。
二日間の休暇……、ぶっ飛んだな。
本気でそう思う。
いや、何だこの休暇。昨日まではお年寄りの茶会に巻き込まれて、今日は壊滅した村の生き残りを連れて病院である。休暇の概念が死んでいる。火影に「休め」と言われた結果がこれなの、割と笑えない。
しかも俺自身も患者扱いだった。
貧血患者。
いや、まあ、そうなんだけど。
失血したのは事実だし、増血丸だけで全部埋まるわけじゃない。反転術式で傷は塞いだ。左腕も腹も、今この時点ではちゃんと元通りだ。痛みも表面上は消してある。けれど血そのものが足りないせいで、ふっと立ちくらみが来るし、身体の芯がまだ軽く寒い。
増血丸さえ貰えたら良いんだけどな、と思いながら診察を受けていたら、案の定、年配の医療忍に「しばらく安静!」と釘を刺された。
無理に決まってるだろ。
とは口に出さない。
今は大人しく頷いておく方が得だ。
女の子は、俺から離れなかった。
ずっと服の端を握っている。
検査の間も、問診の間も、少し席を外そうとした時ですら、その細い指がぎゅっと強くなる。親の死に目を見たのだ。当然だろう。知らない大人に囲まれて、知らない場所へ連れてこられて、離れるなと言う方が無理だ。
赤ん坊の方は、何も知らない分、まだましだった。
腹が減れば泣く。
眠ければぐずる。
抱き方が下手だと不満そうにする。
そういう普通の赤ん坊の反応が、逆に救いでもあった。
女の子――ハルと、赤ん坊のハヤト。
それが、二人の名前だった。
検査の合間に、途切れ途切れの受け答えの中で分かった。ハルは四歳。ハヤトはまだ一歳にもなっていない。姉弟だ。親の名を聞かれた時、ハルは一度だけ唇を噛み、それから黙ってしまった。
無理もない。
俺は答えようとはしなかった。
代わりに、膝を合わせるようにしゃがんで、ハルの顔を見る。
この子のこれから先のことを考えると、やるせなかった。
記憶は残る。
きっと残る。
あの村で見たもの。
親が喰われた瞬間。
血と肉片。
逃げられなかった時間。
そういう記憶は、あとから何度でも人を刺す。大きくなるほど言葉になり、夢に出て、ふとした臭いで蘇り、心の傷を刺激し続ける。何年経っても消えないことだってある。
……それは、分かっている。
俺自身が、そういうものを知っている。
だから、考えた。
これは、やるべきか。
やっていいのか。
迷いはあった。
でも、目の前にいるのは四歳の子だ。今のまま背負わせるには、あまりにも重い。全部を消すことはできないかもしれない。だが、最も凄惨な部分だけでも、打ち消せるなら。
俺は周囲を確認した。
医療忍はいない。
少し離れたところで、看護の人が記録を書いている。
自来也も今はいない。
今しかない。
ハルと向き合う。
「ハル」
小さく名を呼ぶと、その子は怯えを残した目でこっちを見た。
一瞬、ほんの一瞬だけ、俺は写輪眼を出した。
赤。
三つ巴。
ほんの刹那だ。
時間にすれば、まばたき一つ分にも満たない。だが、それで十分だった。記憶の流れへ触れ、深く抉れたところだけを曇らせる。壊すのではなく、遠ざける。今すぐ思い出そうとしても、そこへ手が届かないように。
凄惨な記憶を、打ち消した。
完全ではない。
村がなくなったことも、家族がもういないことも、いずれ別の形で知るだろう。だが、肉と血の細部までは、少なくとも今は届かない。それだけで、この子の夜は少し違うはずだ。
ハルが、ゆっくりと瞬きをした。
それから不思議そうに俺を見る。
「……おにいちゃん」
その声は、さっきまでよりほんの少しだけ、震えが薄かった。
俺は胸の奥で息を吐く。
「うん」
それだけ返す。
正しいことだったのかは分からない。
でも、今はこれでいいと思いたかった。
しばらくして、医療忍と一緒に病室へやってきた夫婦がいた。
子どものいない夫婦らしい。顔立ちはどちらも穏やかで、着ているものも質素だが清潔だ。無理に優しく見せようとしている感じがないのが、少しだけ救いだった。
「引き取りたいと希望しています」
そう医療忍が言った時、俺は思わず夫婦の顔をじっと見ていた。
妻の方が、少し緊張した顔で頭を下げる。
「急な話だとは分かっています」
「でも……もし、あの子たちが怖がらなければ」
夫の方も続ける。
「無理にとは言いません」
「ただ、家ならあります。二人で育てたいと思っています」
嘘か本当かなんて、今ここで全部見抜けるわけじゃない。
でも、少なくとも目はまっすぐだった。
損得じゃない。
可哀想だからだけでもない。
ちゃんと“家へ迎える”つもりの目だった。
ハルは俺の服を握ったまま、その二人を見ている。
ハヤトは俺の腕の中で眠りかけている。
俺は少しだけ迷ってから、ハルへ聞いた。
「怖いか」
ハルは夫婦を見て、それから俺を見た。
沈黙が続く。
やがて、小さく首を横に振った。
それを見て、俺も頷いた。
この子達には、この先が要る。
失った村の先に、別の家が要る。
それがどんな形でも、ちゃんとあたたかい方がいい。
俺はそっとハヤトを抱き直しながら、心の中で一つだけ願った。
どうか、今度はちゃんと、家がありますように。
【〆栞】