引き継がれる命
自来也が火影へ上げた報告をもとに、村壊滅の調査はすぐに本格化した。
ただし、その報告は最初から、どこか歪な形をしていた。
壊滅した山間の小村。
凄惨な遺体の損壊。
獣害にしては不自然。
人為にしては痕跡が合わない。
生存者は赤ん坊と四歳の女の子のみ。
そして、そこへ偶々立ち寄った自来也が保護した。
嘘ではない。
だが、真実をそのまま並べたものでもない。
見えない化物の存在を伏せたままでは、どうしたって説明しきれぬ点が残る。肉の削がれ方、遺体の散り方、忍の痕跡があるわけでもないのに、明らかに“普通ではない”壊れ方をしていたこと。調べる側が優秀であればあるほど、その違和感は消えない。
火影室では、報告書を前にしたうたたねコハルが低く唸った。
「賊にしては荒らし方が妙じゃな」
水戸門ホムラも腕を組む。
「獣害とも言い切れん。家屋の損壊に比べ、遺体の損傷だけが極端じゃ」
ヒルゼンは黙って聞いていた。
自来也は正面から座っているが、内心はだいぶ落ち着かない。化物の存在を隠している以上、この場での違和感は避けられない。だが、だからといって全部をさらけ出すわけにもいかなかった。
「ふむ」
ヒルゼンが報告書から目を上げる。
「生存者が二人いた、という点は幸いじゃな」
「うむ」
自来也は頷く。
「赤ん坊と四歳の女の子じゃ。どちらも今は木ノ葉病院で検査中」
「心身の消耗は激しいが、命に別状はないそうじゃ」
それを聞いて、コハルの表情がほんの少しだけやわらぐ。
「それだけでも救いかの」
「じゃが」
ホムラが続ける。
「現場に、うちはオビトもいたのじゃろう」
自来也の眉が、わずかに動いた。
来るよな、そこ。
火種は、やはりそこにもある。
自来也が村へ立ち寄り、生存者を連れ帰った。そこまではいい。だが、その場に“たまたま”オビトがいたことが、報告上では微妙に浮いている。偶然で片づけるには、あの子は少しばかり目立ちすぎる。
「村の近くで会った」
自来也は、できるだけ平坦に言う。
「化物騒ぎ……いや、不穏な気配でも察したんじゃろうな。あやつ、妙に勘がいいからの」
半分は本当だ。
半分は、誤魔化しだ。
ヒルゼンはしばらく何も言わなかった。
問い詰めない。
だが、全部を鵜呑みにもしていない。
その沈黙が、自来也にはありがたくもあり、やりづらくもあった。
ダンゾウは、そのやり取りを黙って見ていた。
目は細く、表情は変わらない。だが、沈黙の中で何かを積み上げているのが分かる。村壊滅の違和感。説明しきれぬ死体の有様。そして、そこへ現れたうちはオビト。
使える駒。
あるいは、予定外の異物。
そのどちらに傾くかを、ダンゾウはますます見定めたくなっているはずだった。
助けた命の裏で、里の政治と視線はじわじわ動き出していた。
その頃、木ノ葉病院では、ハルとハヤトの引き取りが具体的に進み始めていた。
希望を出した夫婦は、本気だった。
一時の情だけではないことは、病院で何度か顔を合わせるうちに分かった。妻はハルの前で無理に笑いすぎず、けれど冷たくもなく、ただ静かに話しかける。夫は赤ん坊のハヤトを抱く時、慣れていないなりに妙な緊張を隠そうとしなかった。
それが、逆に良かった。
うまくやろうとしすぎていない。
それでいて、ちゃんと迎える覚悟はある。
ハルも、最初ほど強く怯えなくなっていた。
まだ急に黙り込むことはある。大きな物音にびくりとすることもある。寝つきも浅い。けれど、あの地下穴で縮こまっていた時よりは、だいぶ呼吸が落ち着いていた。
ハヤトは、もっと早く環境へ馴染み始めていた。
乳を飲み、眠り、泣いて、また眠る。あまりにも普通の赤ん坊の営みが、逆にこの数日の異常さを際立たせる。
二人の新しい居場所が、少しずつ決まっていく。
それを見ていると、胸の奥にようやく一つだけ、静かな安堵が積もった。
ああ、繋がるんだな、と思う。
完全に元通りではない。
失ったものは戻らない。
それでも、その先の居場所ができる。
それは間違いなく、救いの一つだった。
手続きが一段落した日の午後、ハルが俺の服の端を摘まんだ。
「おにいちゃん」
「ん?」
「また会える?」
その問いが、思ったより真っ直ぐ胸へ来た。
俺は一瞬だけ言葉に詰まる。
会える。
会おうと思えば、会えるだろう。
でも、軽く約束して、それが守れなかった時の方が残酷だ。俺は里の忍だ。任務もある。これから先、動き方はもっと不規則になるかもしれない。弟子だの旅だの、そういう話まで転がり始めている。
だから、簡単に「うん」と言い切るのは少し違う気がした。
でも、ここで曖昧に濁すのも嫌だった。
俺はハルの目線に合わせるようにしゃがみ込んだ。
「会えるようにする」
それは、ほとんど約束だった。
ハルはしばらく俺を見て、それから小さく頷いた。
その頷き方が、妙に大人びて見えてしまって、少しだけ胸が痛む。
四歳で、こんなふうに頷くのは早すぎる。
ハヤトはその横で、何も知らない顔で指をしゃぶっていた。
その無垢さに救われるような、やるせなさが増すような、変な気分になる。
見送る側の寂しさを、俺はその時初めて少しだけ知った。
安心している。
二人の居場所が決まっていくことへ、ちゃんと安堵している。
でも同時に、これで自分の手から離れていくのだと分かると、胸の奥のどこかが静かに引っかかった。
自来也は、その様子を少し離れたところから見ていた。
オビトが子ども達へ向ける目。
ハルへ言葉を選ぶ間。
無理に笑わない優しさ。
それらを見れば見るほど、弟子にしたいという気持ちは強くなる。
異能があるからではない。
あの子は、拾ってしまう。
目の前で零れそうなものを、手の届く範囲でいいから掬おうとする。そのくせ、自分が壊れかけることへは頓着が薄い。強いが、危うい。だからこそ、放っておけばどこかで取り返しのつかぬ無茶をしそうだ。
自来也は頭を掻いた。
面倒な子ほど放っておけん。
まったくもって、性分が悪い。
壊滅した村の中で拾われた命が、次の家へ繋がっていく。
それを見ながら、俺はふと思った。
これも、繋げるうちの一つ――だよな、五条先生。
答えは返ってこない。
でも、あの人ならたぶん、少し笑って「そういうの大事でしょ」とでも言うのだろう。強い者が前に立つ意味。次へ渡すこと。壊れたままで終わらせないこと。そういう背中を、俺は前世で見てきた。
今ここでやっていることは、たぶんその延長だ。
派手じゃない。
勝利でもない。
誰かの居場所を、次へ繋ぐだけだ。
でも、それで十分な時もある。
結局、休暇らしい休暇は一つも過ごせなかった。
病院の廊下で一息つきながら、俺はようやくそれを実感した。
二日間の休暇。
実態は、壊滅した村、特級の化物、生き残り二人の保護、病院の付き添い、報告の余波、である。
休暇って何だっけ。
壁にもたれて目を閉じると、まだ少しだけ貧血の名残がある。傷は塞いだ。腕も戻した。でも、疲労は消えない。増血丸で誤魔化してるだけだ。立ち上がる時に一瞬だけ視界が白くなるのも、完全には治っていない。
それでも、助けられた命がある。
その事実だけが、今は救いだった。
廊下の向こうで、ハヤトが小さく泣く声がした。
それにハルの足音が続く。
生きてる。
その当たり前が、やけに沁みる。
日が傾く前に、俺はようやく病院を出た。
帰り道は妙に静かだった。
里の中はいつも通りで、店先に野菜が並び、子どもが走り、遠くで誰かが洗濯物を叩いている。何も知らない日常が広がっている。それが少しだけ眩しかった。
祖母の待つ家へ向かう足取りの中で、ようやく少しだけ力が抜ける。
忙しい。
重い。
面倒も増えている。
でも、指針だけは揺らがない。
全部を救えなくても。
遅すぎることがあっても。
それでも、手の届くものへは手を伸ばす。
そういう自分でいるしかないし、それでいいと思っている。
家の灯りが見えた時、胸の奥にあった張りつめたものが、ほんの少しだけほどけた。
今日は、ちゃんと帰ろう。
そう思えたことが、何よりありがたかった。
ただし、その報告は最初から、どこか歪な形をしていた。
壊滅した山間の小村。
凄惨な遺体の損壊。
獣害にしては不自然。
人為にしては痕跡が合わない。
生存者は赤ん坊と四歳の女の子のみ。
そして、そこへ偶々立ち寄った自来也が保護した。
嘘ではない。
だが、真実をそのまま並べたものでもない。
見えない化物の存在を伏せたままでは、どうしたって説明しきれぬ点が残る。肉の削がれ方、遺体の散り方、忍の痕跡があるわけでもないのに、明らかに“普通ではない”壊れ方をしていたこと。調べる側が優秀であればあるほど、その違和感は消えない。
火影室では、報告書を前にしたうたたねコハルが低く唸った。
「賊にしては荒らし方が妙じゃな」
水戸門ホムラも腕を組む。
「獣害とも言い切れん。家屋の損壊に比べ、遺体の損傷だけが極端じゃ」
ヒルゼンは黙って聞いていた。
自来也は正面から座っているが、内心はだいぶ落ち着かない。化物の存在を隠している以上、この場での違和感は避けられない。だが、だからといって全部をさらけ出すわけにもいかなかった。
「ふむ」
ヒルゼンが報告書から目を上げる。
「生存者が二人いた、という点は幸いじゃな」
「うむ」
自来也は頷く。
「赤ん坊と四歳の女の子じゃ。どちらも今は木ノ葉病院で検査中」
「心身の消耗は激しいが、命に別状はないそうじゃ」
それを聞いて、コハルの表情がほんの少しだけやわらぐ。
「それだけでも救いかの」
「じゃが」
ホムラが続ける。
「現場に、うちはオビトもいたのじゃろう」
自来也の眉が、わずかに動いた。
来るよな、そこ。
火種は、やはりそこにもある。
自来也が村へ立ち寄り、生存者を連れ帰った。そこまではいい。だが、その場に“たまたま”オビトがいたことが、報告上では微妙に浮いている。偶然で片づけるには、あの子は少しばかり目立ちすぎる。
「村の近くで会った」
自来也は、できるだけ平坦に言う。
「化物騒ぎ……いや、不穏な気配でも察したんじゃろうな。あやつ、妙に勘がいいからの」
半分は本当だ。
半分は、誤魔化しだ。
ヒルゼンはしばらく何も言わなかった。
問い詰めない。
だが、全部を鵜呑みにもしていない。
その沈黙が、自来也にはありがたくもあり、やりづらくもあった。
ダンゾウは、そのやり取りを黙って見ていた。
目は細く、表情は変わらない。だが、沈黙の中で何かを積み上げているのが分かる。村壊滅の違和感。説明しきれぬ死体の有様。そして、そこへ現れたうちはオビト。
使える駒。
あるいは、予定外の異物。
そのどちらに傾くかを、ダンゾウはますます見定めたくなっているはずだった。
助けた命の裏で、里の政治と視線はじわじわ動き出していた。
その頃、木ノ葉病院では、ハルとハヤトの引き取りが具体的に進み始めていた。
希望を出した夫婦は、本気だった。
一時の情だけではないことは、病院で何度か顔を合わせるうちに分かった。妻はハルの前で無理に笑いすぎず、けれど冷たくもなく、ただ静かに話しかける。夫は赤ん坊のハヤトを抱く時、慣れていないなりに妙な緊張を隠そうとしなかった。
それが、逆に良かった。
うまくやろうとしすぎていない。
それでいて、ちゃんと迎える覚悟はある。
ハルも、最初ほど強く怯えなくなっていた。
まだ急に黙り込むことはある。大きな物音にびくりとすることもある。寝つきも浅い。けれど、あの地下穴で縮こまっていた時よりは、だいぶ呼吸が落ち着いていた。
ハヤトは、もっと早く環境へ馴染み始めていた。
乳を飲み、眠り、泣いて、また眠る。あまりにも普通の赤ん坊の営みが、逆にこの数日の異常さを際立たせる。
二人の新しい居場所が、少しずつ決まっていく。
それを見ていると、胸の奥にようやく一つだけ、静かな安堵が積もった。
ああ、繋がるんだな、と思う。
完全に元通りではない。
失ったものは戻らない。
それでも、その先の居場所ができる。
それは間違いなく、救いの一つだった。
手続きが一段落した日の午後、ハルが俺の服の端を摘まんだ。
「おにいちゃん」
「ん?」
「また会える?」
その問いが、思ったより真っ直ぐ胸へ来た。
俺は一瞬だけ言葉に詰まる。
会える。
会おうと思えば、会えるだろう。
でも、軽く約束して、それが守れなかった時の方が残酷だ。俺は里の忍だ。任務もある。これから先、動き方はもっと不規則になるかもしれない。弟子だの旅だの、そういう話まで転がり始めている。
だから、簡単に「うん」と言い切るのは少し違う気がした。
でも、ここで曖昧に濁すのも嫌だった。
俺はハルの目線に合わせるようにしゃがみ込んだ。
「会えるようにする」
それは、ほとんど約束だった。
ハルはしばらく俺を見て、それから小さく頷いた。
その頷き方が、妙に大人びて見えてしまって、少しだけ胸が痛む。
四歳で、こんなふうに頷くのは早すぎる。
ハヤトはその横で、何も知らない顔で指をしゃぶっていた。
その無垢さに救われるような、やるせなさが増すような、変な気分になる。
見送る側の寂しさを、俺はその時初めて少しだけ知った。
安心している。
二人の居場所が決まっていくことへ、ちゃんと安堵している。
でも同時に、これで自分の手から離れていくのだと分かると、胸の奥のどこかが静かに引っかかった。
自来也は、その様子を少し離れたところから見ていた。
オビトが子ども達へ向ける目。
ハルへ言葉を選ぶ間。
無理に笑わない優しさ。
それらを見れば見るほど、弟子にしたいという気持ちは強くなる。
異能があるからではない。
あの子は、拾ってしまう。
目の前で零れそうなものを、手の届く範囲でいいから掬おうとする。そのくせ、自分が壊れかけることへは頓着が薄い。強いが、危うい。だからこそ、放っておけばどこかで取り返しのつかぬ無茶をしそうだ。
自来也は頭を掻いた。
面倒な子ほど放っておけん。
まったくもって、性分が悪い。
壊滅した村の中で拾われた命が、次の家へ繋がっていく。
それを見ながら、俺はふと思った。
これも、繋げるうちの一つ――だよな、五条先生。
答えは返ってこない。
でも、あの人ならたぶん、少し笑って「そういうの大事でしょ」とでも言うのだろう。強い者が前に立つ意味。次へ渡すこと。壊れたままで終わらせないこと。そういう背中を、俺は前世で見てきた。
今ここでやっていることは、たぶんその延長だ。
派手じゃない。
勝利でもない。
誰かの居場所を、次へ繋ぐだけだ。
でも、それで十分な時もある。
結局、休暇らしい休暇は一つも過ごせなかった。
病院の廊下で一息つきながら、俺はようやくそれを実感した。
二日間の休暇。
実態は、壊滅した村、特級の化物、生き残り二人の保護、病院の付き添い、報告の余波、である。
休暇って何だっけ。
壁にもたれて目を閉じると、まだ少しだけ貧血の名残がある。傷は塞いだ。腕も戻した。でも、疲労は消えない。増血丸で誤魔化してるだけだ。立ち上がる時に一瞬だけ視界が白くなるのも、完全には治っていない。
それでも、助けられた命がある。
その事実だけが、今は救いだった。
廊下の向こうで、ハヤトが小さく泣く声がした。
それにハルの足音が続く。
生きてる。
その当たり前が、やけに沁みる。
日が傾く前に、俺はようやく病院を出た。
帰り道は妙に静かだった。
里の中はいつも通りで、店先に野菜が並び、子どもが走り、遠くで誰かが洗濯物を叩いている。何も知らない日常が広がっている。それが少しだけ眩しかった。
祖母の待つ家へ向かう足取りの中で、ようやく少しだけ力が抜ける。
忙しい。
重い。
面倒も増えている。
でも、指針だけは揺らがない。
全部を救えなくても。
遅すぎることがあっても。
それでも、手の届くものへは手を伸ばす。
そういう自分でいるしかないし、それでいいと思っている。
家の灯りが見えた時、胸の奥にあった張りつめたものが、ほんの少しだけほどけた。
今日は、ちゃんと帰ろう。
そう思えたことが、何よりありがたかった。
【〆栞】