何でも屋再開

祖母の待つ家へ帰った時、俺はようやく本当の意味で息を吐いた。

戸を開けた瞬間、煮物の匂いがした。
火の気のある家の匂い。
人が待っている家の匂い。

それだけで、肩に入っていた力が少し抜ける。

「おかえり」

祖母はいつもの調子でそう言った。病院で何があったか、村で何があったか、その全部を知っているわけじゃない。ただ、俺の顔を見て、「疲れてるね」とだけ言った。

それがありがたかった。

説明を求められないこと。
無理に詮索されないこと。
でも、ちゃんと気づかれていること。

そういう距離感は、今の俺にはよく沁みた。

靴を脱ぎ、家へ上がる。

その何でもない動作の一つひとつが、妙に胸へ残る。

帰る場所、なんだよな。

病院で見送ったハルとハヤトのことが、自然と思い出された。あの子たちにも、次の家ができる。血の臭いがしない場所で、夜に怯えず眠れる場所ができる。失ったものは戻らない。村も、親も、あの夜も、なかったことにはならない。

それでも、次へ繋がる場所がある。

それはやっぱり、大きい。

俺にとって木ノ葉の意味も、少しずつそっちへ寄ってきていた。

ただ守る里じゃない。
帰る場所。
失わせちゃいけない家。
人と人が繋がり直せる場所。

火影ってのは、そういうものを背負う立場でもあるのかもしれないと、最近は前よりはっきり思う。

祖母が茶を置いてくれる。

湯気を見ながら、俺は小さく息を吐いた。

「……助かった命があった」

ぽつりとこぼした声に、祖母は何も聞き返さなかった。

ただ、「そうかい」とだけ言った。

それで十分だった。

だが、穏やかさの裏で、里の空気は少しずつ変わっていた。

村壊滅の報告は、思っていた以上に重く受け止められていた。説明しきれぬ死体の壊れ方。獣害とも賊とも断じきれない異様さ。生存者が二人だけという事実。そして、その現場にうちはオビトがいたこと。

表立って何かを言われるわけじゃない。

けれど、視線は増えた。

フガクは、一族の子として俺の名を前より重く見始めている。

外れの家の子ではなく、マヒトの子として。さらに言うなら、一族の中で今後どう扱うべきかを、族長として見ている目だ。情だけでも警戒だけでもない。立場のある者の目だった。

ダンゾウは、使える駒か、それとも制御の効かぬ異物か、その見極めを深めているのだろう。

見えないものは知らない。
だが、説明のつかない現場と、そこに居合わせる少年の存在は知った。
それだけで十分、あの男の興味を惹く。

ミナトもまた、俺の名を前より意識し続けていた。

一楽で挟まれた変な子。
演習場で見た妙な動き。
そして、壊滅した村の件に名前がかかる子。

まだ距離は遠い。
でも、もう“ただ聞いたことがあるだけの子”じゃない。

自来也は、もう隠す気もないくらいに弟子にしたい気持ちを固めていた。

視線は増える。
意味も増える。

助けた命の裏で、俺自身を巡る空気も確実に変わってきていた。

そして、休暇明け――というか、潰れたので休暇明けとは何だろうなと思いながら、俺は普通に何でも屋任務へ戻されていた。

いや本当に何なんだこの扱い。

二日休めと言われて、片方は介護ヘルパー集団、片方は特級級の化け物と村壊滅と病院付き添いで終わっている。休暇の定義を問い直したい。

それでも任務表は待ってくれない。

「うちはオビト、今日はこっちの班だ」

「はいはい」

慣れたものだ。

固定班ではないから、顔ぶれは毎度違う。だが今はもう、俺の立ち位置もある程度周知されている。“変な中忍”“使える子”“年齢に対して落ち着きすぎているやつ”――まあ、そんな感じだろう。

それに加えて、今日も今日とて人助けに追われる。

もはや“ついで”ではない。
事業だ。
影分身による介護サポート事業である。

「そっちは荷車」
「こっちは杖」
「段差気をつけて」
「ゆっくりでいいよ」

影分身たちが散っていくのを見送りながら、自分でも何をやってるんだと思う。

だが、手の届く範囲にいるなら、やっぱり放っとけない。

それはもう、今さら変わらない。

村で特級下層を祓った夜を経て、俺はもう一つ、自分の課題をはっきり意識するようになっていた。

器の耐性だ。

呪力量そのものは足りている。
だが通す身体が足りない。

七歳の身体は、あの夜、明確に限界を見せた。黒閃と竈開を重ねて一点突破ができたのは結果として正解だったが、あれは綱渡りだ。反転術式があるから何とか取り繕えただけで、長引けば普通に死んでいた。

前世の父親、禪院の血筋による素体の強さと運動神経が恋しい。

本気でそう思う。

あの肉体は便利だった。
純粋に頑丈で、早くて、壊れにくい。

今の身体は、前々世の俺の器そのものだ。忍として育っていく分、伸びしろは十分にある。だが“今すぐ特級術師級の戦いをするための器”ではない。そこは現実として認めないといけない。

だから、意識を変える。

前世の特級術師であった裏葉オビトに、少しでも早く戻せるように。

もちろん、そのまま戻るわけじゃない。
今は忍の世界だ。
だけど、器の使い方、負荷への馴染ませ方、日常の中での鍛え方は工夫できる。呪力の出し方を変える。チャクラとの重ね方を詰める。身体の芯へ負担を溜めすぎない運びを覚える。

穏やかな日常の中で、そういうことを考える時間が増えた。

雑務の帰りに、一楽の暖簾が見えた時もそうだ。

あー、ラーメン食いてぇな。

そう思って入った。

で、座った。

そしたら、また挟まれた。

右にクシナ。
左にミナト。

何でだよ!!

いや、前回と違って今回は最初から声をかけられた。そこは進歩なのかもしれない。

「オビトじゃない」
「また会ったね」

クシナが先に気づき、ミナトがやわらかく笑う。

逃げたい。
でも、前回よりは心の準備がある。
あるだけましだ。

「……どうも」

何とか普通に返せた。

成長である。

クシナは相変わらず遠慮がない。

「任務帰り?」
「何その顔、疲れてるわね」
「ちゃんと食べてんの?」

一気に来る。

でも、悪くない。

ミナトは横で少し困ったようにしつつ、でも止めはしない。まだ夫婦みたいに完成された空気ではないが、二人の並びにはやっぱり独特の呼吸がある。それを真ん中で浴びるのはだいぶ精神に来るけど、前回ほどではなかった。

たぶん、少し慣れた。

いや、慣れたくない気もするけど。

ラーメンを待ちながら、俺はふと自分の今を思った。

任務へ出る。
人を助ける。
見えないものを祓う。
帰る家がある。
拾った命が次の家へ繋がる。
視線は増える。
面倒も増える。
でも、前へ進んでいる感じはある。

一楽の湯気の向こうで、クシナが「今日は何味にしたの?」と聞いてくる。

俺は答えながら、少しだけ肩の力を抜いた。

穏やかな日常は、ちゃんとまだここにある。

それはきっと、守るに値するものだ。

そう思いながら、俺はまた、ミナトとクシナに挟まれたままラーメンを待っていた。

本当に何でこうなるんだろうな。


〆栞
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