器の鍛え方

火影室に呼ばれた時点で、嫌な予感はしていた。

いや、嫌というか、また何か雑に人生が前へ進むな、という諦め混じりの予感だ。最近の火影室はそういう場所になりつつある。呼ばれる。座る。穏やかな顔をした火影が、わりととんでもないことを言う。俺が頭を抱える。大体この流れだ。

「上忍じゃ」

「待って早い」

ほとんど反射でそう返していた。

火影こと猿飛ヒルゼンは、今日も今日とて穏やかな顔をしている。いやその顔でそんなことを言うな。上忍って。何だ上忍って。こっちはまだ七歳だぞ。見た目が。器が。そこ大事だからな。

だが、言ってしまってから、胸のどこかでは妙に納得している自分もいる。

でも――

上忍扱いなんだよな、任務が。

それは事実だった。

中忍になってからの俺は、明らかに“便利な中忍”の範囲を超えて使われている。固定班ではない。だから足りないところへ入る。危ないところへも入る。索敵もすれば、雑務もする。伝令も、護衛も、見回りも、時には年上の下忍や中忍をまとめるみたいな動きまでやらされる。

それでいて、里の連中はそれを“うちはオビトならまあできる”で押し通してくるのだから大概だ。

俺がそういう顔をしていたのだろう。ヒルゼンは頷いて、しれっと言った。

「じゃあ上忍じゃな」

「軽い!」

本当に軽い!

何なんだよこの人。前も似たようなやり取りしたよな!? 中忍に上げる時も、下忍にした時も、何かしらこっちが頭を抱える方向で話を進めていた記憶がある。

「この下り、前もありましたよね!?」

思わずそう言うと、ヒルゼンは「ほっほっほっ」と笑った。

笑って誤魔化すな。

だが火影はそのまま、ゆっくりとこれまでを振り返るように言葉を置いていく。

うたたねコハル。
水戸門ホムラ。
そして、ダンゾウ。

上層部の名前が並ぶ時点で、ああもうだいぶ話は固まってるんだなと分かる。俺の意見を聞く場ではなく、たぶん通知に近い。

「任務結果、実力、判断力、行動力、視野」
「それらを見た上での判断じゃ」

淡々とした口調だった。

「強メンタルで不撓不屈」
「年齢にそぐわぬ落ち着きと、放っておけぬ性分」
「……些か面倒を抱え込みすぎるきらいはあるがの」

そこは否定しない。

いや、否定できない。

「最早上忍」

言い切られた。

俺は数秒黙った。

「上層部は納得してんの?」

そこが一番大事だ。

火影がどう思うかは分かる。だが、コハルとホムラはともかく、ダンゾウまで含めて素直に首を縦に振るとは思いにくい。年齢もある。うちはでもある。普通なら何かしら止まりそうなものだ。

ヒルゼンは顎髭を撫でながら頷いた。

「年齢を考慮して、特別上忍じゃ」

あ。

そこへ落ちるのか。

完全な上忍ではない。だが、中忍でもない。能力や適性に応じて任務を任される、あの枠。

なるほど。

いや、なるほどじゃないな。

「年齢を考慮して?」

「うむ」

「じゃあ年齢が高けりゃ普通に上忍ってことですか」

ヒルゼンはまた笑った。

その笑い方で、だいたい察する。

「ほっほっほっ」

「ほっほっほっ!」

思わず真似した。

「何だよその含み笑い!」

火影は今日も楽しそうだが、こっちは全然楽しくない。いや、昇格自体はありがたいのかもしれないけど、扱いがどんどん“小学生で特級相当の何か”に寄っていくの、正直かなり怖いんだよな。

前世と変わらない。

あの時も、気づけばそういう扱いだった。

五条悟に見つかるのも仕方がない、としか言えないくらいには、枠に収まらない存在として見られていた。今も結局似たようなものだ。ただ、ここは忍の世界で、俺はうちはオビトで、見せる顔も使う理屈も違う。それだけの話で、本質的にはあまり変わっていないのかもしれない。

「……で」

俺は一つ息を吐いた。

「これで給与って上がる?」

ヒルゼンの眉がぴくりと上がる。

「そこへ行くか」

「大事だろ」

俺は真顔で言う。

「増血丸、普通に高いんだよ」

実際、そうなのだ。

貧血対策は洒落にならない。反転術式で傷は塞げても、血そのものは別だ。あの夜、無堕とやり合って嫌というほど思い知った。だから増血丸は大事である。非常に大事である。

ヒルゼンは少しだけ呆れたように、それでも笑って頷いた。

「上がるとも」

「よし」

それで買えた増血丸。

貧血対策万全。

いや、万全は言い過ぎかもしれないが、少なくとも前よりだいぶ気持ちに余裕は出た。ちゃんと備蓄できる。持ち歩ける。必要な時に躊躇なく使える。これは大きい。

特別上忍になったからといって、日々の中身が劇的に変わるわけじゃない。

相変わらず何でも屋任務は続いた。
介護サポート事業も継続中だ。

影分身による年配者救助、荷運び補助、道案内、ついでに低級の祓除。里内散歩をしているだけのつもりが、いつの間にか業務へ化けている。もはや慣れた。慣れたけど、何でこうなってるんだろうなという気持ちは消えない。

その合間を縫って、俺は器の鍛え直しを進めた。

特級級との戦いで露呈した身体の限界。

あれは誤魔化しようがない現実だった。

呪力量は足りる。
技もある。
感覚もある。
でも通す器が足りない。

七歳の身体は、まだ出力の全てを許してくれない。無理に通せば壊れる。壊してから戻せばいい、では済まない負荷もある。だから、前世の感覚をそのまま持ち込むんじゃなく、“今の身体に合わせたやり方”を探さないといけない。

鍛錬の方向性は、自然と絞られていった。

呪力とチャクラの重ね方。

前までは、どうしても“どちらも使える”という感覚のまま流していた。だがそれだと、負荷の逃げ先が曖昧になる。だから、どちらを表へ出し、どちらを芯へ残すか、その比率を細かく変えて試す。

出力の通し方。

ただ強く流すだけでは駄目だ。骨格の細さ、筋肉の未発達さを前提に、衝撃が一点へ集まりすぎないよう調整する。特に近接。黒閃や逕庭拳の類は威力が魅力だが、そのまま使うとこっちの器も削れる。だから踏み込みの角度と、力の抜き方を変える。着地の仕方も変える。

反動の逃がし方。

これが一番大きかった。

拳で打つなら、肩だけで受けるな。
肩から背中、背中から腰、腰から足へ逃がせ。
器が小さいならなおさら、一箇所で抱えるな。

そういうことを、日常の中で何度も試した。

影分身と組み手。
クナイを使った軌道修正。
木の幹へ打ち込む前の寸止め。
足裏のチャクラの流し方。
水を操る時の精密さを、そのまま身体操作へ転用する感覚。

前世の自分へ、少しでも早く近づくために。

いや、正確には違うな。

前世の裏葉オビトへ“戻る”というより、今のうちはオビトとして、そこへ辿り着くための別の道を作る。そういう感じだ。前の器が恋しいのは本音だ。禪院の血筋由来の素体の強さと運動神経、あれは便利すぎた。

でも無いものを恋しがっても仕方ない。

今の身体でやる。
今の身体で通す。
今の身体で強くなる。

それしかない。

だから鍛える。

静かな鍛錬回のつもりで、日々の裏でこつこつ積み上げていく。

だが、そんな時間の中で、ひとつだけ、穏やかじゃない噂が耳へ入るようになった。

はたけサクモ。
任務失敗。

最初は、ただの断片だった。

白い牙が失敗したらしい。
仲間を優先したらしい。
里のための任務を捨てたらしい。

そういう言葉が、あっという間に形を変えながら広がっていく。

噂はいつだって早い。
しかも、こういう話ほど人は面白がる。

俺はそれを聞いた瞬間、胸の奥がひやりとした。

時期が来た。

そう思った。

運命を変えるべき、最初の人。

サクモ。

その名が、ここへ来て急に現実味を増す。遠い未来の話じゃない。もう足元へ来ている。俺が“自殺間際まで動かない”と決めていた、その線引きの時期が、思っていたより早く手の届く場所へ来たのだ。

呼吸が少しだけ浅くなる。

傍観に徹する。
下手に動かない。
流れを見誤るな。

頭では何度も言い聞かせてきた。

でも、実際に噂が耳へ入ってしまうと、静かにはしていられなかった。

サクモにとっても。
カカシにとっても。
ここは、最初の分岐点だ。

俺は鍛錬用の木柱へ触れたまま、しばらく動けなかった。

夕方の風が、里の屋根を抜けていく。
遠くで誰かが笑っている。

日常は続いている。
でも、そのすぐ裏で、一人の男が追い詰められようとしている。

「……来たか」

小さく呟く。

誰に聞かせるでもない声だった。

器を鍛える時間。
前世へ少しでも近づくための日々。
それは大事だ。

でも今、先に手を伸ばすべきものがある。

俺はゴーグルの縁を押し上げて、ゆっくり息を吐いた。

次にやるべきことは、もう分かっていた。


〆栞
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