変化は容赦無く
テーブルの上には美味しそうな食事。
昨日の二の舞にはならず、見た目も普通の料理だし味もちゃんとしたものだ。
それもそのはず、ここのポケモンセンターにはなんと、『新米トレーナーさん必見、お手軽料理レシピコトブキ編』なるフリーペーパーが置いてあったのだ。レシピさえあれば、おかしなものを作ることはない。
このフリーペーパーはポケモンセンターそれぞれで常備されている食材で作れる料理のレシピが載っているもので、訪れる人の多い主要都市のポケモンセンターには必ず置いてあるらしい。自由に持っていって良いと言われたので遠慮なく貰った。
残念ながらマサゴタウンには置いてなかったそうだ。確かにあそこは人が訪れることはほとんど無いだろうけど、少しアレな夕食時間を過ごした身としてはちょっとしたもので良いから簡単なレシピぐらい置いてほしいと思わなくもない。
「いただきまーす」
「いただきます」
二人手を合わせて、食事に手をつける。
アリマサとレンゲは先にポケモンフードを食べ始めている。アリマサは研究所生まれでポケモンフードを食べ慣れているけど、野生のポケモンだったレンゲは見るのも初めてなためか恐る恐るといった感じで食べるのは酷くゆっくりだ。味が気に入らないわけでは無さそうだから、慣れれば普通に食べられるだろう。
室内には咀嚼音と食器が小さくぶつかる音、今後を話し合う私とヒカリの会話と食事を用意している間暇潰しにつけていたテレビの音が響いている。
「この近くでポケモンジムがあるのがクロガネとハクタイだから、まずそこを目指そうと思うの」
「バッジを持ってないとテンガン山には入れないから当然だね。あ、でもクロガネとハクタイ、マップだと道繋がってそうだけどサイクリングロードって書いてあるよ」
「えー……、自転車ないともしかして通れないのかな」
「クロガネで売ってたら買えるけど……でもお金がねぇ……」
「となると……クロガネに行って、またコトブキに戻ってからソノオタウン経由でハクタイ……」
『本日昼過ぎに、コトブキシティトレーナーズスクールより、スクール内にて危険行為が行われていたという発表がありました』
会話の途中でテレビから聞こえてきたトレーナーズスクールという言葉に私とヒカリはハッと視線をテレビに向けた。
大きくも小さくもない程よい大きさのテレビ画面にはキャスターの女性が一人と、『怪我人も!? スクール内でポケモンバトル』というテロップが大きく映されている。
これは驚くしかない。スクール内でのポケモンバトルのことが表沙汰になったのは今日の昼前のことだというのに、半日も経っていない内にもうニュースになるとは。しかもこのニュース番組はシンオウ全土で放送されているもの。この時間帯なら見ている人も多い筈で、これではシンオウの住民全てに知れ渡ったといってもおかしくない。
『スクール内でポケモンバトルを行っていたのは、エリートトレーナー候補生の女生徒を筆頭にスクールに通う学生の約七割の子供達だとのことです』
スクールの生徒全員が共犯だと思っていたけど、三割はやっていなかったのか。否、怒られたくなくてやっていないと言っている可能性もあるな。
トレーナーズスクール内でのポケモンバトルは禁止だというのは、入学すると一番最初に教えられることの一つだ。スクールはポケモンについて学ぶところで、通うのはまだポケモンについてあまりよく知らない子供達。ポケモンは人の友ではあるが人より何倍も強い生き物で、何も知らない子供が迂闊に近寄るのはかなり危険なことなのだ。だから、ずっと前からスクールはポケモンバトルを禁止している。
悪い事をしたと思っていて怒られるのが嫌なら、隠しているということも有り得る。
「思ってたよりおおごとみたいな雰囲気だね」
「充分おおごとだよ。お姉ちゃんだってあの人達の嘘のせいで酷い目にあったんだから……」
テレビはトレーナーズスクールの会見の映像に切り替わっている。
真ん中に記憶より頭が寂しくなったスクールの学長が座ってしきりに額の汗を拭っていて、その左右をエリートトレーナーの服を着た中年男性と二十代後半から三十代ぐらいの女性が陣取っていた。
憎々し気な表情の中年男性には見覚えがある。スクールのリーダー格だった、あの少女の父親だ。主犯の父親がのうのうと会見の場に居るなんて一体どういうことなんだろう。
対して私の見知らぬ女性の方は、ヒカリが知っていた。彼女こそが、今日ヒカリが助けた子の母親でヒカリとジュンにポケッチをくれた人だそうだ。
会見は学長のあやふやで無駄に長ったらしい謝罪の言葉から始まる。
「………………なんか、えー、とか、あー、とかが多過ぎて何言ってるかさっぱり頭に入ってこないね」
「学長はあがり症だからね。あ、流石にカットされたか」
映像が不自然に切り替わり、エリートトレーナーの中年男性がアップで映し出された。不機嫌を隠そうともしていない。謝罪会見の筈だが、謝ろうとしているとは思えない態度だ。彼だけ別のことでも言うのだろうか。
まぁ、どうやらジュンサーに捕えられることなく謝罪会見の場にいるということが答えのようだけど。
『この度の不祥事はエリートトレーナー候補生が主体となって引き起こしたものということで、現役エリートトレーナーとして残念でならない。該当の生徒はスクールを退学処分とし、今後二度とこのようなことが起きないよう指導を徹底するつもりだ』
「……あの子は切られたか」
あの子が行ったことを脅したり金銭を握らせたりして揉み消してきたのは親であるこの男だろうに、現役エリートトレーナーとして残念でならない、だなんて随分面の皮が厚い。
だが、今回のことも揉み消すだろうと思っていたのにあの子が退学処分になったということは、庇いきれなくなったのだろうか。
もしかしてこの男に知られる前にお偉いさんまで話を通して、揉み消される前にニュースにすることで退路を塞いだ、とか。
画面がまた切り替わって、今度は女性が映し出される。
ヒカリとジュンが助けたという子の母親。エリートトレーナーは上級、中級、下級とランクがあるが、スクールの学長と並んで謝罪会見なんて場に立てるのは、スクールの運営に口を出せる中級以上のエリートトレーナーの筈だ。
すぐさまお偉いさんまで情報を回せるのは、子供が被害に遭いかけたことで当事者となった恐らく中級以上のエリートトレーナーの彼女しかいない。
『今回のことで、現在トレーナーズスクール及びポケモン協会で把握している怪我をした生徒の数は十八名、スクール内でポケモンバトルが行われていることを隠すために冤罪により退学とさせられた生徒が一名いることが調査により判明しています。まだ他にも不利益を被った生徒がいる可能性がありますので、調査を続けていく方針です。……被害に遭った生徒達には大変申し訳なく思っております。ポケモン協会は全力を持って被害者の生徒達及びその保護者の皆様に償いをさせて頂く所存です』
大変申し訳ありませんでした。
その言葉に合わせて並んだ三人が一斉に頭を下げる。
償い、などと言われても酷く今更な話だ。私がスクールに通っていた頃からなのだからもう十年近く前からのことになるだろうに、今掘り起こされてもどうしようもない。
今償われたところで起こってしまった出来事は無かったことにはならない。
というか、償いって何をしてくれるというの。
また画面が切り替わり、再び学長にカメラが戻される。
学長はそわそわと落ち着きなく身動ぎながら言葉をゆっくりと選んでいるようだ。
『えーとですね……あー、スクール内の教師とエリートトレーナーの皆さんで話し合ったのですがね、えー、その、えー、スクール内でのポケモンバトル、既に生徒の間には定着しておるようでして、はい、その、ええ、今まで通りの禁止では制限しきれないのではとの、えーと、意見が、可能性が指摘されまして』
まどろっこしい。無駄に入る無意味な音をカットすれば良いのに。字幕が入らなければ意味など頭に入ってこなかっただろう。学長は、あまりにも口が下手過ぎる。
『あー、その、まず、スクール内でのポケモンバトルが禁止されていたのは、幼い子供達がですね、危険な目に合わないように、……怪我をすることの無いようにとの思いから禁止されておりました。しかし今回のことで、禁止すると教師の目の届かない場所で、えー、こっそり、……隠れてポケモンバトルをして、怪我をしても隠してしまう、ということに繋がることが、えーと、はい、分かりました』
言葉に詰まっては無言の時間が挟まれる。予め台本を作っておけば良かったのではないかと思うのだけど、横のエリートトレーナー二人の手元には台本があるのに学長は持っていない。台本を作る余裕が無かったのか、作る気が無かったのか。
トレーナーズスクールと聞いてなんとなくテレビを見ていたが、見る気が失せてきた。
止めていた食事の手を再開し、冷えてしまったおかずを口の中に放り込む。
『無理に禁止するより、えーと、スクール内に……ば、バトルトレーニングフィールドを新たに増設し、教師達の目の届く範囲で、バトルについて指導を行いながら危険が起こらないよう気を配ってはどうか、という提案がなされ、話し合いの場にて賛成多数ということで、あー、えと、ば、バト、バトルトレーニングフィールドの、増設が決定、いたしました』
「バトルトレーニングフィールド?」
「ポケモンバトルの練習場所のことだね。他の地方にはいくつかあったはずだよ」
その名の通りポケモンバトルの練習をする場所は、トレーナーズスクール併設ということでその場で教師の指導を受けられるようになっている。スクールの生徒でなくても利用出来て、新米トレーナーが腕試しに挑んだりエリートトレーナーが生徒達に指導したりといったことが出来る場所だ。
「あんたって引き篭ってた筈なのに色々知ってんだな」
とっくに食事を終えていたアリマサが私を見上げながらそう言う。
怪訝そうな顔に苦笑いしか返せない。私にとっては知っているのが当然のことだからだ。
与えられた本は全て読んだ。何度も何度も、きっかけがあれば印象に残っているものなら思い出せるぐらい読み込んだ。暇潰しに出来るのはゲームや読書しか無かったから。
「ヒカリも雑誌を読んでたら知ってることなんだけどね」
「う……わたしは物語の本しか読んでないもん……」
「そういえばいつもヒカリが物語の本読んでたから、私はその辺り全然読んでなかったな」
読んだ本のことは思い出せるのに、物語の本はどんなタイトルがあったかも知らない。
料理のレシピ本、ゲームの攻略本、哲学やマナーについての本にポケモン図鑑。地理、歴史、古典、地方ごとの伝承をまとめた本や辞書、時事ネタからゴシップまで様々な事が書かれた雑誌類。本当に沢山読んできたのに、子供が好むような物語は手を出さなかった。
ああ、歴史や伝承の本は、ある意味物語と言えなくもない、かもしれないかな。
「森で暮らすポケモンは、森の中で人に戻って眠り、ポケモンの皮を被って村にやってくる……」
「なぁにそれ?」
「んん……こんな感じの伝承があったような……正確には思い出せないけど」
ふと思い出したのはうんと小さい頃、私が部屋に引き篭る前に読んでいたポケモン関連の本に書かれていたことだ。昔はよく読んでいたはずの本なのに、引き篭ってからは読んだ記憶が無い。どんな言い回しだっただろうか。
「それ、気になる?」
「……何が?」
「ポケモンが、皮を被ってってところ」
可愛らしい声に視線を落とせば、レンゲが面白そうな顔で私とヒカリを見上げていた。目が輝いているように見える。ゆっくり食べていたポケモンフードは空になっていた。
「見せてあげようか」
「っおい!」
「良いじゃないか。あんただっていつかは見せるつもりだったんだろう?」
「だからって、んな簡単に───!」
レンゲを止めようとするアリマサの姿に、私とヒカリは顔を見合わせ首を傾げる。ヒカリは困った顔をしていて何がなんやらといった様子だ。
アリマサとレンゲは私達の知らない話でひそひそと声を潜めて言い争っている。
「よし、ヒカリ」
「なぁに、お姉ちゃん?」
「ごはん食べちゃおう。だいぶ冷えちゃった」
そう促せば、テレビを見始めてから完全に止まっていた手を慌てたように動かし、ヒカリは掻き込むように食事を再開した。
私の方はあと二、三口で食べ終える。
『……との事ですが、資金面についてはどう遣り繰りされるのでしょうか?』
『それについては、私の方が全面的にバックアップすることになっている。他の地方にも劣らぬ施設に出来るよう、惜しみなく援助をするつもりだ』
テレビの中では記者が質問をしていた。質問タイムに移ったようだ。それに答える中年男性の表情は、憎いを通り越して恨みすら感じられるような酷い顔。
資金面のバックアップ。ああ、この男がエリートトレーナーのままでいられるのはこの為か、とピンとくる。
この男が今逮捕されたところで有り余る金を使ってすぐに保釈されるだろうし、賄賂を積んで無罪にでもなれば逆に訴えた側が難癖をつけられるかもしれない。それならこの事件をネタに資金援助をさせた方が損にならない、ということなんだろう。
結局この男もお偉いさん達も、どちらもやっていることは真っ黒だが。
「ヒカリ、トレーナーズスクールでのこと誰かに言っちゃ駄目だよ」
「んぐ、ほーひて?」
口の中に詰め込み過ぎて頬を膨らませたヒカリがもごもごと尋ねてくる。「どうして?」と言っている、んだよな。
「ヒカリが貰ったポケッチ、多分口止め料だと思うんだよね。貰う時、何か言われなかった?」
「んん……そういえば、ポケモンバトルをしてた子のお父さんのことは、知らないフリをしてほしいって言われたかも」
「……やっぱりか」
それなりに読み込んだゴシップ雑誌の、匿名のインタビュー記事が思い出される。『手伝ったらね、かなり便宜計ってもらえたんですよ。そんなにしてもらって良いのかって思うぐらい。まぁ所謂、口止めってやつですよね。受け取っちゃったから、バラそうものならお前も共犯だぞってことだ』。ヒカリとジュンがポケッチを貰ったのもそういうことなのだろう。子供へのお礼とお詫び、なんてものにするにはポケッチは高価過ぎる。
念の為、知らないフリをするよう言い含め私の考えを伝えれば、「だからこの男の人、さっき自分の子供がやったことなのに他人事みたいに言ってたんだね」と納得してくれたようだ。
トレーナーズスクールの会見はどうやら特番だったようで、質問タイムが終わると別のバラエティ番組に変わった。
食べ終えた皿を洗って片付けて、ユニットバスにお湯を溜めて。
明日はこの街を発つのだからとお風呂の準備が出来るまでの間に荷物の整理をしてしまおうとヒカリと話している時、その声は唐突に背後から聞こえた。
2/4
← | →
15/29
top