知らない街、次の街へ……行く?


「忘れ物は無い?」
「大丈夫! アリマサとレンゲも大丈夫だよね」
「問題ないぜー」
「荷物なんて持ってないからねぇ」

 そわそわと落ち着きなくヒカリは動き回る。
 ここから先は本当に見知らぬ土地だ。テレビで見たことある場所でも実際に訪れたことは無い。このコトブキシティではトラウマが邪魔をして旅に出たという実感は湧きづらかっただろうけど、この先はきっとたくさんの楽しいことや驚きが待っている筈。ヒカリはそれが嬉しいのだろう。出鼻はくじかれてしまったけど、未知への興味と好奇心はそんな些細なことを上回る。

「ジュンはどこら辺で待ってるのかなぁ。早く行かなきゃ!」

 ぎゅっと拳を握るヒカリに合わせてアリマサも気合を入れるように尻尾の炎を燃え上がらせ、レンゲは遠吠えのように一声鳴いてパリパリと静電気を発生させた。気合十分みたいだ。レンゲの静電気で膨らんでしまった髪の毛を押さえながら私はヒカリ達に部屋を出るよう促す。

「街中でバトルをするのは危ないから、街の外だと思うけど……クロガネ側か、ソノオ側か、マサゴ側……何処だろうね」
「うぅん……ジュンもジムに行くはずだから、クロガネ側、かな?」
「少し前に走っていく足音が聞こえたぞ。マサゴとは反対だったから、ソノオかクロガネの方だと思う」
「じゃあとりあえずクロガネ方面に行こうか」
「なみのりが使えないと行き止まりだけど、ミオ側もあるけどねぇ」

 ミオシティ側といえば218番道路だ。そちらは昨日ちらりと覗いてみたが、釣りを楽しんでいる人がちらほらと居るぐらいで寂れた場所だった。
 ミオシティへはムクホーク便が出ているからそちらを利用する人が多く、218番道路を移動目的で通るのはポケモンジムに挑戦するために旅をしているポケモントレーナーぐらい。というのは、昨日私がコトブキシティを色々見て回っている時に出会ったつりびとのおじさんが教えてくれたことだ。
 何故だか執拗にボロのつりざおを押し付けられて「俺の釣り方を伝授しよう!」などと言われたためさっさと会話を切り上げてしまったけど、今思えばヒカリが使うかもしれないしボロのつりざおだけは貰っても良かったかもしれない。

「ヒカリ、ボロのつりざおっている?」
「つりざお? あったら嬉しいけど、でも買うお金無いよ?」
「待てヒカリ。ボロのつりざおはコイキングしか釣れねぇポンコツだぞ」
「練習には丁度いいけどねぇ」

 慌てたようにヒカリを止めようとするアリマサは立ち塞がるつもりなのか廊下のど真ん中に仁王立ちする。
 ケラケラと笑うレンゲの可愛らしい鳴き声がざわめき始めた廊下に反響して、離れた位置の部屋のドアからちらちらとこちらを窺うポケモンの姿が見えた。
 煩かっただろうか。
 目が合ったので軽く頭を下げるとポケモンはさっと部屋の中に隠れドアを閉めてしまった。

「レンゲ、もうちょっと静かに笑おうか」
「ふっくくく……はいよー。ぶっ……ふ、ふ、ふく、くふふ……」

 あ、ダメだこれ。何故だか分からないがレンゲはツボに入ってしまったらしい。笑い声を何とか抑えようとしているが、体の震えはどんどん大きくなっていく。この様子ではいつまで我慢が続くか分からない。

「ヒカリ、取り敢えず早くポケモンセンターを出よう」
「う、うん!」

 アリマサに手を伸ばし、ぎょっとする彼を抱き上げてヒカリに渡す。次いでレンゲを自分の腕に乗せ、早歩きで廊下を突き進んだ。ずしりと重みのある体は歩く弾みとは違う振動で動いている。
 階段を駆け下りジョーイさんに部屋の鍵を返し、出入口の自動ドアに向かっていけばジョーイさんの「走らないでくださーい」という声が追い掛けてくる。
 ごめんなさいとヒカリと声を揃えて言いながら、それでも足は止めずにポケモンセンターの外へと飛び出した。
 まだだ。まだここでは駄目だ。朝の街中で騒いだら他の人の迷惑になる。
 ぶふっ、ぶふっと空気を吹き出す音が断続的に腕の中から聞こえてきていた。

「まだだよー、まだ声出しちゃ駄目だよー」

 レンゲにそう声を掛けながら私は足の動きを早くする。向かう先は、取り敢えず真っ直ぐソノオ方面。
 走って走って、街を抜ける。周囲に人は居ない。
 だるくなってしまった腕からレンゲを地面に降ろした。

「ぶっ、ふ、ふふ、ふふふ、あっはっはっはっはっはっ!」

 脳天を貫くような衝撃波に、堪らず耳を塞いで蹲った。
 地面の上で悶え転がりながらレンゲは勢いよく笑い出す。声自体はそう大きなものじゃないけれど、レンゲの高くよく響く声は至る所に反響して耳にキーンと衝撃が走る。
 翻訳機からは人の笑い声、レンゲの体からはコリンクの鳴き声。どちらも同じだけれど違う音。二つは合わさって間無しに耳から脳を揺さぶり続ける。
 あ、翻訳機を身に付けているヒカリがまずい。

「うえぇぇええ…………」
「ヒカリ! 今だけ翻訳機を鞄にしまって!」

 ぎゅう、と強く耳を両手で塞ぐヒカリのマフラーにつけられた翻訳機を、マフラーごと取って包み鞄の中に急いで詰め込む。
 これで多少はマシなはずだ。多少は。……多少は。

「ははは、はは、ぶふふっ、うえっふ、ふはっ、あっはっはっはっはっ!」

 腹が捩れる、とはまさにこういうことだろう。ゴロンゴロンと転がりながらレンゲは笑い続ける。と、同時に音の奔流に掻き回される私の脳内。
 昨夜も笑っていたけど、それとは比べ物にならない笑い様だ。きっとこれがレンゲの本当の笑い声だったんだろう。
 いつまで笑い続けるつもりなのか。
 アリマサは地面に俯せて撃沈していた。アリマサはヒカリに抱えられていたはずだけど……。……まさかヒカリが耳を塞ぐときに落とされた、なんてことではないと信じたい。
 はぁ、と息を吐き、耳を塞ぎ直す。
 青い空には鳥ポケモンひとつ飛んでいない。そりゃそうだ。もし近くにポケモンがいたなら、今頃アリマサのように伏しているだろうから。

2/5


 | 


19/29



top