知らない街、次の街へ……行く?


 ほんの数分、けれど体感的には数十分ののち、ようやくレンゲは笑い終わった。

「いやぁ、すまんね! あんなに笑うの久しぶりだったからさ、止まんなくなっちゃった」

 てへ、と小首を傾げるコリンクの姿はとても愛くるしく、どんなことでも許してしまいそうだ。けれどその愛くるしさでも今のことを水に流すことは出来ないようで、アリマサはぷんすか怒りながらレンゲに詰め寄る。

「どうせ笑うなら小分けにしろ小分けに! 昨日から思ってたが、あんた笑う時我慢してるだろ。普段から我慢してるから一度ツボに入っちまうと止まらなくなるんだぞ!」
「……笑うな、とは言わないんだ?」

 あ、レンゲの表情が硬い。笑ってはいるけど、強ばっているように見える。
 ヒカリもそれに気付いたようで、おもむろにしゃがみこむとレンゲの頭をそっと撫で始めた。
 きょとりと瞬いたレンゲにヒカリは柔く笑いかける。

「笑うな、なんてここにいる誰も言うわけないよ。笑うのはみんな自由だもん」
「でも声はもうちょい控えめにしろよー。今みたいにでかい声で何分も笑い続けられたら耳が死ぬからな」

 アリマサの声にはどこか切羽詰まった響きがある。ポケモンは人より耳が良いから、私とヒカリよりダメージが大きかったのかもしれない。
 それでも、ヒカリと一緒で笑うなとは一言も言わない。

「それに、こんなに凄い声なら鳴き声をバトルで攻撃に使えるかもしれないし! 笑わないようにするんじゃなくて、笑うことでもっと大きな声を出す特訓になるかも!」
「んな!? おい、ヒカリ!?」
「ぶっ、ふふふふ……!」

 とんでもないことを言い出すヒカリに私とアリマサはぎょっと目を見開いた。コリンクはなきごえの技を覚えないのに、レンゲの鳴き声を利用しようだなんて。確かにあんなに威力のある鳴き声をバトルで使えれば攻撃の幅は広がるだろうし、技としてカウントされないから実質レンゲは五つの技を公式戦で使えるのと同じといえるだろうけど。……恐ろしいことを思い付かれてしまったのかもしれない。
 再び笑い出すレンゲにアリマサが顔を青くして勢いよく耳を塞ぐけれど、今度は耳が痛くなることは無い。昨夜のように加減してくれているようだ。
 きらりと、レンゲの目尻が陽の光に当たって光る。

「あたし、あんたのポケモンになれて良かった。そう決めたのは十年前だけど、あたしの人を見る目に狂いは無かったみたいだねぇ」

 穏やかな声に脳裏を掠める記憶。
 そう、そうだ。十年前だ、あの少女に出会ったのは。

『おねえちゃん、おうたとってもきれい!』
『……そんなこと、無いけど』

 無表情な、人形みたいな金の瞳の綺麗な少女。
 何が気に入ったのかヒカリはそんな少女にしつこいくらいに付き纏って、何度も何度も歌をせがんでいた。
 最初は無表情だった少女は請われるままに歌を歌い、そのうちに表情は柔らかくなっていった。
 そうして日が暮れる頃にはにこにこと笑うようになって、一番最後に見たのは、昨夜もしていたあの胡散臭い笑顔。

『そんなにあたしの声が気に入ったなら、またいつかあんたの傍で歌ってあげる』

 あの時に、ヒカリのポケモンになると決めていたのか。
 それから十年もヒカリを待ち続けていたのか。
 そしてヒカリは、覚えていないにもかかわらずまた声を気に入ったのだと言って、レンゲを連れて来た。

「……ヒカリ、今度レンゲに歌を歌ってもらったら?」
「歌?」
「そう。レンゲは歌が上手なんだよ。昔約束してたでしょう」

 ちらりとレンゲを見ればにんまりと笑っている。きょとんとしたヒカリはやっぱり覚えていないみたいだけど、レンゲはきっとあの約束を果たすためにヒカリの前に現れたんだ。
 お節介かもしれないけど、お膳立てをしてみる。あの時のヒカリはまだ三歳。思い出す可能性はかなり低いから。

「あんたは思い出したんだね」
「ヒントを貰えたからね」

 十年前と言われなければ思い出せていたか怪しい。五歳の時のこととなれば流石に記憶もあやふやだ。

「……ね、ヒカリ。今日のジュンとのバトルで、早速鳴き声使ってみない?」
「良いの?」
「上手くバトル中に使えるようになるには、練習あるのみでしょ」

 茶目っ気のあるウインクを繰り出すレンゲに、翳りはもう見られない。
 笑うな。レンゲはそんな言葉を周囲のポケモンから言われたのだろうか。確かにレンゲの笑い声は攻撃になり得るぐらい凄まじい威力だったから、周囲のポケモンからしたらたまったものじゃなかったかもしれない。もしかしたら、笑い声だけでなく喋ることさえも制限されていた可能性もある。
 そんなレンゲの声を気に入って歌をせがみ、声をポケモンバトルに利用できないかだなんて言い出すヒカリ。
 ……嬉しかったんだろうな、と今のレンゲを見て思う。

「んじゃ、そろそろ行こうぜ。ジュンも待ってるんじゃねぇか?」
「あ、そうだね! 行こう、アリマサ、レンゲ、お姉ちゃん!」

 ヒカリの元気な声につられて私達は歩き出す。ひとまずコトブキシティに戻って、そこから右に行くか左に行くか……ヒカリ次第だ。

「そういえば、レンゲはなんでさっき笑うの止まらなくなったの?」
「ん? ああ、アリマサがちっちゃいのに廊下に立ち塞がろうとしてるのが面白くて」
「…………俺が原因かよ!」

 前を歩くヒカリと、ヒカリに並ぶ二匹。他愛ない話に花を咲かせる姿は眩しく感じられて、私は手で顔の前に日陰を作り、すっと目を細めた。
 ポケモンと、トレーナー。
 私だけが異物だ。

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