トラウマは意外と近くにある



 身支度を整えて、朝食をレストランで食べる。本当は節約したいところだけど朝ご飯は一日の活力、ということで朝は美味しいものを食べることに満場一致で決定した。朝からイマイチの気分になるのは御免こうむりたい。
 そうして朝から元気いっぱいなヒカリとアリマサはポケモンセンターを文字通り飛び出した。
 アリマサはナナカマド博士の研究所生まれ、ヒカリはフタバタウンを出るのは数年ぶりということで、フタバタウンより先はほぼ未知の世界。テンションが振り切れたらしい。
 一目散にマサゴタウンの外を目指して走っていってしまったヒカリ達を私はのんびりと追い掛ける。今着ている服は昨日買ったばかりのものだ。転んで汚したくはない。

「おねーちゃーん!!」

 一度草むらに飛び込んだヒカリが大きく手を振る。ミニスカートと靴下の間の絶対領域が酷く眩しい。草むらに入るのに生足はどうかと思うが本人が気にしないのなら何も言わないことにした。ヒカリにはよく似合ってるし。ミニスカートがどんな服より動きやすいというヒカリの主張も否定しない。ただしスパッツだけは履くことを強要したが。
 はやくはやくと急かすヒカリの傍に寄るともう一つ人影があることに気付く。

「あ、どうも初めまして。コウキといいます」

 ヒカリの隣に立っていたのは人の良さそうな笑みを浮かべたヒカリと同じぐらいの年頃の少年だった。マサゴタウン出身でナナカマド博士の助手をしており、ヒカリとジュンがパートナーを手に入れた時に立ち会ってヒカリ達と同じくポケモン図鑑を所有しているらしい。簡単に自己紹介を終え、ヒカリとコウキはそのまま話し始める。
 出会ったばかりだというが二人は仲が良さそうだ。

「そういえばヒカリはポケモンの捕まえ方知ってる?」
「えっ、と、モンスターボールを投げてぶつけるんだよね」
「基本はそうなんだけど……よし、僕が見本を見せてあげるよ!」

 とんとん拍子に話が進んだかと思えばコウキは草むらに足を踏み入れる。ヒカリもそれに着いていき、草むらから飛び出したアリマサがヒカリの背中に張り付いた。……私も着いていくべきだろうか。
 ヒカリ達の歩いた所を慎重に踏み付ける。ポケモンは草むらから飛び出す。きっと誰かが通ったあとならポケモンは出てこないだろう。私はトレーナーではないからなるべくヒカリから離れないようにしなければ。と、考えていたところで足元からばさばさと羽ばたきが舞い上がる。

「うわ」
「ぴきゅくるくぴー!」

 つぶらな瞳。モノクロのカラーリング。特徴的な甲高い鳴き声。ムックルだ。……人が歩いたあとでも出てくるのかよ!
 ムックルがくちばしを突き出してくるのを避けて草むらを移動する。

「お姉ちゃん!」
「行け! ナエトル!」

 コウキが投げたモンスターボールから緑色の小さな姿が飛び出し、どっしりと大地に足をつけた。ナエトルは私とムックルの間に立ち塞がりムックルの注意を引く。

「体当たりだ!」

 ムックルはナエトルを相手だと認識したのか私の顔の高さを飛んでいたのに地面に舞い降りる。そこにすかさずコウキの指示が飛び、ナエトルは重そうな見た目とは裏腹に素早くムックルに肉薄しその胴体に背中の甲羅をぶつけた。
 ムックルは鳴き声を上げながら後ろにひっくり返り、けれどまだ動けなくなる程のダメージでは無かったようですぐに起き上がり闘争心の篭った瞳でナエトルを睨み付ける。
 互いに隙を探すように動きが止まった。

「いまだ」

 コウキがいつの間にか手に持っていたモンスターボールをムックルに向けて投げる。
 ムックルははっとモンスターボールを見て羽ばたくがナエトルの唸り声に一瞬躊躇し、ぽこんと頭にモンスターボールが命中した。
 モンスターボールは地面に落ち、カタカタと揺れた後カチリと留め具が止まるような音がして動きは止まる。

「こんな感じ、かな」
「す、すごいすごい! ムックル捕まえちゃったんだ!」
「本当はもう少し体力減らしたり状態異常にした方が捕まえやすいんだよ」

 捕まえたばかりのムックルを見せてもらってヒカリは大はしゃぎだ。ただ、コウキだけの時と違って少し距離を取っている。ムックルはまだ小さく大人しい部類に入るポケモンだが、近寄るのは抵抗があるのかもしれない。
 コウキはヒカリにモンスターボールを幾つか渡しているが、それが使われるのはいつになることやら。

「それじゃ、僕は次の街に行くよ。ここから先はポケモントレーナーとのバトルもあるけど大丈夫?」
「きっと、大丈夫。頑張るよ!」
「そっか。頑張って! じゃ先行くね」

 ぺこりと私に向かってお辞儀をするコウキに手を振って、私はヒカリに近付く。ヒカリの背に張り付いたままだったアリマサが何かを言いたげな顔で私を見上げ、ヒカリは笑って振り返る。

「大丈夫?」
「うん、大丈夫」

 ヒカリはほんの少し震えていて、その言葉は虚勢だと分かり切っていた。顔だって引き攣っている。
 アリマサのレベリングの時は平気そうだったけど、それは間にアリマサが居たから大丈夫だったのだろう。直に近付くのはまだ難しそうだ。

「行こう、お姉ちゃん。わたしとアリマサでお姉ちゃんを守るからね」

 気丈に前を向くヒカリはこうやって変わろうとしている。私を後ろに庇うことで退路を絶って。

「うん、行こうか」

 二人で草むらを進む。途中出会ったポケモントレーナーとは危なげなくバトルをこなし勝っていく。
 テンションを持ち直してきたヒカリが自然な笑みを浮かべるようになる中、私は一抹の不安を感じ始めた。
 次の街はコトブキシティ。
 もしかしてヒカリは、ヒカリがポケモンを苦手になった出来事が起こったのがコトブキシティだということを忘れているのかもしれないということに気付いたのだ。
 三人目のトレーナーに勝ったヒカリはアリマサとハイタッチをしている。
 ……まぁ、なるようになるか。
 どうせ必ずコトブキシティは通らなければならない。まだまだ旅は始まったばかり、駄目そうならさっさと通り過ぎよう。
 そう、私は思っていた。

 辿り着いたコトブキシティ。
 先に着いていたコウキ曰く、届け物を届けなければならないジュンはトレーナーズスクールに入っていったらしい。
 それを聞いたヒカリの顔色が目に見えて真っ青になる。
 なんだってそんなピンポイントで行きたくないところに。トレーナーズスクールこそ、ヒカリのトラウマとなる出来事が起こった場所だった。
 ついでに、私のトラウマの場所でもある。
 さてヒカリはどうするだろうか。



3/4


 | 


5/29



top