思い出話なんて一瞬で終わるもの



 これは私が七歳、ヒカリが五歳の時の話ね。
 私はトレーナーズスクールに通っていた頃で、ヒカリはまだ小さかったから通ってなかったんだけど、あの日は、母が用事があって留守だからと私はヒカリをトレーナーズスクールに連れていくことになったんだった。
 ヒカリは物珍しかったみたいでスクール内を探検してて、私もスクールの先生に許可を貰ってヒカリに付き添ってた。
 それで普段は行かないスクールの裏庭とか見ててね、……そこで見ちゃったの。
 多分今もそうだと思うんだけど、スクール内ってポケモンバトル禁止でしょう? ポケモンをボールから出すのも駄目だったと思うんだけど、私とヒカリはスクールの裏庭で、先生達に隠れてバトルをしてる子達を見つけたの。
 言い出しっぺは多分、両親がエリートトレーナーで本人もエリートトレーナーになるつもりの子だったと思う。あの頃はあの子がスクールに通ってる子達のリーダー的存在で、親が凄い人だってこともあって先生達もあんまり注意してなかったみたいだから。
 正直、あの子には良い印象は無かったな。あの子の親はスクールに結構寄付とかしてたみたいだから、何かやらかしても、あの子叱られること無かったんだよね。
 それで、禁止されてるバトルをしてるとこを見ちゃった私とヒカリなんだけど、運というかタイミングとか悪かったみたいでさ、バトルしてたのズバットとビッパだったんだけど、ズバットの超音波でビッパが混乱してヒカリに向かって突進してきたんだ。
 ビッパなんて小さいし、子供の手持ちの子ならほとんど育ってない。
 だけどヒカリはまだ五歳で身体も小さくてビッパとの大きさの差なんて無くて、間近でポケモンを見るのも初めてだったせいか突進してくるビッパを避けることも出来ずに固まってた。
 混乱してるってことは手加減なんてされてない攻撃だから、あの時は血の気が下がったな。
 ヒカリを庇おうにも私だってまだ小さかったし、咄嗟に何も考えられなかったし。
 でもヒカリに攻撃を当てさせる訳にはいかなかったから、私は、……ビッパを蹴飛ばした。
 ビッパを蹴飛ばした時の軽い衝撃は、今でも思い出せる。
 本当に、本当に軽かったんだ。無我夢中で、どれだけ力を込めてしまったか分からないけど、凄く軽かった。
 ビッパはそのまま動かなくなった。
 しんと辺りは静まり返っていて、ポケモンバトルをしていた子も、その取り巻きの子達も皆私を見てた。
 私はぼんやりとビッパを見てて、確かそれから少ししてヒカリが泣き出したんだったと思う。
 その声を聞いてスクールの先生が来て、周りは一気に騒がしくなったんだけど私そのあたりあんまり覚えてないんだよね。
 ヒカリはずっと泣いてて、私はビッパを見続けてて、スクールのリーダー的存在のあの子が先生に「サキちゃんが野生のポケモンを蹴った」って訴えてる声だけがはっきり聞こえてた。ポケモンバトルっていうスクール内で禁止されてることをやってたせいかな、自分達が怒られないようにって他の皆もあの子の味方をして、私はスクールの先生全員に囲まれて怒られた。
 言い訳なんて、言う暇も無かったよ。寄って集って怒鳴られて、あなたみたいな子トレーナーになっちゃいけないって言われ続けるの。
 ヒカリだけが、泣きながら首を横に振って違うって言ってくれた。誰もヒカリのこと気にしてなくて、結局私が悪いってことで話は終わってしまったけど、ヒカリだけが私の味方だった。
 それから母が迎えに来て、母からも怒られた。いつの間にかいろんな所に話が伝わってて、スクールを出たらコトブキシティですれ違う人皆にヒソヒソされて嫌な気分になったな。ヒカリは全然泣き止まずに帰る途中で気絶するように寝てしまって、私は母に引き摺られるように手を引かれて無言の気まずさに耐えながら家に帰った。
 スクールの先生も、街の人も、母も、誰も私の話を聞いてくれやしない。
 せめて母だけは、娘の話を聞いてくれても良かったんじゃないかなんて思うんだけどね。
 次の日からは近所の人や親戚が代わる代わるわざわざ家にやってきて、ねちねちと嫌味を言うようになった。暇な人達にとって私は格好のいじめの的だったんだ。毎日やってくる異様な雰囲気の客に、ヒカリは怯えてるみたいだった。
 そのうち父が家に帰ってこなくなって、私達はフタバタウンに引っ越した。凄く静かでね、なんだか嵐の前の静けさのようで、落ち着かなくて私は部屋に引き篭るようになった。引っ越す前は外にばっかり気が向いてたんだけど、フタバタウンはあんまり静かだったから今度は内が気になるようになったんだ。
 ……うん、母とね、同じ空間に居たくなかったんだよね。
 母は怒った時以来、私と話さなくなった。ちゃんと食事の準備とか服の用意とかはしてくれてたし遊び道具を買ってくれたりもしてたから育児放棄ではないんだけど、ずっと無視されてたんだ。視線は合わないし話をすることも無い。買ってくれた遊び道具は寝ている間に部屋に増えてる。まるで母は幽霊を相手にしているみたいだった。
 私は部屋に引き篭もり、ヒカリはあんまり外に出なくなった。
 フタバタウンは人口自体少なくて、歳の近い子なんてジュンぐらいしかいないから外で遊ぶ時はジュンが迎えに来た時だけ。それに母が私を無視するようになった分ヒカリを可愛がってて、家の中で構い倒してたし。私を無視してヒカリばっかり可愛がる母に、ヒカリも何か思うところがあったんじゃないかな。あの頃の母はかなり不安定で、異常だったから。
 それに、今思えばヒカリはポケモンに襲われかけたあの時からポケモンが苦手になった筈だから、外に出るのは嫌だと思ってたのかもしれない。
 あんなにポケモンが大好きで、トレーナーズスクールに通っていた私を羨んでいて、早くトレーナーになりたいが口癖だったヒカリが、あの時からポケモンのことを一切話題に挙げなくなったの。
 だからきっと、ずっと通いたがってたトレーナーズスクールは、ヒカリにとって嫌な思い出の場所になったんだろうなって思ってた。
 これが、私がトレーナーズスクールに行きたくなかった理由。
 ヒカリが自分で家を出るって決めたのに、嫌な思いをした場所に心の準備も無しに行って旅をするのが嫌になったらどうしよう、って。
 私もあまり近付きたくなかったしね。私の事を覚えてる人がいて何か言ってきたら、ヒカリも嫌だろうから。
 本当に、大した話じゃないね。
 長々とごめん。
 私達がトレーナーズスクールに近寄りたくなかったのは、ヒカリがポケモンに襲われかけた場所で、私が嫌な思いをした場所だから、だよ。
 なんだ、纏めると凄く短いや。
 結局のところ、私がビッパを蹴飛ばしてしまったのが悪いんだよね。
 あの時私がもっと別の方法でヒカリを助けれていたら、ヒカリはこんなに酷くトラウマに思うことは無かったんだろうな。


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