名前もまた母親と同じ様に孤児となった。
不幸中の幸いか、気の毒に思った娼館の主人が身請けをしてくれたものの、それは母親の時と同様未来の稼ぎを見越した下心でしかなく、幼い名前は雑用として駒使いをしながらせめて身体だけでも早く大人になる事を望まれながらただ月日が過ぎるのを待つだけの日々を強いられていた。
約束された未来が明るいものではない事を幼いながらに知っていた名前は、未来を悲観し荒れていた。


「娼婦になれば腹一杯食わせてやる」が娼館の主人の口癖だった。
客を取るまでは金食い虫だと娼館でも肩身の狭い暮らしを強いられ、食事も娼婦達の余り物や、それすらない日は僅かなパン切れを申し訳程度に貰うだけの日々。朝から晩まで休みなく働いているのに#は毎日腹が空いてたまらない。
満足に食べられないせいか、身体は歳の割には大きくならず、不幸中の幸いかなかなか客を取るには至らなかった。
娼婦にこそなりたくはないが、生きていれば腹が空く。
そのため名前は、度々娼館を抜け出しては、港に停泊している船に忍び込んでは食料をくすねて腹の虫を鎮めていた。


その日もいつも通り、日が落ちた頃名前は足早に港へ向かっていた。
夜間に港に停泊している船は基本的に港で夜を越すため、忍び込んでいる隙に沖に出てしまう心配も少ないし、船員は夜は街の酒場や娼館に出向いて出払っている事が多く、盗みに入るにはうってつけのタイミングだ。


とはいえもたもたしていると、名前の働く娼館に客が出向く頃合いになる。客が来れば名前も雑用でこき使われる為、それまでには戻らなくてはならない。 


港に着くと、いつもは1隻船がいるかどうかの小さな船場に、珍しく大小いくつかの船が停泊していた。その日は海が荒れていて、どうやらそのせいらしい。
並んだ船達をざっと吟味すると、ある一つの船に目が止まる。
大きな白鯨の船首に、沢山連なった帆。
秀でて目を引く一際大きなその船を、名前はその日のターゲットに定めた。


「よいしょ…っと、」


船体が大きく、陸から見上げる形では内部が全く見えなかったが、船上に灯がない事と物音がしない事から梯子を登ると、どうやらその読みは当たっていたらしく船内には人気が感じられない。
ここから食糧庫を探して、その場で少しのつまみ食いと、持てる範囲で食材を拝借しお暇するまでざっと20分もあればという所だろうか。


立派な船だが、どこの船もそう大きく造りは変わらない。
手慣れた手つきでそっと扉を開けて甲板から船室へ入り込む。
食堂らしいその部屋には大きなテーブルと沢山の椅子が置かれて、これは食糧の在庫にも期待できそうだと名前の口元には自然と笑みが浮かぶ。
足取り軽快に更に奥に進むと、扉が1つ。
静かにその扉を開けると、早速ビンゴだったらしい。大量の食材が置かれた食糧庫に辿り着いた。



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