「わぁ…!すごい沢山」


船旗からするに海賊船だろうと踏んで乗り込んだが、どうやらよほどの大所帯らしい。
壁面にずらっと並んだ棚と床に雑に積まれた木箱の中に、見渡す限りの大量の食糧の山。
野菜と果物、パンに缶詰、干した肉。
そして樽と瓶に入った大量の酒。
そこには、名前が産まれてこの方目にしたことがないほどの量の食糧があった。


ほんの僅かな小遣いを手に商店で商品を見繕う時のように思わず目移りしてしまう。
しかしのんびりしている時間はない。
名前は棚から1つのパンを手に取り片手で齧りながら、缶詰や干し肉など日持ちのしそうな食材を適当に手に取り、斜め掛けにした布のバッグの中に次々と詰めていく。
バッグぱんぱんにあれこれ詰め込み、そろそろおいとましようとくるりとドアの方に体を向けると、ある木箱が名前の目に留まった。


「うわぁ…おいしそう」


木箱に入った林檎の山。
真っ赤でツヤツヤなそれは土地が荒れた名前の住む島では獲れず、貿易でよその島から入ってこないとなかなかお目にかかれない代物だ。
そして何より、輸入された食材は大変高価で、名前の手に届く様なものではなかった。
しかし名前は一度だけ林檎を口にした事があった。
まだ母が生きていた時、母の馴染みの貿易商の客が母に手土産として持ってきたものを母が持って帰ってきて食べさせてくれた事があった。
蜜がぎっしりと詰まったそれは大変甘美で、幼い日の記憶ながらその感動を名前は鮮明に覚えていた。


林檎ならいくらか日持ちするだろうと、カバンに詰めた缶詰をいくつか棚に戻して、やはり今日の船の見立ては大正解だったとすでにご満悦な名前は、軽く口笛を吹きながらカバンの空けたスペースに1つ2つと林檎を詰める。
すると木箱の下の方に1つだけ目を引く柄の奇妙な林檎が目に留まった。


たしかに林檎の様なサイズと形をしているが、ぐるぐるとした柄と不思議な色をしたそれは、見たことのない果実だった。
ゴクリ、名前の喉が鳴る。
毒林檎ではないかとの懸念も一瞬頭をよぎったが、そんな事以上に、もしかしたら林檎以上に甘美な果実なのではないかという期待と好奇心が上回る。
名前の手は無意識にその不思議な果実に伸び、口元に運ぶとシャクリ、と齧り付いた。



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