電車が来るまでふたりきり

今日は伏黒くんと近場での任務だった。
特に私が何がするような場面もなく、伏黒くんの大活躍で呆気なく任務は終了し、二人で迎えを待っていたのだが、補助監督である伊地知さんが五条先生の無茶ぶりで迎えに来れなくなったので電車で帰ることになった。

私と伏黒くんは高専の同期だ。
まあ、同期だからと言ってすごく仲がいいって訳ではなく、会話は正直あまりした事がない。
と言うよりも、私が一方的に伏黒くんを慕っていて恥ずかしくてなかなか話しかけられないというのも会話が少ない原因の一つな気もする。

そんな憧れの伏黒くんと二人きりで駅のホームで電車を待つ。あまり本数の多い電車では無く、次の電車まであと30分もあるのに、何を話せばいいか分からず沈黙が続く。

「…お前、虎杖と仲いいよな」

沈黙を先に破ったのはまさかの伏黒くんだった。
いきなり何故虎杖くん?と思ったが、まあ、確かに伏黒くんと比べれば会話する頻度も高い。

「話す機会は多いかも」

私の返事に「ふーん」とだけ返してまた無言になる。
せっかく伏黒くんから話しかけてくれたのに、もう少し話題の広がるような返答が出来なかったのかと自分に呆れる。

「虎杖の事好きなのかよ」

沈黙を再び破ったのは伏黒くん。
それも、またしても思いもよらない一言だった。え、虎杖くんを?すき?私が?なんで?突然の脈絡も無い言葉に衝撃を受け、私はすぐ返事をすることが出来なかった。

いや、もしかしたら沈黙が気まずくて伏黒くんなりに考えてくれた結果がこれだったのかもしれない、なんて返事すれば会話を続けられるだろう、なんて色々な事を考えていると突然腕を引かれる。

「えっ」

ぐいっと強い力で引かれたせいで私は体ごと伏黒くんの方へ傾く。そのまま抱きしめられるような形になり、あまりに突然だったのでそのまま硬直してしまう。

「俺じゃダメなのか」

そう耳元で呟かれ、伏黒くんは私の体から離れる。相変わらず掴まれた腕はそのままだ。

一瞬の出来事だったが、確かに今彼に抱きしめられ、今日いちばんの衝撃的な一言が聞こえた気がする。頭が一生懸命今起きたことを処理しているが全く追いつかない。バクバクとうるさい心臓がそのまま口から飛び出しそうで吐きそうになりながら必死で言葉を振り絞る。

「ダメ、じゃない、です」

振り絞って出した声は駅のアナウンスで全てかき消されたけれど、伏黒くんは何事もなかったように「行くぞ」とだけ言って掴んでいた私の腕から手を離したと思うと、今度は私の左手をぎゅっと掴まれる。

さっきの返事が彼に聞こえていたのかどうかはまた後で聞くことにして、今はとりあえず熱い左手に意識を集中しないように、このバクバクとうるさい心臓を落ち着ける事に集中しようと思いながら乗りこんだ電車内の床を見つめた。