ロマンチックには程遠い

好き

自分よりも高く、優しい声を振り絞るように発された言葉を聞いてガツンと頭を何かで思い切り殴りつけられたような衝撃を受けた。

名字さんは高専時代の自分よりも一つ上の先輩で、高専時代から密かに憧れていた人だった。

情けない話、高専を卒業してからも何かと接点はあったのだが大人になっても、未だに気持ちを伝えることは出来ないでいた。

そんな彼女からの思わぬ言葉に、頭の処理が追いつかないのは当然といえば当然だった。

長い時間自分は呆然としていたき気がしたが、実際は数十秒、むしろ数秒程しか経過していなかったのかもしれない。

ぎゅうっと履いているスカートが皺になるほど強く握っている彼女の手を見ると、その手は小刻みに震えていた。

「名字さん」

ようやく出た声は自分で思っているよりはるかに情けない声だったように思う。

自分よりも幾分も小さな彼女が振り絞るように、囁いた声よりもはるかに小さく、情けなかったことは確実だ。

名前を呼んだ瞬間に、相変わらず力強くスカートを握ったまま彼女の肩がびくりと跳ねるのが視界に入る。
黒い髪が揺れて白い頬を撫で落ちていくのが嫌にゆっくりと感じる。

「七海のこと困らせるつもりはなかったの」

ごめん。と謝罪の言葉を述べて彼女は頭を下げる。
黒い前髪の隙間からちらりと見える彼女の大きな瞳はこちらを見ようとせず、下を向いたままだ。
一瞬だったが、彼女の長いまつ毛に透明な雫が見えた気がした。

申し訳無さそうに俯く彼女を半分無意識に自分の方へ引き寄せると、小さな体はいとも容易く腕の中に収まってしまった。

「困ってませんよ」

震える彼女を自分の腕の中に収めて、言えた言葉がこれだった。
たった一言にこんなに動揺するなんて自分らしくないそう思った。先程から柄にもなく頭の中はぐちゃぐちゃだった。

ぐちゃぐちゃの頭で自分が考えるよりも先に彼女を腕の中に収めてしまったことに自分自身が一番驚いている。

「本当に?」

腕の中で自分よりも幾分も小さな彼女は自然とこちらを見上げる形になり、ようやく見えた潤んだ深い黒い瞳に自分が映る。
映った自分は想像しているよりもはるかに動揺した、情けない顔をしていた。

「はい」

表情を今更取り繕う事も出来ず、彼女の問いかけに短く返事をすることしか出来なかった。

困るものか、ずっとあなたに思いを寄せていたんだから。

先程のたった二文字の返事に嬉しそうに笑う名字さんの顔を見て、もうこれ以上情けない顔を見られたくなくて彼女の唇を噛み付くように塞いだ。