「待って!ねぇ、お願い待って!」
去り行く数多の背中に手を伸ばす。走っても走っても、背中に追い付く事はなく、私の息だけが乱れていく。
待って。待って。
喉が潰れそうに成る程何度も何度も叫ぶけれど、誰1人として振り返ることはなく、背中は私からどんどんと離れていった。
「お願い待って!――私を、1人に…しないで…っ」
手を伸ばした先に、既に背中は無くて。膝から崩れ落ちた私は両手で顔を覆った。
どうして、どうしてこんなことに…
目を覆っていた膜は崩壊し、涙が後から後から溢れ出てくる。両手で支えられなくなったそれらは、手首の方から下に流れていった。
ポタリと地面に落ちた雫は、波紋を鳴らす。地面は脈打った様に1度跳ねると、次の瞬間にはただ真っ白な景色から情景を一変させた。
そこは見慣れた本丸の風景。桜の花弁が踊るように舞い、庭では短刀たちが鬼事をしている。そんな、日常風景。
けれど、そんな日常風景に違和感が1つ。
何時もなら私の姿を見れば誰かしらが声を掛けてきて遊びに誘ってくれるのに、鬼事の最中、彼らは何度私と目が合おうともそっと視線を反らすだけで声を掛けてこようとしない。つう、と背中に冷や汗が流れた。
嘘、違う、此処は私の本丸じゃない、私の本丸はもっと温かくて、騒動と笑い声が飛び交ってて、こんな、こんな他人行儀なところじゃ――
ドクン、鼓動が脈打つ。瞬きを1回すれば、視界は再度あの真っ白な景色に変わっていた。
「い、や…お願い、誰か…誰か私を…わたしを」
――見て
全身が震え、もうどうしていいのか分からない。お願い、私を見て。私を認識して。私に触れて。私に声を掛けて。お願いお願いお願い!そうでないと、私は――
「大丈夫だ、大将。忘れてないか?俺っちが居るだろう」
後ろから2本の腕で抱き締められた身体。次いで耳元で囁かれる言の葉。この声は――
「や、げん…?」
「おいおい、そんな情けない声出さないでくれよ。何時もの無駄に元気な声はどうした?」
「やげ、ん…っ薬研薬研薬研!」
「大丈夫だ、大丈夫だからな、大将」
身体を回転させ正面から薬研に抱き着けば、背中をポンポンと叩いてくれた。それだけで酷く安心できてしまい、涙腺は再び崩壊する。
「大丈夫だ大将。これからはずっと、ず――っと、2人っきりだからな」
私の首を絞めたのは誰――?