「HoHo〜、ものすご〜く濁った『色』な〜?お姉さん、大丈夫?」
「え……っと、」
「ソラ。先に挨拶をしなさイ」
「そうでした!ごめんなさい。お姉さん、はじめまして!宙は春川宙っていいます!」
ぐちゃぐちゃに沈みきったあの日からしばらく来客のなかった病室に、花が咲いたような明るい黄色。ぺこりと頭を下げた少年は以前も見かけたことがある。
「ええと……はじめまして、片桐雪華です」
「HaHa〜!ししょ〜から聞いてるな〜。宙とも仲良くしてくれたら嬉しいです!」
少年にならい挨拶を返せば、ニッコリと眩しいくらいの笑顔が返ってきた。
こういう子は近くにいたことがないから、何だか新鮮だ。
「ソラも立派な魔法使いだからネ、落ち込んでいるだろう雪華ちゃんの気を紛らわせようと思って呼んだんダ」
さらりと説明する夏目くんに思考が止まる。落ち込んでいることを知っているということは、夏目くんは、つまり。
「雪華ちゃんはよく頑張ったヨ。花丸をあげよウ♪」
「……っ、」
優しく頭を撫でる手に、思わず泣きそうになる。
宙くんが心配そうに私の手を握った。
「雪華さんは、今は苦しそうな色だけど、でも、とってもキレイな色です!ちょっとセンパイの色とも似ています!きっとすごく素敵な人な〜」
宙くんの言葉はよくわからないけれど、多分褒められた……んだと、思う。つむぎくん以外の人に褒められるなんて久しぶりな気がして、小さく笑みが零れた。
あんなにぐちゃぐちゃでなにもわからないような状態だったのに、まだ笑えるんだ、私。
「……なんか、変な感じ。こんな時でも笑えるんだね」
「人と話しているだけでも気は紛れるものだしネ。雪華ちゃんはそういうコントロールが苦手そうだし荒療治も兼ねてル」
「宙の魔法で雪華さんが笑ってくれたなら嬉しいです!」
「そうだネ。ソラにも花丸をあげよウ♪」
優しく笑う夏目くんが今度は宙くんの頭を撫でる。
宙くんも嬉しそうで、眺めているうちにぐるぐるぐちゃぐちゃ悩んでいた気分が嘘みたいに穏やかになっていた。とはいえ、何も根本的解決にはなっていないのだけど。
「夏目くん。あのね、……ありがとう」
「ボクが勝手にしたことだヨ。それに雪華ちゃんはまだ、もっと幸せになれるはずダ」
「……え?」
心からの感謝を述べれば、夏目くんは悪戯っ子みたいに笑った。
「勝手にバッドエンドにされるのは気がすまないからネ。おせっかいかもしれないけど手出しさせてもらうヨ」
「ししょ〜、ゲームの話です?」
「……まァそんなとこかナ」
人の恋路を勝手にゲームにしないで欲しい……と思ったものの、夏目くんには助けられているし文句は言えない。
それに夏目くんなら、本当にハッピーエンドを連れてきてくれそうな気がした。
*****
終わりの刻は必ずやってくる。
その先に悲しみを残さないように、その瞬間が辛くないように。私が私に用意したたくさんの枷を、夏目くんと宙くんは壊して解いていく。
嘘みたいに穏やかで夢みたいに楽しくて幻みたいなこの瞬間に、つむぎくんもいたらもっと楽しいんだろうなという気持ちを捨てきれなかった。
何年もの幸せを凝縮したような「いま」、つむぎくんさえいればきっと私は世界で1番幸せだ。
*****
いつ来るかわからない終わりを怖がって、離れたのは俺の方だった。
毎日のように夏目くんや宙くんから誘われる彼女のお見舞い。いつも通り、普段通りに彼女の病室を訪れればいいだけなのに、どうしてかそれが出来ずにいた。
以前のように仲の良い幼馴染でいることが、彼女を傷つけすぎないための最善の方法だと思っていたはずなのに。
彼女の苦しそうな絶望の表情は、予想以上に俺の心を苦しめていた。またあんな表情をされたらと思うと、彼女の病室へ行く勇気が起きない。
零くん、俺にも痛みを感じる心が残ってたみたいです……なんて、いつかの言葉に返したくなった。
それに俺はこんなにも弱い人間ですから、やっぱり雪華ちゃんの恋人には向いてませんでしたね、なんて自嘲して、今日も真っ直ぐ帰宅しようとすれば、彼女から連絡が来て思わず固まった。
困らせてごめんなさい、から始まるメールはそんなに長くはなく。それでも俺の心を動かすには十分すぎるほどだった 。
「……つむぎくんに会えなくて寂しい」
文面を小さく口に出す。ああ、俺は、彼女をただ苦しめているだけなんだろうか。本当はただ、彼女に笑っていて欲しいだけなのに。
何気ないことでさえ、幸せ。