さようなら、なんて聞きたくないの


あの男の頬を叩いておよそ半日。この半日はかなり色濃く、帰宅してすぐに今日言われたことを振り返りながらパソコンに文字を打ち付けた。一つ書き出せば壊れた蛇口よろしく放出するように一心不乱…ではないが転がり落ちるような勢いで書いてしまった。
出したい賞レースの規定枚数がこんなにすらすら出たのも、やばいアドレナリンが出てる気はしなくもない。こんな速度でできたものを出していいものだろうか。
あの短気。火のついたようなほど怒る爆竹に似た――髪色も相まって癇癪玉…なるほど?癇癪持ちと言っても過言でない、いや正論。あの男からの初稿を出せ。
この一言には恐らく可及的速やかに、という隠しのキラーパスが読み取れる。あの癇癪玉だから、そういうのはすぐに想像できた。早すぎるものをどうしていいのかと頭を抱えた。考えたくないけど、殴ったものに対しての代償ならば仕方ない。後1日伸ばしてみようかと考えながら書き物とノートを広げた机に頭をのせて唸る。…そういえば、と思い出して近くに置いてたスマホをケーブルを掴んで手繰り寄せる。なんていってたっけ。と記憶の底をひっくり返しながら検索ワードをいれると一番上に出てきたので、タップすれば動画が開いて自動的に再生されはじめた。

「へぇ確かにこりゃあやばい。払えないわ。」

黒と深紅で作られた衣装で踊り歌う彼ら三人もその後ろで動く装置たちもかなりの作り込みをされてるように見える。人を手繰るように動く姿は、どこかハートの女王様だろう。気にくわなければ首を跳ねるように飛ばす、そんなシーンにあいつがだぶって見える気がする。一人でこっそり真似て笑う。似合いすぎる。絵面が滑稽すぎて肩が震える。いや、これ次あいつに会う時があったら、笑わずにいれないだろう。そんな自信はある。そうみている間に動画は次のものになっていた。

「あれ?一人減った?」

年度が替わってるからか卒業なんだろうか?撮影された日時を見るとここ最近のもので、恐らく今の活動は二人でいるのだろう。それでも、踊る姿は相も変わらずキビキビとしていて、繊細な表現をもって芸術へと形を変えている。その姿はまさに芸術、一瞬を切り売りして姿を閉じ込めている。しっかりと伸ばされた手はつま先まで凛として、その腕が翼に見えた。彼らは、まるで一瞬に魂を燃やしているようにも見える。先ほどまで、三人で映っていた動画は、静かに水底で秘めている静かな熱だったものが、二人になってこれほど散る火のような激しさがうかがえる。秘めたる熱に鳥肌が立った。あれが、自分を芸術家だといった理解はできた。これほどの熱量でいたから、あれはそういえる自信があったのだろう。……これは、本当にこの人の力を借りてもいいかもしれない。そう思えたし、自信があるからこその進言であるのだろう。そしてまた思考は一巡する。
この原稿見せていいの?
見せればきっと罵詈雑言のような情報と、殴り合いのような言葉の応報がやってくるのだろう。ありがたいのはありがたいんだけど、違うそうじゃない。盛大に頭を抱えて、明日言われたとおりに初稿を渡す自分の姿がちらりと頭をかすめる。逃げてしまおうか、そうすればきっと平和に自分の思った通りのものが書けるかもしれない。
――いや、でも。あのやり取り、たのしかったしなぁ……。
見せたまえ。なんてあの手この手で言語を手繰り、私から設定資料奪った瞬間、あの思慮深い藤色は確かに一瞬だけ期待に満ちた顔をした。無理に背伸びした男の人がほんの一瞬少年のような顔がほんのわずかな瞬間だった。そのあと地獄のような喧嘩腰のやり取りにはなったけれど、それのおかげで初稿が思いっきり進んでいるのだから何も言えない。とりあえず、初稿を見直してあの癇癪玉が癇癪起こさないように一文字ずつ攫うように読み始めたが、後半寝てなかったら寝てなかったであの癇癪玉は怒りそうだと思ったので、あきらめて寝た。怒られるなら寝たほうがましだ。寝よ寝よ。おやすみ。


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