もっと知りたいと願った


作業に集中していてろくな返事を返さなかったからといって、まさか椅子を蹴られるだなんて誰が想像出来ただろうか。
暴風の如く現れた普通科の女は、目の前にドサリと原稿用紙を置く。怪訝な目でそれを見れば、あんたが持ってこいって言ったんだろうが!と怒鳴られああそうかと合点がいった。まさか本当に一日で初稿を上げてくるとは。

「筆の乗りは早い方だな。」
「何か言った?」
「ただの独り言だ。」

紙の束を手に取って目を通していく。印刷された文字が描くのはファンタジーだが少し毒のある独特な世界観だ。読み進めながら、無遠慮な視線が突き刺さっていることに気づいて声をかける。

「そうやって立って見られてると気が散る。座りたまえ」
「あっそ。それ、今日中に返してくれるんでしょうね」
「勿論、到底無理なことに対してきちんと誠意を見せたんだから、それ相応で返すのが礼儀だ。」

昨日の指摘も活かしながら、この僕が目を通すに値するものを書き上げてきた彼女の実力は本物だろう。ところどころ自然と笑えるポイントもある。読み手を退屈させない工夫もあるし、初稿でこれならば完成稿は素晴らしい物になるだろう。
最後の1枚を読み終えて顔をあげれば、むすりとした表情でこちらを見る彼女と目が合った。

「……悪くない」
「それだけ?」
「僕が意見したのだからこのくらいは当然なのだよ。もう少し緻密さがあった方が好みだがね。」

まぁ、好みの問題でもある。それはさておき、ご不満のようだからと目に付いた粗をいくつか指摘すれば、ああでもないこうでもないとまた舌戦が繰り広げられることとなった。

しばらく言い合いを続け何とかまたかたちが纏まった頃、そういえば彼女の作品は他に見たことがないのを思い出した。

「……他に貴様の作品はあるのかね」
「何、藪から棒に」
「暇があったら読んでやるのだよ」
「は?」 

思いっきり眉を顰められるが、正直痛くも痒くもない。
どちらにせよ今日はここまでだろうと手元の資料を纏め直し、席を立った。

「ないなら別に構わないよ。まあ──ただの気まぐれだしね」



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