見たことの無い景色


静かな校舎内に、蝉の声が響いている。
アイドル科の敷地でさえ広いのに、わざわざ普通科の、それもエアコンが壊れているという文芸部室まで来るのには思いのほか時間がかかってしまった。
夏休みだというのに、普通科にはどうしてこんなに人がいるのか理解に苦しむ。
別にそこまでして読みたいと思うほど彼女の作品に興味がひかれているわけではなかったはずだが、自分の一言はどうやら彼女の地雷を踏んだらしい。そのまま別れるのも寝覚めが悪いからだと自分自身に言い訳を並べ、文芸部室の扉を開けた。

「やっぱりもう一発殴っておけば良かったかもね。」

タイミングよく飛び込んできた言葉に思い切り顔を顰める。
そもそもこちらはアイドルなのだ、一般人ですら褒められたものではないというのに、アイドルの顔を殴るなど言語道断だろう。

「僕の顔はそう何度も叩いていいものではないがね」
「ん?あれ?本当に取りに来たの?」

彼女を睨みつけるように言葉を発せば、彼女は少しだけ目を見開いた。

「泉本、君が取りに来いといったのだろう。言質を翻すな」
「あぁ。そう。本、そこにあるから。もっていくなら貸出履歴に書いてって。」

彼女はペンケースをこちらに滑らせると、すぐに視線を手元のノートに戻した。
言われたとおりに中からシャープペンシルを取り出すも、これを借りていくということは再び返しに来なくてはいけないという事実に気付く。この道程をもう一度たどるくらいなら、ここで読んでしまったほうが良いだろう。そう結論付けて、目の前の椅子を引いて腰掛けた。

「……ここ、エアコンないわよ。」
「それでもいい。ここに二度も足を運ぶつもりはないから、今すべて読む。」
「あっそ。勝手にすれば。」

許可を得て近くにある一冊を手に取る。
目次にはいくつかの作品名と作者が並んでいるが、彼女の名前はない。ペンネームは何だと尋ねたが、彼女は何も言わなかった。僕に対する挑戦ということか。いいだろう。

「きみのなら、文体でわかる。」
「あっそ。好きにして。違ったら全力で笑ってやる」

随分と喧嘩を売られたものだ。



黙々と部誌の文字に目を滑らせていく。
収録されている話はジャンルも作風もばらばらで、よく言えばバラエティに富んでいるといったところだが、単に纏まりのない寄せ集めとも言えるだろう。まあ、高校の部活で作る部誌なんてそんなものだ。
一通り最後まで読み終えて、一番心に引っかかった作品を指す。
今日読んだ初稿とはずいぶん雰囲気が異なっていたが、まず間違いないだろう。人間の根本なんてそうそう変わらない。

「……これが君の作品だろう。随分と書き方を変えたようだ」

顔を上げた彼女が目を見開く。
さて、勝利の暁には彼女にライブの設定を考えてもらうんだったか。
彼女の世界観がどのようにValkyrieと融合するか。考えるだけでも随分面白そうだ。



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