見たことの無い景色


バレンタインなどという俗世的な全くと言っていいほどイベントには興味がなかったが、それをモチーフとしたドリフェス――ショコラフェスに出場しないならば単位が危ない、などと言われてしまえば学生という身分では従わざるを得ない。
そしてValkyrieがライブをする以上、最上級のものに仕上げるのは当たり前のことだ。

「……つっても、外部の嬢ちゃんたちに喜んでもらえなきゃ意味ないんじゃねえのか。お前のその意識の高さは立派だと思うけどよ」
「鬼龍のくせに生意気だね……そのくらい、理解しているのだよ」

芸術を理解しようとしない俗物に披露するのは癪だが、ショコラフェスについてその程度の理解はある。ライブを見に来てくれたファンへアイドルが手作りチョコをふるまう……そういうドリフェスだと聞いていた。

「はいはい。それで、アテはあんのか?」
「何の話だね」
「意見を聞けるようなやつはいるのかって聞いてんだよ。あんずの嬢ちゃんでもいいだろうが、最近はやたら忙しそうだしな」
「……」

鬼龍の言葉に、ふと手が止まる。確かにあの小娘はこの学院で一番近い距離にいる女子だろう。
だが、彼女は学院唯一のプロデューサーだ。相談したいというユニットはそれこそ山のようにいるだろうというのは安易に想像できた。

「香織姉さんに聞いてみたらどうだ、かわいい弟の為なら協力してくれるだろうよ」
「なぜそこで香織姉さんの名前が出てくるのかね」
「他に知り合いの女子もいないだろ」
「……そうだね」

香織姉さん。一緒に登校するようになってから随分と話をするようになったが、彼女からの自分はまだ単なる「弟」でしかない。弟扱いされる度に微かな苛立ちを覚えるけれど、それがなくなったら自分は香織姉さんにとって何でもない存在になってしまうのかもしれない、という思考に行きつけばそこまで強くも出られずにいた。
でも、もし仮にバレンタインを貰うならば彼女からがいい、なんて考えている自分には気づきたくなかった。


***



もし彼女がいなければ挨拶だけして帰ればいいと訪れた家にはちょうど彼女の姿があり、とんとん拍子に約束を取り付ける。
もしかしてこれは一種のデートというものになるんだろうか……なんて考えに行きついて頭を振った。

約束した時間よりも早めに待ち合わせ場所に着けば、既に彼女の姿があって目を見開く。楽しみにしていたのは僕だけではなかったと解釈してもいいものだろうか。答えはわからなかった。

「しゅーくんって、こんな気楽に街中を歩いて大丈夫なの?アイドル…なんでしょう?」
「大丈夫だよ。香織姉さんが心配する必要はないんだよ。」
「なんだか、駄目なことをしてるみたいだね。」

彼女をエスコートしながら、目的地をめぐる。彼女と歩く街並みはどこか新鮮で、いつもより浮き浮きしている自分がいた。こんな姿、影片に見られでもしたら何と言われるか分かったものじゃないな。

「随分歩かせてしまってすまないね、少し休憩しようか」
「うん、ありがとうねぇ」

一通り彼女の意見を聞いて、一息つこうと喫茶店に入る。
温かい紅茶で喉を潤していると、しゅーくん、と名前を呼ばれた。

「これ、あの、マフラーのお礼なんだけど。貰ってくれる?」
「お礼など別によかったのだけれど。……ありがとう、香織姉さん」

渡されたのは丁寧にラッピングされた箱。自然と緩みそうになる頬を誤魔化すように視線をそらした。



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