「今日とっても楽しかったね。」
「姉さん、今日はありがとう。」
「こちらこそ。あぁ、そうだちょっと待ってて。」
それだけを残して、急いで家に入る。玄関にカバンを雑に置いて、台所に向かって走る。飛び込むように台所に入って、冷蔵庫の隅に置いた紙袋を取り出す。少し早いけどバレンタインのチョコレート。りゅーくんがバレンタインイベントで学校が忙しいと言っていたので、急いで玄関を飛び出る。いつも常備されてるサンダルをひっかけて玄関を飛び出して、小走りで駆け寄るとサンダルのつま先がコンクリートの隅にあたってバランスを崩してつんのめる。バランスを崩して転びそうになったけれども、しゅーくんが抱き留めるような形で受け止めてくれて事なきを得る。持ってきた今日最後の贈り物が勢いよく揺れている。
「姉さん。気を付けたまえ」
「ごめんね、しゅーくんと沢山お話したくて急いで出てきちゃった。」
そそっかしい行動を恥じらいながら、しゅーくんの顔を見上げるといつもよりも近い距離で見える紫の瞳は多少の呆れも伺える。改めて礼を言いながら距離を取り直し、言葉を選びながらも今しがた持ってきた赤い袋を持ち上げて主張させる
「しゅーくんに。これをと思ってね。受け取ってくれる?」
一足早いバレンタインのチョコレート。この間学院のライブ、忙しいって言ってたから、なら先にしゅーくんに渡そうと思って作ったの。中身は生ものだから、早くに食べてね。それだけ、口頭で伝えて、しゅーくんに渡そうとすると、香織姉さん。なんて改めて名前を呼ばれ、不意に引っ張られる。引き寄せられて、しゅーくんの方が額にあたる。しゅーくんの腕が背中に回って、ぴったりと密着する。どうしたの?と声をかけるよりも早く、私の耳元に口を寄せて、静かに言う。
「僕は一度しか言わないよ。姉さんが好きだよ。姉じゃなくて、一人の人として。ずっと前から、僕の手を引いてくれていたあの幼き日から、どんなことにも背筋を正して向かうその姿が」
――……ずっと香織姉さんを大切にしたいから、香織姉さんの大事なものを共有したいんだ。だから、その権利を僕は欲しい。
耳から入ってくる言葉は、冬にもかかわらず私の中心を柔らかくお風呂に入れられているような無無条件の安心感を与えてくれる。耳元で紡がれる甘い音聞いていると背中にあった熱が遠くなって頬面を寒気が撫でる。
「すまないね。返事はまたいつでもいいから。それと、ありがたく頂いていくよ。」
私の手から受け取ったばかりの小さな赤い紙袋を少し揺らしてから、おやすみ香織姉さん風邪などひかないように。そんな言葉を置いて、しゅーくんは去っていく。
先ほど紡がれた言葉一つ一つを頭の中で巡らせて、だんだんと小さくなるその背中を見つめていた。