泣いてなんかない
聞きたいことがあるからついてきな。なんて上から目線の瀬名泉によって連行されたのはESビルの7階、ニューディメンションの事務所だった。
明らかに平々凡々な一般人が入れる空気じゃないのに、受付で手早く手続きをしたらしい瀬名泉に入館証らしきものを渡され、月永レオともども連行されていくさまはどう考えても非日常的でしかない。どうしてこんなことになってしまったんだと内心ひとりごちていれば楽しそうな月永レオに手を振られた。なんでそんなに楽しそうなんだろうと思いながらも憎めない愛らしさみたいなのがあって、つられて手を振り返せば瀬名泉にキッと睨まれた。私何も悪いことしてないのに。
「……あの、それで私は」
「事情聴取。何故かれおくんは懐いてるみたいだけど、あんたが信用できるヤツとは限らないしね。」
「何言ってんだセナ!ナマエはいい奴だぞ!スポドリも買ってくれたし!」
「はあ?あんたそれ飲んだの?!信じらんない!何か盛られてたらどうするわけ!?」
「え〜、新品だったしそれはないだろ」
わはは!と笑い飛ばす月永レオに、瀬名泉の眉間の皺が深くなる。
気持ちはわかるけど、それで自分の首を絞めるのは得策じゃないのはもっとわかる。
でも瀬名泉もテレビとかでは結構紳士な印象だったのに、本当に表裏が激しいというか、うん。
「あんたがそういう風に判断基準ががばがばだから俺がこんなことする羽目になってんだからねえ!?大体携帯落として帰ってくるとかありえないから!!機密情報の塊!いい加減学習しなよねえ!!」
「別に何もなかったんだからいいじゃんか〜」
「まだわからないでしょお!?」
「あの、私何も見てないです、瀬名さんの着信に出ただけで」
「……全く信用してないわけじゃないけど、はいそうですか、って納得して情報抜かれてたら困るから」
それはそうだ、瀬名泉の言い分は100パーセント正しい。やっぱり月永レオがおかしかったんだな、と思いながらも瀬名泉の説明に耳を傾ける。どうやら月永レオが携帯を落とすのがこれが初めてではないらしく、説明の最後に印刷された誓約書を渡された。
「その内容読んで、問題なければ署名して。あと、タクシーの領収書はもらってる?」
頷いてタクシーの領収書を差し出せば、瀬名泉はちょっと待っててと言い残してその場を立つ。
早く署名だけして帰ろうとペンを手に取ると、しばらくぶりに月永レオが話しかけてきた。いつの間にか作曲に集中していたらしい。……精神力がすごすぎる。
「なんかごめんな〜?セナがうるさくってさあ」
「や……何というか、瀬名さんの言ってることは正しいと思うので」
「そうか?でもナマエはおれの恩人なのに!」
「いやいや恩人ってほどでも」
「とりあえずこれはお前にやる!」
「は?」
そしてまた渡される楽譜。いやいやいやいや、それでいいのか月永レオ。確か月永レオの曲ってものすごく価値が高いのでは。どうしたものかと思いながらひとまず受け取ったところで、瀬名泉が戻ってきた。
「おまたせ、タクシー代……ってなにしてんの」
「……楽譜を渡されてました」
「はあ?れおくん何考えて」
「セナ!この曲はナマエに歌ってもらうことにした!」
「「はあああああああ??????」」
突然すぎる発言に瀬名泉と私の絶叫が重なった。数時間前までの日常はどこに消えたのか。私は平凡な日常を愛していたんじゃなかったのか。この混沌とした状況から抜け出す方法を誰でもいいから教えてほしい。