硝子ごしの指先
状況に追いつかないまま、混乱してると混乱慣れ(が適切な表現なのかは知らないけど)しているのか、瀬名泉はそのまま月永レオに突っかかりながらもこちらに指をさして、こんな素人に何をしろっていうのさ!そう怒鳴るように言っている。
暖簾に腕押し、馬の耳に念仏、月永レオに瀬名泉。
「いい声してるんだぜ?いい歌ぐらい歌うだろ!」
「ひえ……歌!?」
「ほら!一回収録スタジオに行くぞ!」
「いやちょっと、れおくん!?」
瀬名泉の説教を抜けて、月永レオは私の手を取って走りだす。男女の差も、ヒールを履いていることもあってよろめきながらも、転ばずになんとか体勢を整えることに成功して後ろを振り返ると、遠くから静止の声をかけて怒鳴っている。先を走っている月永レオは愉快だと言わんばかりに大口を開けて笑いながら走って、階段を駆けて収録スタジオに飛び込むと同時に月永レオがしっかり施錠を行う。
「ちょっと!」
「ほら、歌えよナマエきっと楽しいぞ!」
「いやぁ……」
相手はプロの音を扱う人で、こっちは下手の横好きで、友達とカラオケに行く程度なのだ。何をどう間違って、こんな未来があるのかと考えたが簡単だった。スマホを拾った。これだったわ。
思考を遠くに飛ばす間に、ほらほらと言わんばかり録音ブースの中に突っ込まれる。抵抗するように振り返れど、重々しい扉は閉ざされてこちらも鍵の音がした。抵抗しても無駄だろうか。諦める。
「ほら、はやくヘッドフォンをつけろよ!音楽かけるぞ!」
隣からのマイクがこの部屋のスピーカーにつながってるのだろう。大きな音量で部屋中に響く。歌えばきっと解放されるのだろう。…っていうか、歌えって言って何を歌わせるのかと思いながら、ブースの中央、マイクの前に立ってみるとディスプレイには月永レオが所属するユニットの曲が表示されて、ディスプレイの隅にヘッドホンがかけられている。これを使って歌えと言わんばかりに主張している。歌ったら帰る。それだけを心に決めて喉を開く。
友達とカラオケに行って聞いたことはある、知ってるっちゃあ知らないとは言えない。むしろ、友達が語っていた記憶はある。歌が始まってすぐのスキャットの部分で手を伸ばしていたと覚えている。わずか一瞬だけど、その部分がいいともいっていて、諾々語られていた記憶も新しい。
ふっと伸ばした手の先に、この部屋に押し込めた相手が立っている。
その眼は新しい愉快なものを見たかのように弧を描いていた。