冷静すぎる思考


とんでもなく濃密な一日だった。
いつも通りに授業を受けていた午前中がはるか昔のことに思えるくらい、とにかく濃い一日だった。
あの日……お昼に偶然月永レオと出会いスマホを拾いESビルに届けたら誓約書を書かされた挙句、何故かスタジオで無理やり歌わされて楽譜を渡され今度は契約書を書く羽目になったあの日。
もちろん午後の講義に間に合うはずもなく、そんなタイミングに限ってややこしい課題が出されていたとか踏んだり蹴ったりとはまさにこのことだ。

月永レオに渡された楽譜を音楽データに変換したものをBGMに、ガリガリと課題を進める。別に切望して入った学校じゃないけど、落ちこぼれるのは癪にさわるし。なんて考えていたら、先程まで曲を鳴らしていたスマホが着信を知らせた。
「……うわ」
表示された名前は「月永レオ」。ここ最近の非日常の元凶。少し逡巡してから通話ボタンを押せば、例によって明るく大きな声が響いた。
「うっちゅ〜!ナマエいまどこにいる!?」
「どこ、って、家ですけど」
「おっけーおっけー、じゃあ1時間後にESビルな!」
「え?」
「来ないと呪うぞ!じゃあな!」
……どういう脅し文句だ。



呪い云々というのは全く信じていないものの、呼び出しに応じないというのも心苦しかったので足を運んだESビル。
しかし改めて見るとESビルってすごく大きい。アイドルの理想郷とかなんとかって話だったか、よく見ればテレビなんかで見かける顔もちらほら見かける。そして1階の受付まで来て、ESビルのどこに行けばいいのかを聞いていなかったことを思い出した。
「……電話するしかないか」
わからないものは仕方ない、と着信履歴から月永レオの番号を呼び出す。
そういえば自分からこの番号にかけるのって初めてだ。アイドルと電話する日が来るなんて考えてもみなかった。
少しドキドキしながら発信ボタンを押せば、無機質なコール音が響く。
「………………」
……月永レオ、出ないんですけど?
しばらくコールするだけのスマホを耳にあてていたが、だんだんげんなりしてきて発信を切った。
これ、どうしろっていうんですかねええええええ!?



「おやあ、こんなところで迷子かなあ?」
「っ!?」
ESビルのロビーで一人途方に暮れていると、やたらでかい人物に話しかけられた。
何だろうこのひと、圧がすごい。ものすごい。絶対一般人じゃない。
「もしかして、君がレオさんの言っていた「ナマエ」さんじゃないかあ?」
「えっ……と、多分そうです」
「合縁奇縁!ここで会ったのも何かの縁だ、俺がレオさんのところに案内しよう!」
突然現れた大男さんは月永レオの知り合いらしい。というか、月永レオは私のことを何と言っていたんだ。どうしよう、滅茶苦茶会いたくなくなってきた。
そんな私にお構いなく、大男さんはこっちだぞうと案内をしてくれる。そのエスコートは意外とこまやかで、ある意味先日の瀬名泉より騎士っぽいんじゃないかと思ってしまった。ごめん瀬名泉。

大男さん……もとい、斑さんの案内でたどり着いたのは空中庭園と呼ばれる場所だった。
おしゃれな空間だなと思いながら進んでいけば、ベンチに座って夢中で作曲している月永レオの姿が見えて、初対面のときの姿が脳裏に浮かぶ。まだ数日前の出来事なのに、なんだか随分昔のことに感じてしまうのはその後の展開が濃密すぎたせいだろう。
おーいレオさん、つれてきたぞおと斑さんが呼べば、月永レオがばっと顔を上げた。
「遅いぞナマエ!ってあれ、なんでママがいるんだ?」
「いや、時間通りですけど」
「あっはっは、レオさんが俺に連れてきてほしいと頼んだんだろう?」
「そうだっけ?そうだったかも!」
指定された時間にはESビルにはついていたし間違いではないはずだ。うん。それよりなんで呼び出したのか、その要件をきかなくては。
少しは話が通じますようにと願いながら口を開こうとするより先に、月永レオは私の目の前に立ちふさがった。え。何、なんなの。
「ナマエ、パーティに行くぞ!」
「はい?」
月永レオの口から飛び出た言葉は、やっぱりすぐに理解できなかった。



「……これ、ガチのパーティってやつじゃないですか」
「勿論だぞお。レオさんは今日このパーティに呼ばれているんだが、社交界のマナーとしてパートナーなしでの参加は色々と面倒だからなあ」
「聞いてない、本当にマジで何でこうなった」
芸能人のスマホを拾った、たったそれだけのことでここまで話が発展するなんて誰も予想できないだろう。
月永レオと斑さんによって連れられてきたのはやたら盛大なホールで、シャンデリアはきらきらしてるし会場にいる人もきらきらしてる。かくいう私自身も、普通に生活してればまず着ないようなドレスを着せられ、ヘアメイクまでばっちり施されていた。ちなみにドレスは月永レオが選んでいた、私には何が何だかわからなかったけれどちらりと見えた値札の金額は一生働いて一回着れるかどうかって感じの値段だったからそれ以上考えるのを止めた。汚したり破いたりしたら借金取りに追われる生活かもしれない。本当に何でどうしてこうなった。
そして肝心の月永レオは会場に着くなりどこかに行ってしまって、私はこの斑さんと壁の花を決め込む以外にどうしようもないというこの現状。だいたいパートナーが云々っていうなら斑さんにもパートナーが必要だったのでは?と思って聞いてみれば、
「俺には迎えに行かなきゃいけない人がいるからなあ」
と曖昧にはぐらかされた。でもその瞬間の斑さんは優しい瞳をしてた気がするから、深く追求するのはやめておいた。
「名前さんは大変かもしれないが、レオさんは悪い人じゃあない。やさしくていい子だ。だから、名前さんみたいな人がレオさんと一緒にいてくれるなら、俺も嬉しいと思うんだなあ」
「……それは、どういう意味ですか」
「さあて、どういう意味だろうなあ。……おっと、そろそろ時間だぞお」
斑さんが指をさす先には、ピアノに向かう正装した月永レオの姿。
彼の奏でる音が、世界を染め上げていく。
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