意味ありげな笑顔


……集中できていない。
既に何度目か分からないタイプミスに苛立ちばかりが募る。
ドラマの収録は先日の事故ーー足場の固定が不十分だったようで、大道具が名前さんへ謝罪しているのをみかけました。全く腹立たしいーー以来、名前さんの捻挫が治るまで延期になっていた。自分一人のシーンを優先しても良かったが、既にEdenやAdamの仕事もスケジューリングしてあるなかで臨機応変に対応できなかった部分もある。ともあれ。
「ああ、クソっ」
普段なら何気なくこなせていた作業に集中できないというのは良くない。非常によくない。
何がこんなに自分を掻き乱しているのか、それは自問自答せずとも理解していた。
名字名前。彼女の動揺した顔が。演技も何もしていない素の表情が。幾度も頭をチラついて離れないせいだ。
「荒れてんなァ、副所長」
「……天城燐音?」
突然の下品な笑い声に、ピクリと眉が動く。こちらの気持ちを逆撫でするように、天城燐音の笑い声が響く。
「ぎゃははっ、副所長も人の子だったんだなァ?恋に振り回されてるなんて可愛いとこあンじゃねェか」
「は?……ああ失礼。自分は忙しいので、これで」
思わず冷たい声が出たが、すぐに取り繕う。ただでさえ苛々しているのに、この男の相手をしている余裕はない。
「名前ちゃんのことが気になって仕方ねぇンだろ?わざわざ推察しなくてもアンタが荒れだしたのは名前ちゃんが怪我した日からだもんなァ」
「……共演者が怪我をしたんですからね。自分が心配するのは当然でしょう。あまり不快なことばかり吐くようであればその口を塞ぎますよ」
キッと睨みをきかせても、天城燐音はどこ吹く顔だ。まったく、御し難い駒もいたものですね。ああ、苛々する。
「お〜コワイコワイ。まァいいや。そんな副所長に朗報だぜェ?副所長、名前ちゃんの連絡先くらいは知ってンだろ、あとで電話してみるっしょ。」
俺っちからはそんだけ!と言いおくと、天城燐音はひらひらと手を振って去っていく。
電話?名前さんに?俺が?
「……そんなこと、する理由もないでしょう」
ぽつりとこぼれた言葉を聞き取ったのか、天城燐音は一度振り返るとニヤリと笑った。

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