忘れ物はありませんか


それから守沢と会うのが気まずくて避けてたら、ついに追い詰められた。
世間体でいう壁ドン――顔が近い。あいつ今日餃子とか大蒜のもの食べてたりしたら今全力で股間を蹴る自信はあるが今は匂いがないのでいい。いや、それどころじゃない。

事の始まりは書類提出のためにリズリン事務所に踏み込もうとしたら、件の守沢千秋とうっかり出会ってしまった。そのまま回れ右して逃げようとしたのだが、エレベータは悲しく遠くに行ってしまってしばらく来る気配もないので空中庭園に逃げ込んだ。
その結果庭園手入れ用の道具倉庫の影まで追いやられた。隅っこ故に人気もない。っていうか、私はなんでこっちにに逃げたのか。
そうだよ、三毛縞お前もグルだろ!行く先行く先で「こっちだぞお!千秋さん!」って、やったの忘れないからな!おいこら遠くからこっち見んな!帰れ!冷やかすな!お前が火山バイソンか!……ごめん、待って。帰んな!たすけろ!正義のヒーロー―は三毛縞じゃないそっちじゃない、正面真ん前の壁ドン男だわ。世も末世紀末か!ヒーローが悪行働いて手籠めにすんな!御代官様お助けじゃない!頭が時代を軽く飛び越える突っ込み処理追い付かんわ。

「で、何。内容によっちゃ覚悟は決まってるんだろうね!」
「この間はすまなかった。後ろに乗せて走っていると嬉しくなってしまってだな。」
「……ほう?」

思ったより声が低かったのか、守沢が一瞬だけ固まって、目線がそらされた。「いや、それはだな。お日柄もよく。」じゃないよ、いつの時代のご挨拶だ。穴が開くほど睨んでいると、守沢はこの間のバイクでの帰りの心情を全部言い出した。守沢の腹に回った私の手が思ったよりも女の子で、背中に感じた熱が愛らしく思って、でもあの名前だぞって言い聞かせたけど、色々考えたらかわいく見えてきて、気づいたら唇を。そう言って、自分の顔を覆いだした。覆いたいのはこっちだ。なんでお前が照れてる!お前が女子か!

「……守沢。あのさ。」

こちとら元から女なのだが、守沢の言い分を全部飲み込めば女として感じてないどころかゴリラかチンパンジー、猿人類いや霊長類だと思われてた説あるって言われて怒らない女がいたら教えてほしい。っていうか連れてきて、どんな人か見てみたい。

「…………」
「あの、名前?」
「わかった、流星隊へのプロデュースは今抱えてる案件を持ってあんずちゃんも私からも提案は控えさせてもらうわ。」
「どうした、何が駄目だったんだ!」
「全部だめに決まってるだろ!三毛縞ぁ!!こいつ山奥まで埋めてぇ!幾らでも支払うから!!生きて出れないように茄子とお化けと穴か火山噴火口にでもぶち込んで!温泉の源泉にうっかり落としても可!」
「おい、名前!?」

私の声が聞こえる距離にいたのか(近くにいたのは見えてたけども知らんぷりしてくれ!)、三毛縞は風のように現れて守沢の手足を縛り方に担ぎ出した。ご丁寧に運搬用に三毛縞ご愛用バイクまで引っ張り出されてるとの主張をしてるのである程度読まれてるかもしれないし、守沢の口には五月蠅くないようにガムテープまで張られてる。

「じゃあ千秋さんは連れて行くぞお」
「うん、ちょっとまって。忘れ物した。」
「なんだあ?」

裏方セット組稼業で鍛えて、元空手部鬼龍直伝渾身の一発を近くの壁に入れてみたら、物置小屋にひびが入った。それはすまん、あとで流星隊のちびっ子たちに頼んで一緒に修理するからそれはいいんだけど。

「守沢ァ。てめぇ、覚悟決めろや。同じの喰らわせてやんよぉ!誰がゴリラだ!」

青い空に声にならない守沢の悲鳴を響かせてやったし、私は盛大に泣いた。なんだよ!あいつ!こっちは人生初がこんなもんで片付いていいわけないだろ!!弁償しろ弁償!訴訟だ訴訟!ケツの毛も内臓もむしりとってやろうか……いや、こいつ元は病弱だし去年一瞬入院してたな。なら、臓器は安かろう。
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