奥の手なんてない


羽風さんに告白された。
まさかアイドルに告白される日が来るなんて思ってなかったし、相手はあの羽風薫。彼はあんずさんのことが好きなんだと思っていたのだけど、違ったのだろうか……なんて考えてしまうのは私の悪い癖かもしれない。

結局あんずさんのことは聞けないままに、ずるずると返事を伸ばし続けて、今日は2回目の羽風さんとのランチの日。
いつもより少しだけメイクに気合が入ってしまったのはきっと、彼のことを意識しすぎているせいだ。
彼は可愛い女の子や綺麗な女の子を見慣れているだろうし、私が少し背伸びしたところで何が変わるわけでもない、はずなのに。

「おや、名字さん。今日はいつもより上品なメイクじゃな」
「朔間さん、おはようございます。……あの、どこか変ですか?」
「いや、よく似合っておるよ。薫くんも喜ぶと思うぞい」
「えっ」

珍しく早い時間に顔を出した朔間さんに挨拶する。真っ先にメイクの違いを指摘され驚いたが、続いた言葉には思わず絶句した。
羽風さんとこの後会うことを、何故知っているのだろうか。

「くっくっく、そんなに驚くことかえ?」
「……少しだけ」
「ふむ。名字さんはまだ自覚が薄いようじゃし……我輩が手助けしてやろうかの」

意地悪そうに笑った朔間さんは距離を詰めると、そっと私の頬に指を滑らせた。
眼前に綺麗な顔が近づく。え、まって、どうなってるの。まるでキスでもしようかというその雰囲気に目を丸くしていれば、視界の端で金髪が揺れた。

「嫌っ……!」

思わず朔間さんを突き飛ばして、視線を奥へ向ける。逃げるように去っていく金髪を追って、足は勝手に駆け出していた。





「待って……待ってください、羽風さんっ」

男のひと相手の追いかけっこ、ましてやこっちはヒールを履いている状態では到底追いつける気がしなくて、必死に名前を呼ぶ。
ようやく止まって振り返った羽風さんは、見たこともない表情をしていた。

「名字さん、零くんと付き合ってたんだね」
「ちが、い、ます」
「やだなぁ、俺、全然知らなくて……全部忘れてくれていいからさ」
「違います!!……話を、きいてください」

無理矢理話を遮って、羽風さんの手を取る。
私より大きなその手は、少し震えていた。

「私が好きなのは、羽風さんです。……たぶん、ずっと前から」
「……名字、さん?」
「夢ノ咲にいた頃、羽風さんの噂をずっと気にしてました。でも、ESに来てから……羽風さんは、あんずさんのことが好きなんだなって気づいて。不毛な恋だから、諦めようと思ってました」

きっかけが何だったのかはもう思い出せない。
でも、羽風さんの噂はずっと気になっていて。誰それと別れたらしいとか、誰それとデートしていたとか、そういう噂に一喜一憂しては、自分には手の届かない人だと諦めていた。
ESに……リズリンに入って、同じ事務所に羽風さんがいると知って嬉しかった。でも、羽風さんのあんずさんへの対応があまりにも初心な恋をしているそれだったから、ああ、私には勝ち目なんて無いんだと思って、自分の恋心に鍵をかけて。

「でも……さっきのは」
「朔間さんが勝手に近づいてきただけで……キスされると思ったらすごく嫌で。私は、やっぱり羽風さんが好きだから」
「……そう、だったんだ」

二人の間に沈黙が落ちる。
勢いとはいえ、何度も羽風さんのことが好きだと告げてしまった。
彼は何を思っているんだろう。
意を決してもう一度口を開こうとした瞬間、羽風さんが私の手を握り返した。

「あのさ、名字さん。もう一度、告白させてくれる?」
「羽風さん……?」
「今度は忘れてなんて言わないから。告白からやり直させて。それで、名字さんからちゃんと返事が欲しいな」

どうかな、と聞かれて、静かに頷く。
なんと答えるのか、心はもう決まっていた。
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