ダンス・ウィズ・ミー


「ママ?」
「お疲れかな?」
「お偉いさんに囲まれたからね。」
「それは」

いつもよりも澄ました顔をしてママは目の前まで歩いてくる。目の前で一度、立ち止まって手を差し伸べる。音のなくなった世界が一瞬にして色鮮やかに見えて、華やかな音が聞こえてきた。若草色した瞳がまっすぐ見据えて、嬉しそうに弧を描いて、小さく首を傾げた。

「さあ、一曲どうだ?」
「喜んで。」

差し出された手を重ねると自然の流れて腰に手を回して引き寄せられる。この情景になんだかどこに思考を置けばいいのかわからなく、困惑して目線を下げようとしたらママが目線を上げなさいと言われて下げかけた目線を上げれば、ママがニッコリ笑っていた。

「お姫様は目線を下げません」
「あんまり、こういうところに出たことがなくて」
「なら、俺に身を任せなさい」
「え?」

困惑をよそに、ママは嬉しそうに動き始める。それにつられて二人で踊る人の中に飛び込み、緩やかに円を描きダンスホールの流れに沿って、くるくる回る。だんだんそれが楽しくなって二人で笑っていると、なんだか溶けたバターにでもなってしまうのではないかと思う。楽し気な音がホールに一杯響いて、先ほどまでの気持ちがみるみるとなくなっていく。動きやすいよう配慮されてるのが、どこかこそばゆくしっかり立っているのにふわふわと夢心地のままいると、動きが止まって歓声が

「一旦輪から外れるか?」
「そうだね。休憩しよ」

人込みの中を抜けて、壁際に寄って道すがらに飲み物もちゃっかり確保して、離れたところで一息いれる。冷えたドリンクが喉を通り抜けて、ゆるやかに踊っていてもしっかり体力を持っていかれたようだ。

「結構名前さんは踊れるんだなあ」
「最低限の教養としてだから、あんまり出ないからこういう機会もないんだよね。」
「そうだよなあ。そういう話を聞いたから俺もびっくりしたんだな」
「どうしても都合がつかなくてね。」
「レオさんから教えて貰ったときは聞風喪胆したんだぞ。慌ててきたけど、その甲斐はあって俺はとってもかわいいお姫様に会えたしなあ。」

嬉しそうな声色で言うから、またそうやって揶揄って〜。とかカラカラ笑いながら言って、残っていたドリンクを飲み切ると、ママはいつもよりも落ちたトーンで「揶揄ってないさ。」なんて言うから笑っていた陽気もどこかに飛んでいく。
暖かな空気を持っているホールなのに、うっすら寒気すら覚えてしまう。

「小さくて、手元に置いていたい程かわいい俺のお姫様だから、こうしてパーティ会場に忍んできて他の虫を寄せ付けないようにしてるんだがなあ?」

緑の目が細くなって、ママの手が頬を撫でる。なんだかくすぐったいんだけど、問題のある単語が聞こえて、もう一度聞きなおすことにした。

「え?今忍んでって言わなかった?」
「俺はESビルのお偉方でもないからなあ。でも安心してほしい、警備の目をかいくぐるのは得意だ」
「いや、それは問題じゃない!」

状況に困惑する。結構しっかりしたセキュリティの場所を掻い潜ってここで踊っているなんて。アイドルで、そんな犯罪のようなものを。関わっている案件も相まって、めまいを覚える。担当している案件でこんなことが起きたなら大問題だ。あれやこれやと平穏に済ませれるように思考をフルスピードで巡らせ始めると、ママは軽く笑った。いや、笑ってる場合じゃないって。大問題。

「なんてな。ジョークだよ。きちんと招待は受けてるよ。レオさんと共にやってきたんだ。そんな怖い顔をしない!パーティなんだから。今のママは野蛮なことはしません。」
「もうっ!」
「頬を膨らませた名前さんも迦陵頻伽で愛らしいなあ。このままバッグに詰めて連れ去りたいぐらいのサイズだなあ!」
「それは大問題になるからやめてほしいな。」
「だから、今は俺の腕の中に閉じ込めたいんだけどなあ」
「それは嬉しいお言葉だね。」

甘い飴のような愛の言葉をたくさん送ってくれるママの腕の中に導かれて、会場の隅っこで二人で内緒の話をするのが心の隅がくすぐられてるようで、こそばゆい感覚で背徳さを二人で味わった。
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