たくさんの感情を
相変わらず人魚姫は、声を出さないけれども、目はひどくおしゃべりになった。キラキラした目で訴えるのは、ひどく面白い。その姿は言葉を覚えだした子供のようで見ていて飽きることはない。どうやらテレビである程度のレシピも覚えたらしく、注意深く料理をするらしく台所から俺は追い出されて、彼女の背を見つめる。
そろりそろりと計量しているその背中は愛らしい。何を作っているんだと声を投げれば、振り返って幼子のようにダメダメと慌てて首を振った。どうやら俺に完成を見せたいらしい。スマホにみないでください!なんて書かれていたので、笑ってすごす。
眼は嬉々としているので、コンロには気を付けるように促せば彼女は笑って台所にまたかけていく。新しいエプロンを買ってもいいかもな、なんて思うあたり、俺も彼女に影響を受けてしまっているようで、自分に驚く。
「まるで新妻さんのようだなあ」
その声は本人に届いてないらしく、こちらを向く気配はない。この声が聞こえてるならあの瞳はどんな感情を浮かべているのだろうか、考えてみるだけでも勝手に口元がほころんでしまう。
目を閉じて耳を澄ませて、チチチなんて音が聞こえるので恐らくはコンロを使いだしたのだろう。荷物を置くだけの家に備えてたコンロは、使いにくないかと問いかけたこともあったが、はて?と首を傾げられたのも記憶に新しい。
しばらくして香ってくる匂いを待ってたが、換気扇により匂いも吸いだされたらしく、本当に出来上がるのを待たされている。時計を見ると長針と短針が真上を挿す少し前、そろそろ出来上がるかな?なんて思考をやめて、昨日受け取ったばかりの書類を広げて待ってたら、視界に小さな手が入った。
顔を上げると、人魚姫ができました!と語っていた。肝心の成果物は彼女の後ろに隠されているようだ。
先ほど思い浮かべた内容を思い出して、新妻さん、出来たかなあ?なんて問いかければ、彼女は一瞬にして真っ赤になった。
「そんなに照れるところでもないんだが、そう思ってたなら嬉しいなあ。」
揶揄う様に言ったら、後ろに隠してたものをパッと俺の前に置いて、ポケットからスマホを取り出して、食べてください!!怒るような絵文字も添えて突き出された。どうやら、本当に照れてるようで、耳まで赤いその姿にいじらしさも煽る。彼女を見てると怒った風に頬を膨らませるので、視線を落として、彼女が置いたものを改めて見て見ると、いろんな種類のおにぎりであった。肉で包んだものや、しょうゆで炙ったもの、普通のオーソドックスなものまでたくさんの種類を作ったようだ。
俺の好きなものを作った感じか?なんて声をかければ、驚いていた。どうも好物は知らなかったらしく、「テレビで見たので作りました、好きそうだな。と思ったので。」と教えてくれた。ただただ作ってくれたことが嬉しくて、一緒に食べようと声をかけると彼女は笑って俺の横に腰を下ろした。
一番近かった大きめの海苔を巻いたものを一口食べると、口の中でほろりとほどける。ちょうどいい塩梅で具材の梅干しのすっぱさも酸っぱすぎない丁度よい。丁寧に咀嚼をしていると心配そうな目が俺を見ていた。心配いらないうまいという様に彼女の頭をなでると、目を細めて撫でられることを受けてくれる。
「初めて会ったあの日から、きみはいい方向に進んでいるなあ。」
そう進めているなら俺もきみを拾えてよかった。そんな言葉を口に出すと、彼女は首を振ってスマホに文字を入れる。『あなたが拾ってくれたからです。拾われてなかったらきっと生きてません。』あの時であってなければ、思い立ってバイクを転がしてなかったら、仕事が終わっていなかったら、この小さな手は、明るいまなざしは、冷たい夜の海に浮かんでいつかは沈んでいたのだろうか。そう思うと心が一気に冷えた。
あの暗い夜で泣いてたきみが、誰の庇護も受けずに悲しみの海にくれてしまっていた。きみと出会っていなければ、俺はこの心の揺さぶりすらも感じずにアイドルとしての喜びを一つ一つ見つけていくだけであった。それでも、ステージ下のお客さんを、大事に大事に壊れないように遠くから見ているだけだったかもしれない。出会わなかったらこのしばらくの生活もなかったのだろうか。
色々と言うに足りない言葉を喉でつかえさせていると、続きの言葉を待った彼女は、まっすぐに俺を見ていた。
「……きみは俺を人間にしてくれた。アイドルでもない、誰でもない、ただの俺に。」
目線をそっと下げると、彼女は少し腰を上げて俺の頭を抱きしめた。洗濯した後の匂いがほのかに香る。先日一緒に買ったもの、一緒にどの匂いが良いかと選んだのも記憶に新しい。そして、その手は頭を撫でた。
優しくておぼつかないけれども、俺を大事にしようとしてくれるのがわかって、また涙がにじみそうだ。鼻が痛みそうになるのをこらえた。
きみの名前も何も知らないけれど、いつか、きみと一緒になれたらなあ。
きみの顔は見えないけれども、きっと嬉しそうにしているんじゃないかなとは思った。けれど、知っている。返事はノーだろう。わかってても揺れ動くのだから、なんと、悲しい恋なのだろうか、そこまで言えずにすべて飲み込んだ。
-10-そろりそろりと計量しているその背中は愛らしい。何を作っているんだと声を投げれば、振り返って幼子のようにダメダメと慌てて首を振った。どうやら俺に完成を見せたいらしい。スマホにみないでください!なんて書かれていたので、笑ってすごす。
眼は嬉々としているので、コンロには気を付けるように促せば彼女は笑って台所にまたかけていく。新しいエプロンを買ってもいいかもな、なんて思うあたり、俺も彼女に影響を受けてしまっているようで、自分に驚く。
「まるで新妻さんのようだなあ」
その声は本人に届いてないらしく、こちらを向く気配はない。この声が聞こえてるならあの瞳はどんな感情を浮かべているのだろうか、考えてみるだけでも勝手に口元がほころんでしまう。
目を閉じて耳を澄ませて、チチチなんて音が聞こえるので恐らくはコンロを使いだしたのだろう。荷物を置くだけの家に備えてたコンロは、使いにくないかと問いかけたこともあったが、はて?と首を傾げられたのも記憶に新しい。
しばらくして香ってくる匂いを待ってたが、換気扇により匂いも吸いだされたらしく、本当に出来上がるのを待たされている。時計を見ると長針と短針が真上を挿す少し前、そろそろ出来上がるかな?なんて思考をやめて、昨日受け取ったばかりの書類を広げて待ってたら、視界に小さな手が入った。
顔を上げると、人魚姫ができました!と語っていた。肝心の成果物は彼女の後ろに隠されているようだ。
先ほど思い浮かべた内容を思い出して、新妻さん、出来たかなあ?なんて問いかければ、彼女は一瞬にして真っ赤になった。
「そんなに照れるところでもないんだが、そう思ってたなら嬉しいなあ。」
揶揄う様に言ったら、後ろに隠してたものをパッと俺の前に置いて、ポケットからスマホを取り出して、食べてください!!怒るような絵文字も添えて突き出された。どうやら、本当に照れてるようで、耳まで赤いその姿にいじらしさも煽る。彼女を見てると怒った風に頬を膨らませるので、視線を落として、彼女が置いたものを改めて見て見ると、いろんな種類のおにぎりであった。肉で包んだものや、しょうゆで炙ったもの、普通のオーソドックスなものまでたくさんの種類を作ったようだ。
俺の好きなものを作った感じか?なんて声をかければ、驚いていた。どうも好物は知らなかったらしく、「テレビで見たので作りました、好きそうだな。と思ったので。」と教えてくれた。ただただ作ってくれたことが嬉しくて、一緒に食べようと声をかけると彼女は笑って俺の横に腰を下ろした。
一番近かった大きめの海苔を巻いたものを一口食べると、口の中でほろりとほどける。ちょうどいい塩梅で具材の梅干しのすっぱさも酸っぱすぎない丁度よい。丁寧に咀嚼をしていると心配そうな目が俺を見ていた。心配いらないうまいという様に彼女の頭をなでると、目を細めて撫でられることを受けてくれる。
「初めて会ったあの日から、きみはいい方向に進んでいるなあ。」
そう進めているなら俺もきみを拾えてよかった。そんな言葉を口に出すと、彼女は首を振ってスマホに文字を入れる。『あなたが拾ってくれたからです。拾われてなかったらきっと生きてません。』あの時であってなければ、思い立ってバイクを転がしてなかったら、仕事が終わっていなかったら、この小さな手は、明るいまなざしは、冷たい夜の海に浮かんでいつかは沈んでいたのだろうか。そう思うと心が一気に冷えた。
あの暗い夜で泣いてたきみが、誰の庇護も受けずに悲しみの海にくれてしまっていた。きみと出会っていなければ、俺はこの心の揺さぶりすらも感じずにアイドルとしての喜びを一つ一つ見つけていくだけであった。それでも、ステージ下のお客さんを、大事に大事に壊れないように遠くから見ているだけだったかもしれない。出会わなかったらこのしばらくの生活もなかったのだろうか。
色々と言うに足りない言葉を喉でつかえさせていると、続きの言葉を待った彼女は、まっすぐに俺を見ていた。
「……きみは俺を人間にしてくれた。アイドルでもない、誰でもない、ただの俺に。」
目線をそっと下げると、彼女は少し腰を上げて俺の頭を抱きしめた。洗濯した後の匂いがほのかに香る。先日一緒に買ったもの、一緒にどの匂いが良いかと選んだのも記憶に新しい。そして、その手は頭を撫でた。
優しくておぼつかないけれども、俺を大事にしようとしてくれるのがわかって、また涙がにじみそうだ。鼻が痛みそうになるのをこらえた。
きみの名前も何も知らないけれど、いつか、きみと一緒になれたらなあ。
きみの顔は見えないけれども、きっと嬉しそうにしているんじゃないかなとは思った。けれど、知っている。返事はノーだろう。わかってても揺れ動くのだから、なんと、悲しい恋なのだろうか、そこまで言えずにすべて飲み込んだ。