いつからこんなことに

「うんうん、とてもよく似合っているね!流石はぼくの見立てだよね!」
「……日和さま、あの、」
「きみは何も喋らなくていいね!会計を済ませてくるから、パーティに行く準備をしておくんだね」
「……はい」
……あのころ、私には何かを言う権利がなかった。
私の家はそれなりに裕福な財閥のひとつだった。最近は没落しかけで落ち目になっていたが、私を巴家の次男――日和さんの元へ嫁がせることで、立て直しが可能になると父が話していた。日和さんは幼い頃から何故か私を気に入っていて、この話も向こうから持ちかけられたもののようだった。
……私は、日和さんが苦手だった。
明るくてプライドが高くて力があって、いつでも輝いてみえる日和さん。巴財閥も傾きかけていたけれど、最近はアイドル活動に勤しむ日和さんのお陰で随分持ち直しているらしい。日和さんは私と違って、自分の意思で何かを決めて、動いている……そんな風に見えた。
家の品格を下げないように、日和さんに気に入られるように、ずっと自分を押し殺して生きるーーそんな毎日から逃げ出したかった。だからあの日、私はスマホだけを片手に家を飛び出したんだ。

護衛もなく街を歩いたのは初めてで、何もかもが新鮮だった。でも、お金を持ってこなかったのは失敗だった。私はお茶のひとつさえ購入できず、路頭に迷う羽目に陥ってしまったのだ。

目的地もなくふらふらと歩き、たどり着いたのは海だった。あまりの不甲斐なさに、自分の無力さに絶望しながら、ずんずんと海に入っていく。
生暖かい水は不思議と心地よくて、ここに還るために私は家を飛び出してきたのかも、なんて考えた。
せめて最後の場所を自分で選べたなら、私も少しくらいは自分で生きたことになったかなぁ、なんて。



「……っ、」

海に揺蕩うところで目が覚めた。夢だったと安心して息を吐くと、ぐいっと腰を引き寄せられる。広い胸板に顔を埋めるかたちになって、安心感と一緒に別のドキドキが襲ってきた。

「嫌な夢でもみていたのかあ?」
「……、」
「……悪いことは起きない、安心して眠るといい」

優しい声に、ゆっくりと背中を撫でる手つき。あの時声をかけてくれたのが斑さんでよかった。
甘えるように彼の体温にすり寄って目を閉じた。
少し早い鼓動さえ、子守唄のように穏やかな眠りへと導いてくれる。
斑さんの体温に安心して、私は再び眠りに落ちていった。
-9-
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