困惑しないほうがおかしい
人を拾った。出会い方も含めて、彼女はまるで声をなくした人魚のようだった。
仕事が終わって、気晴らしにバイクで学院の近くを走っていたら海の遠くで人の形を見つけた。月の光と波間に揺られた影が一つ。瞬間的に女の人だとわかるが、年齢は見ると、まだ足が届いているのか影の胸元当たりまで浸かって、影は泣いているようにも見えた。思考するよりも早くにハンドルは動いた。道路の傍らに停めて、濡れるのもお構いなしに海に入る。
ずぶずぶと波をかき分けて入っていけば、その影はゆっくりとゆらいで海に沈むように浮かんでいた。海で遊ぶにはあまりにも遅い時間、脳裏に浮かんだのは死ぬための手段の文字。
声をかけても返事はないが、言葉については理解ができる様子で、ぱちくりと目を瞬かせている。
濡れ鼠になった俺たちは、一旦服を乾かすために俺の部屋に向かうことにした。正確に言うと、卒業前に実家からの一時避難用として活動費の中で借りたものだ。
今となっては寮もあるので解約しようと思っていたところではあったが、こういう使い方も問題はないだろう。あの部屋には必要最低限のものはそろっていたはずだし、俺の最低限の着替えも置いていたはずだ。まぁ、いつの間にか、レオさんの避難部屋だったり嵐さんだったり宙さんだったり同じ事務所の子も荷物置きにしているある意味共同部屋の扱いになってしまったけれども、名義は俺のままなので、あの部屋にこの子を入れても何ら問題はない。濡れ鼠になった子を放置する方が外聞も悪い気がする。
残念ながらヘルメットは一つしかないので、二人乗りをせずに乗ってきた単車を押しながら歩いて話しかけて見ても、彼女は沈黙のままだった。足音はしっかりしているのでついてきていることはわかるのだが、キャッチボールができているわけでもなく、投げっぱなしになっている。
扱いをどうしていいか困惑はする、けれどもこの感覚は去年の年度始まり近くに似ている。レオさんを誘って国外に出て行こうとするようなどこかウキウキしているような気持ちも多少あるからこそ、どうしていいかはわからない。
それでも務めて明るい声を投げかけて反応を見るがしばらくして小さく鼻歌が混ざっているようにも聞こえる。
夜中、車の多い大通りを避けて、人気のない道を歩いていると目的の建物が見えてきた。築年数が古いけれども、しっかりしたつくりの二階建てアパート。部屋には彼女がお風呂に入っている間に、連絡を取ってしまおう。そんなことを思いながら、自転車置き場に乗ってきたバイクを置いて、彼女を案内する。海で濡れたままだったからか体は冷たい。
人の体温で人魚はやけどするんだったか。そんなことを思い出しながら、そっと指をずらして覗いてみてもそこに何もない。どこか期待していた部分と裏切られたのと少し混ざって溶けて心にひっかかる。どこか残念だと思っている俺も居て、小さく息を吐き出す。残りしばらくを歩き、目的地のドアのカギを回してノブを捻り中に入るが足音はない。
振り返れば彼女はそこで立ち止まっていた。
「どうしたあ?あぁ。俺が気になるのかあ?俺はみんなのママだから気にしなくていいし、きみには濡れた体を温めて、着替えていったん寝て落ち着いたら教えてほしいなあ。俺も着替えたら今日は寮に帰るから好きにしてほしい。困ってる人に手を差し伸べるのはあたりまえのことだし、そんなに気にする必要はないぞお。」
そう声をかけても彼女は動かない、男一人の部屋に入るのは気を遣うのだろうか、でも、ここまでついてきているのだから行き場所も何もないのではないかと考える。一年前のレオさんに似た目はどこまでもあきらめて、どこまでも憔悴したようにも見える。
「さ、中に入って温かい風呂と飲み物を用意するから入るといい。」
海から引き上げたように彼女の腕を引いて中に改めて入りなおして、すぐに風呂の場所を言えば、彼女は頷いてそこに消えていった。
-2-仕事が終わって、気晴らしにバイクで学院の近くを走っていたら海の遠くで人の形を見つけた。月の光と波間に揺られた影が一つ。瞬間的に女の人だとわかるが、年齢は見ると、まだ足が届いているのか影の胸元当たりまで浸かって、影は泣いているようにも見えた。思考するよりも早くにハンドルは動いた。道路の傍らに停めて、濡れるのもお構いなしに海に入る。
ずぶずぶと波をかき分けて入っていけば、その影はゆっくりとゆらいで海に沈むように浮かんでいた。海で遊ぶにはあまりにも遅い時間、脳裏に浮かんだのは死ぬための手段の文字。
声をかけても返事はないが、言葉については理解ができる様子で、ぱちくりと目を瞬かせている。
濡れ鼠になった俺たちは、一旦服を乾かすために俺の部屋に向かうことにした。正確に言うと、卒業前に実家からの一時避難用として活動費の中で借りたものだ。
今となっては寮もあるので解約しようと思っていたところではあったが、こういう使い方も問題はないだろう。あの部屋には必要最低限のものはそろっていたはずだし、俺の最低限の着替えも置いていたはずだ。まぁ、いつの間にか、レオさんの避難部屋だったり嵐さんだったり宙さんだったり同じ事務所の子も荷物置きにしているある意味共同部屋の扱いになってしまったけれども、名義は俺のままなので、あの部屋にこの子を入れても何ら問題はない。濡れ鼠になった子を放置する方が外聞も悪い気がする。
残念ながらヘルメットは一つしかないので、二人乗りをせずに乗ってきた単車を押しながら歩いて話しかけて見ても、彼女は沈黙のままだった。足音はしっかりしているのでついてきていることはわかるのだが、キャッチボールができているわけでもなく、投げっぱなしになっている。
扱いをどうしていいか困惑はする、けれどもこの感覚は去年の年度始まり近くに似ている。レオさんを誘って国外に出て行こうとするようなどこかウキウキしているような気持ちも多少あるからこそ、どうしていいかはわからない。
それでも務めて明るい声を投げかけて反応を見るがしばらくして小さく鼻歌が混ざっているようにも聞こえる。
夜中、車の多い大通りを避けて、人気のない道を歩いていると目的の建物が見えてきた。築年数が古いけれども、しっかりしたつくりの二階建てアパート。部屋には彼女がお風呂に入っている間に、連絡を取ってしまおう。そんなことを思いながら、自転車置き場に乗ってきたバイクを置いて、彼女を案内する。海で濡れたままだったからか体は冷たい。
人の体温で人魚はやけどするんだったか。そんなことを思い出しながら、そっと指をずらして覗いてみてもそこに何もない。どこか期待していた部分と裏切られたのと少し混ざって溶けて心にひっかかる。どこか残念だと思っている俺も居て、小さく息を吐き出す。残りしばらくを歩き、目的地のドアのカギを回してノブを捻り中に入るが足音はない。
振り返れば彼女はそこで立ち止まっていた。
「どうしたあ?あぁ。俺が気になるのかあ?俺はみんなのママだから気にしなくていいし、きみには濡れた体を温めて、着替えていったん寝て落ち着いたら教えてほしいなあ。俺も着替えたら今日は寮に帰るから好きにしてほしい。困ってる人に手を差し伸べるのはあたりまえのことだし、そんなに気にする必要はないぞお。」
そう声をかけても彼女は動かない、男一人の部屋に入るのは気を遣うのだろうか、でも、ここまでついてきているのだから行き場所も何もないのではないかと考える。一年前のレオさんに似た目はどこまでもあきらめて、どこまでも憔悴したようにも見える。
「さ、中に入って温かい風呂と飲み物を用意するから入るといい。」
海から引き上げたように彼女の腕を引いて中に改めて入りなおして、すぐに風呂の場所を言えば、彼女は頷いてそこに消えていった。