ろくでもない呼び出し
王子様ではなく、ママを自称した男のことを考える。
現実に王子様なんて現れないことは知っているけど、まさか大柄な男性にママを名乗られるとも思っていなかった。
彼が私を連れてきたのは少し古いけどしっかりした造りのアパートの一室で、そこに誰かが住んでいる気配はなかった。確か彼は寮に帰る、と言っていたから、やっぱりここに住んでいる訳ではないんだろう。
手でお湯を掬えばちゃぷんと音を立ててこぼれ落ちる。そんなに広くもないバスタブはそれでもじんわりと身体を温めてくれる。あったかい、温度。そう言えば私の腕を引いた彼の手もあたたかかった。
「……、」
深く息を吐く。
着替えていったん寝て落ち着いたら、と彼は言っていた。きっとすぐに連れ戻されるなんてことはないはずだ。
「♪〜♪〜♪〜」
小さく口ずさんだのは、いつに聞いたかも分からない歌。少なくとも私はいま、凄く生きているって気がしていた。
しっかり身体があたたまってからお風呂を出れば、男物のTシャツやらが置かれていた。恐らくこれを着ろという事だろうと判断して袖を通せば、ぶかぶか過ぎて思わず笑ってしまった。
着替えて脱衣場のドアを開けると、すぐそこに彼が立っていた。驚いて目を見開けば、彼はごめんごめんと笑う。
「何かあったら困るから、ここで待たせてもらっていただけだぞお。その様子だとお風呂はちゃんと入れたみたいだなあ」
えらいえらい、と頭を撫でられる。どこかくすぐったくて、嬉しい気持ちになった。
「それじゃあ俺も風呂に……と言いたいところなんだが、さっき急に連絡が入ってしまったんだよなあ」
「……?」
「寝る時はあっちにあるベッドか、客用の布団があるからそれを敷いてもいい。冷蔵庫の中身も勝手に食べてくれて構わないぞお。明日の朝には戻るが、もし出ていきたいなら――」
「っ、!」
彼がひとつずつ指さしながら説明するのに合わせ視線を動かしていく。次いで発された「出ていきたいなら」という言葉には思わず首を横に振った。
出ていったらきっと、誰かに見つかって連れ戻されて、延々と叱られるのが目に見えている。
私はまだこの冒険を、わくわくを捨てたくなかった。
「出ていきたくないなら、まあ適当に寛いでくれ。さっきも言ったが、俺も明日の朝には戻ってくる」
確認をされているようなのでこくりと頷く。
彼はにっこり笑うと私と入れ替わりに脱衣所に入っていった。
-3-現実に王子様なんて現れないことは知っているけど、まさか大柄な男性にママを名乗られるとも思っていなかった。
彼が私を連れてきたのは少し古いけどしっかりした造りのアパートの一室で、そこに誰かが住んでいる気配はなかった。確か彼は寮に帰る、と言っていたから、やっぱりここに住んでいる訳ではないんだろう。
手でお湯を掬えばちゃぷんと音を立ててこぼれ落ちる。そんなに広くもないバスタブはそれでもじんわりと身体を温めてくれる。あったかい、温度。そう言えば私の腕を引いた彼の手もあたたかかった。
「……、」
深く息を吐く。
着替えていったん寝て落ち着いたら、と彼は言っていた。きっとすぐに連れ戻されるなんてことはないはずだ。
「♪〜♪〜♪〜」
小さく口ずさんだのは、いつに聞いたかも分からない歌。少なくとも私はいま、凄く生きているって気がしていた。
しっかり身体があたたまってからお風呂を出れば、男物のTシャツやらが置かれていた。恐らくこれを着ろという事だろうと判断して袖を通せば、ぶかぶか過ぎて思わず笑ってしまった。
着替えて脱衣場のドアを開けると、すぐそこに彼が立っていた。驚いて目を見開けば、彼はごめんごめんと笑う。
「何かあったら困るから、ここで待たせてもらっていただけだぞお。その様子だとお風呂はちゃんと入れたみたいだなあ」
えらいえらい、と頭を撫でられる。どこかくすぐったくて、嬉しい気持ちになった。
「それじゃあ俺も風呂に……と言いたいところなんだが、さっき急に連絡が入ってしまったんだよなあ」
「……?」
「寝る時はあっちにあるベッドか、客用の布団があるからそれを敷いてもいい。冷蔵庫の中身も勝手に食べてくれて構わないぞお。明日の朝には戻るが、もし出ていきたいなら――」
「っ、!」
彼がひとつずつ指さしながら説明するのに合わせ視線を動かしていく。次いで発された「出ていきたいなら」という言葉には思わず首を横に振った。
出ていったらきっと、誰かに見つかって連れ戻されて、延々と叱られるのが目に見えている。
私はまだこの冒険を、わくわくを捨てたくなかった。
「出ていきたくないなら、まあ適当に寛いでくれ。さっきも言ったが、俺も明日の朝には戻ってくる」
確認をされているようなのでこくりと頷く。
彼はにっこり笑うと私と入れ替わりに脱衣所に入っていった。