07.澄み渡る晴れ間と不完全な君
翌日、早朝。
島が見えてきたと連絡が入り、おれは甲板へ出た。
天気は快晴。
青空に映える朝日が眩しい。
暖かい穏やかな風が吹いている。
春島の気候なのか過ごしやすそうな島だ。
船を人目に付かないような場所への着岸を指示し、そのままダイニングへ向かう。
「おはようございます、キャプテン。今日は早起きなんですね」
嫌味な言い方をしつつ、カウンター越しにおれにおにぎり二つと水が乗ったトレイを出してきたのはコックだ。
朝飯に免じて軽く睨みつける。
ふとキッチンの奥を見れば、見慣れないものが置いてあり眉間に皺を寄せた。
「おい、あれはなんだ?」
「流石キャプテン!目ざとい!昨日レイラちゃんの昼のリクエストが梅粥だったんですよ」
やはり。
瓶の中にぎっしり詰まっているのは大嫌いな梅干しだった。
一応この船にも乗せてはあるが、滅多におれの目に入ることはない代物だ。
あんなもんのどこが旨いのか。
甚だ理解に苦しむ。
「まさか、これに入れてねェだろうな?」
「まさか!そんな自殺行為しませんって!」
慌てて否定するコックの態度を伺うように目を細める。
そこまでバカな奴じゃねェか。
苦笑いするコックをもう一度睨み、トレイを持って所定の席に着く。
テーブルには既にペンギン、シャチ、ベポの姿があった。
それぞれあいさつも程ほどに今後の打ち合わせをする。
「キャプテン、新世界にはいつ頃入ります?」
「とりあえずレイラの容態が落ち着いてからだとは言ったが、もう点滴も必要ねェし足の骨折を一番に気にかけておけば大丈夫だろう。いつでも突入できるよう物資の補給はしておけ」
「じゃあその辺はおれとシャチでしとくんで」
「今日はキャプテンも船降りるんだよね?それならおれは残ってレイラの様子見てるよ」
この島は比較的穏やかな島だと聞いている。
特に警戒する必要もない。
単独行動しても問題ないだろう。
島に寄る目的の半分はレイラの着替えを買うためのようなもんだ。
ここまでしてやることもないとは思うが、下着の替えは確かに必要だ。
それにレイラの素性を聞いたせいもあるかもしれない。
ただレイラは奴隷だったにしては育ちが良すぎる。
電伝虫の使い方にしろ、読み書きにしろ。
綺麗な金髪に整った顔立ち、物腰の柔らかい口調、纏っている雰囲気だけならどこぞのお嬢様と言われても信じてしまう程だ。
背中の印を見なければ誰もレイラが奴隷だなんて気がつかないだろう。
加えてそういう容姿のせいかは分からないが、置かれていた部屋の位置からして、天竜人のお気に入りか何かだったのだろうか。
それもあっての懸賞金の額か…?
奴らが探しているにしても、海賊船に乗ってるなんて考えるはずもない。
何にしてもレイラにはまだまだ秘密がありそうな気がしてならなかった。
◆
朝飯を食いながら打ち合わせを済ませ、甲板に出ると下船するところだったイッカクの姿があった。
「買い物が済んだら戻って着替えさせてやれ。くれぐれも変なモン買ってくんじゃねェぞ?」
「それ私の趣味が悪いって言ってます?これでもファッションには気を遣ってるんですよ!」
自信満々に言うが、年中ツナギの女に言われても何も説得力はない。
軽く溜め息をつく。
「なんですかその溜め息は!もう!レイラのリクエストなんだから任せてください!あ、キャプテンもレイラに何か買ってあげたらどうですか?喜ぶと思うし少しはその怖い顔見て緊張しなくなるかも〜!」
「なっ!?」
聞き捨てならない言葉に一歩踏み出したが、イッカクは捨て台詞と言わんばかりに下船して全速力で逃げて行った。
あの女、覚えとけよ。
しかもレイラに何か買ってやれだ?
何考えてやがる。
ただ『緊張しなくなるかも』という言葉は妙に引っかかりつつ、おれも街へ繰り出した。
◆
島は聞いていた通り穏やかな所だった。
おれたちの他に海賊もいないようで、島にはゆったりした時間が流れている。
レイラを拾ってからというもの、シャボンディでは麦わら屋が天竜人をぶん殴ったせいで海軍大将が現れ騒動に巻き込まれるわ、慌ただしい日が続いていた。
こうやって一人でふらつくのは久しぶりだ。
自給自足を基本としていることもあり出店も多く、獲れたてと思われる魚や木の実の量り売り、野菜など多くの店が立ち並んでいる。
そんな出店街を抜けると大きな広場があった。
そこにはたくさんの人が集まっていて何やら騒がしい。
「号外だー!号外!」
声と共に上から降ってくる新聞。
ニュース・クーが来ているのか、この新聞の枚数からして只事ではなさそうだ。
早速降ってきた新聞を一枚掴み紙面を見やる。
瞬間、おれは目を見開いた。
『火拳のエース!公開処刑日!決定!!』
見出しには大きくそう書いてある。
シャボンディで公開処刑が決まったという号外が出ていたが、今度は日にちが決まったのか。
火拳屋は白ひげの所の2番隊隊長。
これがどれだけの大事件になるのか誰もが考えを巡らせている。
決行は一週間後、マリンフォードにて…か。
こんな島でさえもこの騒ぎだ。
世界中が注目している。
この場に留まって海賊だからといって変に絡まれるのは御免だ。
騒ぎの広場から少し離れれば、再び穏やかな風景が広がっているだろう。
号外をズボンの後ろポケットに突っ込むと、おれは早々にその場を後にした。
◆
太陽が頂点を少し過ぎた頃、船へと戻るとベポがいつものように甲板に転がっていた。
大方、昼飯でも食って睡魔に耐えきれなくなったのか。
もう見慣れた光景だ。
だが今回は少し違っている。
ベポを背凭れにして眠る姿がもう一人。
「何やってんだ?こいつは…」
すやすや寝息を立てているのはレイラだ。
イッカクはもう戻っていたようで、服は今まで着ていた病衣ではなく、レイラを拾った時に着ていたものと同じような白いワンピースに変わっていた。
病衣よりもこっちの方が似合っている、と柄にもないことが頭に浮かんだが、スカートから見える足に嵌められたギプスがとてつもない違和感を放っていた。
そしておそらくこいつはあまり太陽に当たらない生活を送っていたに違いない。
どれくらいここでこうしているのかは分からないが、白い肌がもう赤くなり始めている。
「レイラ」
声を掛けるが返事はない。
サラサラと顔に掛かる金髪を退けてやれば少しだけみじろぐくらいだ。
このぽかぽかした陽気が心地いいのか完全に寝てやがる。
しかしこのまま放っておけば日焼けが酷くなるのは目に見えていた。
「"ROOM"」
「"シャンブルズ"」
左手をかざし能力を発動させ、持っていた鬼哭と自分の部屋にある毛布を入れ換えるとそれをそのままレイラに掛けてやる。
「おい、ベポ。起きろ」
レイラがこんなところで昼寝するに至った犯人はこいつの他は考えられない。
軽く爪先で体を蹴ると、うぅ〜と唸りつつうっすらベポの瞳が開かれた。
「あ、キャプテン〜!おかえり〜!」
「呑気なこと言ってんじゃねェ。レイラが起きたらすぐおれの部屋まで連れてこい。いいな?」
「え!?あ!!レイラも一緒に寝てたんだった!…キャプテン…怒ってる…?」
怒ってないと言えば嘘になるが、今ここで怒鳴っても仕方ない。
心配そうなベポに首を横に振ると、もう一度念を押して船長室へ足を向けた。